「やっぱりうちは、8人そろってきた方がよかったかなあ? 女の子が多いと、雰囲気がちがうでしょ?」

 ピーターの言葉に、シュウホウが同意する。

 「そうだそうだ! どうして、美女軍団を連れてこなかったんだ!」

 「わたくしが、おりますけれど――私ではご不満」

 ヨンセンが、動いた。三護衛の火花に、当主が困っているのを見て取った行動だ。メガネを指先で持ち上げると、さっと立って席を移動し、ヴィッレとシュウホウの間に腰を下ろした。そして手を挙げて給仕を呼び、グラスにワインを満たしてもらい――一気にあおった。

外見に似合わず、豪快な飲み方をする。ヴィッレも、一瞬だけ石像顔をくずして、ヨンセンを見た。

彼女は、二杯目をついでもらいながら、二人を交互に見て、言った。

「わたくし、アーズガルドの名を戴いていますが、出自はヤマトの傭兵ですの」

それはオルドも、初耳だった。

「あなたと同じね、エッダさん」

だいぶ経ってから、ヴィッレが返事をした。

「……わたしはエッダという名ではなく、ヴィッレです」

ヴィッレが手を挙げた。そばにいた給仕が、ようやく彼のグラスにワインを注いだ。

「あなたのような美しい方に誘われて断るのは、さすがに礼儀知らずだな」

「光栄だわ」

ふたりのあいだで、グラスが鳴った。ヨンセンは振り返って、シュウホウともグラスを合わせた。美女の誘いに、やはり彼も乗らないはずはなかった。ようやく、シュウホウの退屈そうな顔にも、笑みが広がった。

 

 「いいねいいね、そうでなくっちゃ!!」

 アリシアが猛然と走ってきて、グラスを差し出した。ヨンセンはすぐに、シュウホウとヴィッレはしかたなく、グラスを合わせた。

 それを見ていたフライヤが、決心したように立ち、いきなり席を移動して、オルドの隣――ヨンセンがいた席に座ったので、カレンは目を丸くし、今度はアイリーンの鉄面皮が、崩れた。

 オルドも多少驚いたが、嫌がってはいなかった。

 「あ、あの、先日は、ど、どうもお世話になりました……!」

 「こちらこそ」

 オルドは平たんに返事をしたが、ピーターもカレンも――いいや、その場にいた全員が、「知り合いだったの!?」と驚き顔をした。

言葉にして聞いたのは、カレンだったが。

 「知り合いというか、あ、はい、いろいろお世話になって――」

 L18の将校からも助けてもらいましたし、彼のおかげで、王宮護衛官との関係もスムーズに言ったと、緊張気味に話すフライヤ。

 フライヤの、しどろもどろの言葉を、オルドがさえぎった。彼は親指でフライヤを指し、簡潔に言った。

 「何度か接触してるんですよ、このL03オタクさんとは」

 オルドの口調は、いつもそっけない彼にしては、親しいものに対するそれだった。すでに、オルドの目からは、剣が消えていた。

 「……!?」

 アイリーンは、信じられないとばかりに目を剥いた。ついに、アイリーンの凶悪顔も、崩落した瞬間だった。

彼女は、ついに給仕から瓶ごとひったくって、直接口をつけて呷りだした。

 「お……おお~っ! あんた、やるねえ!!」

 アリシアは、盛大な拍手をした。

 アイリーンは、ひと瓶一気飲みしたが、まるで酔っていない青ざめた顔で、だれにも聞こえない声をこぼした。

 「聞いてない……僕は聞いてないよ、フライヤ……」

 

 「さっきカレンさんが――いや、カレンでいいかな?」

 アイリーンが、はっと顔を声のほうへ向けた。オトゥールだった。カレンは笑顔でうなずいた。

 「ああ!」

 オトゥールとピーターは友人だが、ふたりは、カレンと「シュノドス」ではじめて会った。だが、挨拶止まりで終わっていた。つまり、話すのは今日がはじめてなのだが、オトゥールとカレンの仲が急速に近くなっていくのを、だれもが感じていた。

 ピーターもカレンも、互いに好感情を抱いているのは確かだったが、ピーターはどちらかというと、おとなしくふたりの話を聞いている役に落ち着いていた。

 

 「このヘスティアーマは、宴だ。つまり――カレンが、地球行き宇宙船でよくした、バーベキュー・パーティーのように?」

 「そう!」

 「俺だけが、地球行き宇宙船に乗ってない」

 オトゥールが、つまらなそうに言った。本心のようだった。

 「俺は地球行き宇宙船によく乗るけど、バーベキューには参加してない」

 ピーターも、便乗するように口をとがらせた。カレンは言った。

 「だけど、オルドは、バーベキューには参加していないけど、“カオス屋敷”のパーティーには参加した」

 「……」

 

 オルドは答えなかったが、ふいに、遠い目をした。彼が何を思い出しているのかは、となりのフライヤにも分からない。だが、フライヤは、ルナのことを思い出していた。フライヤがクルクスの城で出会ったのは、ルナと、「カオス屋敷」のメンバーだった。

