L系惑星群の中央星――政治、経済、司法ともに惑星群の中枢であるL55の首都は、メディウム、ケントルム、メディウス・ロクスの三都市から成る。

首都三島から、数百キロ離れた大海の沖合いに、世界の首脳たちが利用するリゾート・アイランド、コンセルヴァトワールが存在した。「神々の温室」と呼ばれる、風光明媚なこの島のリゾート・ホテルのひとつは、その日、貸切られていた。

 つぎつぎ、私用クルーザーやリムジン、ジェット機で来訪する彼らが軍事惑星の人間だなどとは――しかも、彼らの一部が傭兵だなどということは、だれにも、想像さえできなかった。

 だれもがスーツかドレスか、あるいは豪奢な民族衣装を身にまとい、その姿はどう見ても、有名企業のCEOか、モデルか、老舗企業の相談役であった。

 たしかに、このホテルでは、「ヘスティアーマ」と名付けられた会合が行われる――それは一見すれば、大企業の社長たちがあつまる、小規模な――それも、ずいぶん内々の――会食にしか見えなかった。

 軍事惑星の未来を賭けた会合が、今まさに、行われようとしていることを、この島にいるものは、だれも知らない。

 アダムたちが接触した老傭兵は、それなりに傭兵として長い人生を生き、それなりに慧眼はあったのだといえる。彼の予想は的中していた。

 

 ちょうど一週間前の「シュノドス」は、やはり紛糾した。L55や記者の、嵐のような質問と議題に答えるのは、軍事惑星群代表のバラディアと、それから大スクリーンに映し出された白龍グループのララだけで、出席したマッケランのミラ、アーズガルドのピーター、ウィルキンソンのバスコーレンは、ほとんど答弁しなかった――そう、ウィルキンソンのエルドリウスは来なかった――傭兵側も同じだ。プロメテウスのロビン、白龍グループのクォン、ヤマトのアイゼン、メフラー商社の代理ザイールは、まったくひとことも――ほんとうに、ひとことも、しゃべらなかった。咳払いすらなかった。

 そして、議会は紛糾したまま終わった。

 L18を傭兵の星にする、という議決にはならなかった。L55は頑として、反対意志をしめした。何の結論も生み出さなかった「シュノドス」は、一年後に、二回目が開催されることに決まった。

 だが、ひとつだけ、だれの予想をも裏切ったことは。

 軍部代表であるバラディアが、「結論を急ぐことはあるまい」と言ったのだ。

 彼の発言は、軍事惑星で波紋を呼んだ。

 表立って反対はしなかった、というのである。

 

 「シャキッとしろ、マック」

 背中をバシッとやられて、マックは「オエッ!」とむせかえった。

 「シャキッとしろったってな~……場違い」

 「場違いは俺っちも同じよ」

 ザイールは、傷だらけの顔をニコリと笑みに変えた。

 「俺っちなんか、このあいだもシュノドスで、これと同じスーツ着て、二時間も座りっぱなしだったんだぜ」

 傭兵グループ「ナンバー9」のボス、ザイール。よくアズラエルの兄ではないかと間違われるその容姿は、体格も髪型も似通っていた。だが、性格はどちらかというとバーガス寄りで、のんびり屋である。「ずーっとメフラー商社にいたい」とこぼすメフラー親父大好きっ子で、ナンバー9という、ブラッディ・ベリーより規模がでかい傭兵グループを率いていながら、まだメフラー商社から籍を抜いていない。

 携帯ゲーム機片手の小太りの青年は、アマンダとデビッドの息子、マックだ。この会食に合わせて、ぎりぎりで仕立てた高級スーツは、マックの若いのに貫禄ある腹を、見事生地内におさめていた。

先日のシュノドスには、ザイールが代理として参加したが、今回のヘスティアーマには、マックがメフラー商社代表として呼ばれていた。

 

 「おめえはホレ、メフラー商社の代表なんだから。こう、背ェ伸ばしてな」

 ザイールは背を伸ばして見せた。手本とばかりに。たしかにザイールはアズラエルと同じ186センチ。筋肉隆々の体格も相まって、一見見栄えよく見えるが――。

 「ザイールさんしかいなかったのかよ。カナコ姉はどうしたんだよ」

 マックの不満げな顔に、ザイールは眉を吊り上げた。

 「おめえ、俺っちに、なにか不満でもあるのか、え?」

 「アリアリだね! この、にじみ出る田舎臭!! まず、背を伸ばすまえに、ガニ股直せよ! スーツのときくらい!」

 「ンあ?」

 ザイールは確かに、ガニ股だった。これだけは気を付けても直らない。ザイールは顔を真っ赤にして怒鳴った。ちょっと気にしているのだ。

 「ンなら、おめえは痩せろ! また太っただろ! シドとゲームばっかやってるからだぞ!!」

 「いきなり保護者ぶるなよ!!」

 

