三百六十度、藍色の海域が見渡せる最上階スイートルームが、「ヘスティアーマ」の会場である。インシンがマックを引きずり、ようやくホテルに入った頃合いには、すでに主催者は着席していた。

 ここに呼ばれたのは、ほぼ、「シュノドス」に出席したメンバーである。

 一番奥の席に、「ヘスティアーマ」の開催を主催した、カレン・A・マッケラン。

そのわきに同席しているのは、心理作戦部隊長、アイリーン・D・オデットと、先だってのメルヴァ討伐戦で大手柄をあげ、正式に大佐に任命された、フライヤ・G・ウィルキンソンだ。

 向かって左側の席には、ピーター・S・アーズガルド、彼に連なるのはオルド・K・フェリクスと、秘書代表、ヨンセン・Z・アーズガルド。

 その向かいに、オトゥール・B・ロナウド。父であるバラディアは、出席を見合わせていた。そして彼の秘書――ボディガードも兼ねている、メフラー商社から派生した傭兵グループ「エッダ」のもとボスである、ヴィッレ・M・クバーチェク。

 オトゥールとヴィッレの間の席は、なぜか一席、開いていた。

 ヴィッレの隣には、ザイールとマックの席がある。隣にインシン。シュウホウの席。

 カレンの真向かいには、ロビン――その隣には、アイゼンとタキの席が用意されていた。

ブラッディ・ベリーのアリシアの席には、だれもいない。彼女は、椅子を引きずってきて、カレンのそばにいた。カレンの義母であるミラと、学生時代から親しいアリシアは、当然カレンとも昵懇だった。

 

 先日の「シュノドス」とは、雰囲気すら一線を画していた。

 彼らは無言を貫いてはいなかった。

 緊張に包まれていると思いきや、室内を満たす空気は、それなりになごやかだった。ごく一部に、一度着火したら爆発しそうな導火線が張られていたとしても。

 思いのほか弾んでいる、若者たちの話を聞いているのはシュウホウとヴィッレ。ヴィッレは頑なに酒を飲まなかったが、シュウホウはすでに、生まれ故郷の焼酎を二杯、開けていた。

 アリシアなど、すでにワイン一本を空にして、いい気分だ。

 

 「来ねえなァ、ほかのヤツら」

 ホテルの給仕が、新しいワインを数本、ワゴンに乗せて部屋に入ってきた。

 「あとは、インシンとシュウホウと、……」

 酔っ払ったアリシアが数え上げる。シュウホウは手を挙げた。

 「俺はここにいるぜ?」

 「おまえ! 存在感ねえんだよ! もっと語れ!!」

 「それを言うなら、オトゥールさんの隣の、エッダのもとボスなんぞ、すでに石像じゃねえか」

 「……」

 「ヴィッレは、緊張してるんだ」

 オトゥールは笑った。

 「何回か話しかけたが、まるで話が弾まねえ。酒が旨くねえじゃねえか」

 シュウホウは、つまらなそうに言った。カレンが苦笑する。

 「もうすぐザイールが来るよ」

 「来ねえなァ、あいつ、遅いな」

 シュウホウは、入り口を何度も見た。シュウホウとなぜか仲がいいのがザイールだというのも、傭兵の七不思議のひとつだった。裏表のないザイールと、秘密しか持ち合わせていないようなシュウホウの馬が妙に合うこと。

 シュウホウからヴィッレにターゲットを移したアリシアは、ワイン瓶を突きつけた。

 「この宴会はなあ、みんな仲良くするのが目的なんだ! おめーひとり飲まねえとは、いわせねーぞ!?」

 「わたしは、オトゥール様のボディガードですから」

 ヴィッレは、やはり石像のような顔で固辞した。アリシアの猛攻がはじまった。

 「一杯ぐらい、いいだろ! ひとりだけ、そんな石像面してられると、白けるんだよ!なァオトゥールさん! 今日はボディガードってンじゃなく、ヴィッレも客として呼ばれてる。飲んでもいいんだろ!?」

 「ええ、そうですよ。ボディガードは、廊下に、別の人間を待機させています」

 オトゥールはうなずいた。

 「ヴィッレ、一杯くらい、いただかないか」

 「……」

 ヴィッレは、用心深い表情で、周囲を睥睨した。その視線が、ピタリと止まる。隻眼が、射貫くようにヴィッレを見ていた。アイリーンと目が合い、火花が散る。

 

 「まあまあ――」

 ピーターの柔らかな声が、着きかかった火花を消した。

 「どこでもナンバー2は、主の身柄を守るのにいっしょうけんめいだ。さっきから、うちのオルドとヴィッレと、アイリーンのあいだで、火花が散ってる。まずは、導線を切ろう」