 フライヤは、不思議だった。

 カレンもピーターも、オルドもフライヤも、ルナに会ったことがある。これから来るロビンも。

 (――ルナさんは、いったい、何者だったんだろう)

 フライヤは、ぽつりと、口にしていた。ひとりごととして、口に出ていた。それをオルドが聞き取って、答えてくれるとは、思わなかった。

 「俺も分からねえ」

 フライヤは、オルドを思わず見た。

 「だが、不思議な人だった」

 ――不思議な人。

 フライヤもそうだった。

 彼女のことを思い浮かべると、ふつうの少女だったという答えしか出てこないのだった。彼女のことをどう説明していいかわからない。彼女とメルーヴァ姫の部屋で、マフィンを食べ、缶ジュースを飲んだ。どこからどう見ても、平和な星で暮らしてきた、ふつうの女の子。

 神様のようというには、あまりにもふつうで、ふつうといっても、ふつうとは言い難かった。浮世離れともちがう。ちょっとヌケたところがあるけれど、フライヤはひとのことを言えた義理ではなくて、――やっぱり、ふつうの子。

 やっぱり、カオスとしか言いようがないな。フライヤは思った。

 (アルフレッドさんも、ルナさんを知っていた)

 地球行き宇宙船で、いま、カレンが話している、バーベキューに参加していた。オルドも、ルナを知っている。自分の主であるカレンは、ルナとともに暮らしていた。オトゥールは、アズラエルとクラウドとは、幼馴染みだと言った――。

 (不思議なつながり)

 フライヤだけでなく、オルドもそう思っているのだということは、なんとなく感じられた。

 

 急に、扉が開いた。

 残りの出席者が雪崩を打って、入ってきたのだ。

 マックを引きつれたインシン、ロビン、ザイール、アイゼン、タキが、順に入室してくる。アイゼンのほっぺたが、また真っ赤になっているのを見たピーターやシュウホウは、またインシンにちょっかいを出して、やられたなとすぐに分かった。

 

 「やっと来たか!」

 アリシアが、グラスを掲げた。

 「おいおい、もう出来上がってるのかよ」

 ロビンが呆れ声で言った。

 「これが! 出来上がらずに! いられるかよ!!」

 激情家のアリシアは、おいおいと泣き出した。

 「ここに、軍事惑星の代表が集まってんだぜ!? 傭兵と軍人が――名家の御曹司が、ここで、肩ァならべて、酒かっくらって――」

 

 アリシアの号泣は、無理もなかった。信じられない世界が、めのまえにある。あり得ない世界、想像もできなかった世界――。

 軍人と、傭兵が、席を同じくして、身分差のない同じ言葉で語り合い、同じものを食している。

 ヴィッレですら、これは夢なのではないかと思っていた。シュウホウもだ。飲まずにいられなかった。彼らは、オトゥールやバラディアのように、傭兵に対しての差別意識がない軍人がいるのも分かっていた。

だが、この「ヘスティアーマ」はなんだ。軍事惑星の名家の代表がそろい、そこに、傭兵の席もある。名家の会合の席に、傭兵が呼ばれることなどあり得ない。ヴィッレはオトゥールに見いだされたもと傭兵の秘書だが、自分の立場が特別なのはわかっていた。そして、傭兵出身者である自分は、いくらオトゥールの秘書とはいえ、ふつうならばこの席にいることが許されないということも。

ピーターも、ヨンセンとオルドという、傭兵出身者の「身内」を連れ、カレンもフライヤという、傭兵出身者を従えている。そして、傭兵グループのリーダーや幹部であるアリシアやシュウホウが、顔をそろえている。

シュノドスは紛糾のまま終わったが、「L18が傭兵の星になる」ということとは別に。

これが、軍事惑星の未来の姿だと、示されているような気がした。

この会場にいるものは、みんなが思った。

いままで、そんなことは想像すらできなかった者の目に、可能性が突きつけられていた。

 

「アリシアさんの気持ちは、わたしも……分かります」

鼻をかむ音が聞こえたので、だれかと思ったら、フライヤだった。

 「でもわたし、見たんです。アストロスで――クルクスのお城で――ここと同じ光景がありました。傭兵と、軍人が、ふつうに笑いあっていました――」

 アズラエルとグレンが、小突きあって笑っていた。ソファに、隣り合って座っていた。フライヤは、城をあとにしたそのときに、気づいたのだ。あれは、アダム・ファミリーに勤めていたときに見た光景と同じだったと。エルドリウスと、なごやかに談笑し、昼食を取っていたメンバーたちと同じ光景。

 

 「俺も、いっしょにメシを食った」

 オルドも静かに告げた。

 「ずっと話した。“グレン先輩”と。俺の話を黙って聞いてくれたよ。メリーのつくったミート・パイを、旨いと言って食った」

 「……ドーソンの御曹司が、傭兵の作ったものを食べたというんですか」

 ヴィッレには、そのことが信じられないようだった。

 「ああ」

 オルドの短い肯定に、ヴィッレは首を振ってうつむいたが、ザイールは目を瞬かせた。半泣きになっていた。

 



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