 「おー、おー、そこ、相変わらず仲いーな」

 「ロビンさん!」

 マックが、後ろから来たロビンに飛びついた。

 「やっぱロビンさん、かっこいいなあ!」

 半円系の、広い階段をあがってくるロビンは、シュノドスに着て来たものとはちがう真っ青な光沢のスーツ。派手だが、彼には似合っていた。

 「ロビンと比べねえで欲しいなあ」

 ザイールは悲しげな顔をし、なんとか意識して、ガニ股を直そうとしたが無理だった。

 今いる高所のリゾート・ホテルから、眼下に広がる近代的な街並みと、白いビーチ、群青の海が見渡せる。極上の絶景スポットを見下ろし、ロビンとザイールはしばし見とれた。マックはゲーム機に夢中だった。

「“神々の温室”ねえ……むさ苦しいツラ拝んでるよりは、キレーなおねーちゃんとビーチで泳ぎてえモンだな」

 ロビンは相変わらずロビンだった。

 「シュノドスのときも、L55の秘書のネーチャンを口説いてただろ。俺っち、見てたぞ」

 ザイールはあきれ声で言った。

 「エミリがかわいそうだろ」

 ザイールは、L18の男には珍しく、口が滑らかではないほうだった。美女に目が吸い寄せられはするが、自分から口説こうとはしない。

 「エミリは勝手に俺に着いてきたんだ。俺の女好きは、病気だってあきらめてるよ」

 エミリは、ザイールの女房と一緒にいる。L18が物騒なので、L22にある、ナンバー9のアジトにいるのだ。

 

 「マック、来ていたの」

 あたりに、ふわりと桃の香りが漂った。周囲の空気を一気に、ピンク色に変えるかのような美貌の女は、まるで体内に桃を育てているような匂いがした。

 一瞬だけ、マックはゲーム機から顔を上げた。

 「あ、ドモ! インシンさん」

 インシン・X・リー。

 白龍グループ総帥、白龍幇のクォンの末娘である。桃龍幇の頭領インシンの美貌を、軍事惑星で知らぬものはない。今日も、つやめいたショッキングピンクのチャイナドレスから伸びた長い足が、ビーチの白砂に勝るとも劣らずの白さだった。ロビン風に言えば、まさに神がつくりたもうた芸術だ。豊満な胸もくびれた腰も、見事なバランスでもって、生地の下におさまっている。

 ザイールとロビンの鼻の下が一気に伸びた。

 インシンは、ツンと顎をそらしながら、ゲーム機に夢中のマックに言った。

「ザイールと二人で来たの」

 「うん、そう」

 ザイールに後ろから首を羽交い絞めにされながら、マックはなんとか答えた。

「よお、インシンちゃん」

 「君が美しくない日はねえな。神々の温室にふさわしい美貌だ……髪型変えた?」

 ザイールは、満面の笑顔で手を挙げ、ロビンも急にとろけるような笑顔を見せたが、ふたりをまったく無視し、インシンは拗ねた顔でそっぽを向いた。その目もとは、赤かった。けっして、ロビンの褒め言葉のせいではない。インシンの視界には、マックしかいない。

 「いっしょに行こうと思って、待ってたのよ、二時間も!」

 「へ?」

 マックは、顔を上げた。

 「あ、うわっ! なにすんだよ!!」

 ついに、ザイールにゲームを取り上げられた。

 「まだ、セーブ・ポイントについてなかったのに……」

 マックはぶつくさ言ったが、ザイールはゲーム機を返してはくれなかった。

 「インシンちゃんがしゃべってるだろ。聞けよ」

インシンはそういうが、彼女の専用宇宙船とジェット機に、誘われたわけではなかった。

 L18が緊迫化してきたら、ザイールのナンバー9のアジトか、カナコの青蜥蜴のアジト、あるいはインシンのところへ駆けこめとマックは言われていたが、とくに大事態は起こらなかったし、一般市民がけっこうL19やL22に流れたこともあって、鈑金修理の仕事も入ってこず、マックとシドはゲームばかりしていたと言った方が正しい。

 

 「ゴメン。でも、べつに誘われなかったし……」

 マックは、頭をかきかき、言ったが。

 「わたしに誘えって言うの? わたしは、いつでも誘われるわ。でもあなたは、わたしを誘おうとしない」

 インシンは、憤慨して言った。

 「え、ええ~……そんなこと言われても」

 マックの困り果てた顔を見て、インシンは、そっぽを向いて行ってしまうと思いきや、しっかりとマックの手をにぎった。

 「今日はずっと、あたしと一緒よ」

 「へえっ?」

 マックの小太りの身体を引きずっていくインシンは、アイゼンを張り手で壁に叩きつける威力を持つ怪力だ。ロビンとザイールは怖いので、止める気はなかった。

 「おじさん方は、二人で来なさいな」

 「「おじさん!!」」

 ザイールとロビンは、愕然と顎を落とした。インシンのそば仕えである、縦も横もふたりの倍もありそうな女たちが、ギロリとロビンとザイールを見下ろして、主人についていった。

 「まったく、これだけは信じられねえよなァ」

 ロビンがぼやいた。ザイールも同感だった。引く手あまたの美女、インシンが、並み居る男をたちには目もくれず、このゲームオタクのマックが好きだというのだから。

 そして、男たちを歯がみさせているのが、マック自身は、インシンをどうとも思っていないことだった。

 

 



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