 「導線ね」

 オトゥールも肩を揺らして笑った。そして言った。

 「俺は今日、はじめてカレンさんに会ったが、どうして、もっと早く出会えていなかったかと、後悔してるくらいだ」

 「あたしもだよ――オトゥールやピーターのことは、母から聞くだけで、一度もあったことはなかったんだからね」

 「俺はL22、カレンさんはL20、オトゥールと、グレンさんは、L18。学校がバラバラじゃ、なかなか会う機会もない」

 ピーターも苦笑した。「ちょうど、みんな、不思議なくらい同い年がそろったのに」

 オトゥールとカレンが同い年の30歳で、グレンとピーターが、31歳だ。

 「でも、祖父あたりの代まであった、一族そろっての会合じゃァ、ここまで砕けた話ができなかったとは思わないか」

 「それは、同感!」

 オトゥールの言葉に、なぜかアリシアが返事をした。

 「そうだよな。あたしたちだけが会うのと、一族入り混じっての会合じゃ、ぜんぜん違う――そんなだったら、あたしたちは、こんなに最初から、打ち解けられなかった」

 「うん」

「あの宇宙船に乗らなきゃ、あたしはグレンと仲良くなることはできなかったと思う」

「……」

皆が、カレンを見た。

「グレンさんと、一緒に暮らした日々は、大きかった?」

ピーターが尋ねた。カレンは、「ああ」とうなずいた。

 ふたたび、アリシアが口をはさんできた。

 「ドーソンの御曹司と、仲良くなったってのァ、ホントだったんだね……」

 アリシアの声には、半信半疑の思いが込められていた。

 「う~ん、でも、仲良くってのは、語弊があるかもなァ。あいつとあたしは、どつきあいばっかしてたから」

 カレンは笑った。

 「なによりも、メシの取り合いがすさまじかったね。食卓は毎日戦争さ! アズラエルとあたしがケンカするか、グレンとアズラエルがケンカするか、あたしとグレンがケンカするかのどれかだ」

 「三つどもえか」

 オトゥールはおかしげに言った。

 「だいたい想像できるな」

 「俺ァ、メフラー商社の傭兵と、ドーソンの御曹司が一つ屋根の下にいるってこと自体が、信じられねえよ」

 シュウホウは肩をすくめた。

 「それで、クラウドが仲裁に入る?」

 オトゥールの言葉に、カレンは首を振った。

 「アイツは、だいたい煽って終わるね。仲裁するのはセルゲイだったな」

 「もっと、宇宙船のことを話してよ」

 アリシアがワクワクした顔で、先を促した。

 「あたしとクラウドは、一触即発っていうか――殺し合いに発展したこともあるし」

 「は!?」

 アリシアは叫び、オトゥールとピーターも目を丸くした。

 「とにかく、いろいろあったさ。でも、今は信頼できる友人だ」

 

 「カオス屋敷、かァ……」

 アリシアが、信じられない顔で、天井を仰いだ。

 「ホントしんじられない。ひとつの屋敷にさ、傭兵と、ドーソンとマッケランの御曹司と、心理作戦部の副隊長と、平和な星の子と、……そろって住んでたっていうんだろ? それで、そりゃァ、多少のどつきあいはあったとしてもだよ? だいたい仲良く住んでたなんて――ホントに、カオスとしか言いようがないよ」

 「エーリヒ叔父も、屋敷に住んでいたって話だが……」

 アイリーンもシュウホウも、驚いた顔を見せた。

 「なんだってェ?」

 「あたしと入れ替わりに、エーリヒってヤツが入ったんだな。セルゲイのメールじゃ、それなりにうまくやっていたって」

 「……想像もできねえ」

 シュウホウも、天井を仰いだ。

 「ララの話は、大げさじゃなかったってことかよ」

 

 「うらやましいな。俺も、ルナの手料理が食べてみたいな」

 ピーターが、ため息交じりに言うのに、カレンが遠慮なく肩を叩いたので、ピーターはワインを噴くところだった。

 「今度宇宙船に行ったら、頼んでみろよ! ルナなら、すぐ作ってくれるさ!」

 「……っ、ゴホ、うん、頼んでみる……」

 ピーターが咳き込み、ヨンセンが背をさする。オルドの口パクを、カレンは受け取った。オルドは、『ここはカオス屋敷じゃねえんだぞ!』と怒鳴っていた。

 遠慮のないカレンのボディタッチに、オルドとヴィッレの視線の鋭さが増し――ヴィッレは、オトゥールには気安く触らせないぞという視線をカレンに送った。その視線を、アイリーンが受けて立った。ふたたび火花が散る。

 カレンは、オルドと、ヴィッレと、自分の隣のアイリーンを見比べ、

 「なァ、三人だけで、なかよくアイコンタクトするなよ! なんだよヴィッレ、うちのアイリーンが好みか?」

 導線からは外れていたシュウホウが酒を噴いた。ヴィッレとアイリーンの表情筋は、ピクリともしない――ふたりは、ますます戦闘態勢に入っただけだった。

 当主三人はそれなりに打ち解けているのに、護衛三人が火花を散らすせいで、どうも落ち着かない。ピーターも苦笑気味に言った。

 



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