「……カレンも、それを見てきた」

 オトゥールは、うらやましそうに、苦笑した。

 「その“世界”を体験してきた。俺も、カオス屋敷に行ってみたかった」

 そして、となりの席を見つめた。オトゥールが、ついにすべての席が埋まった時点で、となりの空き席のネーム・プレートを、テーブルにあげた。

 それは、グレンのものだった。

 「グレン・J・ドーソン」と、書かれていた。

 「ここにグレンがいてくれたら――俺は、そう思う」

 「あたしもだ」

 傭兵側から、文句は上がらなかった。

 

 カレンが立った。

 「ようこそ! ヘスティアーマへ!」

 グラスを掲げて宣言した。

 「プラン・パンドラから、希望を引き出す宴、ヘスティアーマだ! 今日は大いに飲んで、騒いでくれ!」

 すでに着席していた軍人側からはグラスが掲げられたが、新参側からは、なかなかグラスは上がらなかった。だがアリシアは、カレンと一緒にグラスを上げたし、ヨンセンもヴィッレも、シュウホウも上げた。アイリーンはしかたなく空瓶を上げた。みな迷いのない態度だった。

 マックが上げようとするのを、ザイールが止めた。インシンは、グラスを上げかけ、ザイールの態度に困惑して、腕を止めた。アイゼンは腕を組んだままニタニタ笑い、タキはさっきまでのヴィッレと変わらない顔をしている。

 ロビンも、カレンと対象になる、扉の真ん前の席に、腕を組んで座ったままだった。

 重い沈黙が、座を支配した。だが、カレンはだまって、傭兵側を見つめていた。グラスを掲げたまま。

 業を煮やしたアリシアが、「おい、おめーら!」と立ち上がりかけたときだった。

 

 「俺はてっきり、バーベキューだと……」

 ロビンの口から、ぼやきがこぼれた。とたんにアイゼンの口から、「ケケケっ!!」という下品な笑いが上がった。いきなりロビンが顔を上げ、怒鳴った。

 「おうカレン! てめえ、マッケランにもどったら、急に貴族然としやがって!! なんだこの金持ちホテルは! なにがヘスティアーマだ、宴だ! 宴ってのァ、バーベキューだろ!?」

 

 カレンはポカン、と口を開けた。

 皆が、そうだった。

 「俺っちも、最初はバーベキューだって聞いてた」

 ザイールも言った。インシンとマックは、ザイールが杯を上げなかった訳を知って、口をとがらせたが、とりあえず黙った。

だがカレンが口を開けたのは、ロビンの言葉が予想外だったわけではなくて――まさか、ロビンがそれほど「バーベキュー」にこだわっているとは、思わなかったからだった。この、いつも飄々としている男が、あの宇宙船でのバーベキューを、それほどまでに楽しんでいたとは思わなかったからだ。

 

 「きさ――」

 こめかみに青筋を立てたアイリーンが、立ち上がりかけたのをカレンは制し、

 「どこですんの?」

 と聞き返した。

 

ヴィッレもヨンセンも、カレンを見ていた。そして悟った――このふたりが――マッケラン家のご息女と、傭兵の端くれが、地球行き宇宙船で、バーベキューやホームパーティーをして、同じ食事を取っていたというのは、事実だったのだと。

 今ふたりの間で交わされているように、遠慮のない会話が為されていたのだと――それはほんとうだったのだと、懐疑が確信に、変わった瞬間だった。

 

 「どこですんのって――」

 今度はロビンが詰まった。アイゼンが、ひたすら、笑い続ける。カレンは、まじめくさった顔つきで言った。

 「や、よく考えても見な? インシンちゃんに、そのへんの砂だらけベンチに座らせんの? おまえはいいけど、たぶん、ほかの奴らもいいけど――さっき話したきりでは、オトゥールもピーターも平気そうだったけど、インシンちゃん、いいの? 虫とかもくるし、日焼けするし――」

 「イヤだわ! そんなの!」

 インシンがテーブルを叩いて叫んだ。インシンは、カレンとは初対面なのに、「インシンちゃん」呼ばわりされているのに、気づいていなかった。オトゥールとピーターがちいさく笑ったので、彼女は顔を真っ赤にした。

 「だろ? 貴族のご趣味じゃなくて、今回は、インシンちゃんに合わせたの!」

 「――セレブリティ専用の野外会場も、さがせばありますが」

 オルドが冷静に言った。

 「うちが、似たような会場を探しましょうか? K27区の公園に似た――要人専用のバーベキュー・ガーデンを」

 「おお、麗しの、俺の右腕――! 活躍してるようじゃねえか」

 ロビンが両腕を広げたが、オルドは冷たく蹴った。

 「アンタのことは、宇宙船でフッただろ」

 「おまえ、ついに男もOKになったのかい!?」

 アリシアが仰天し――ザイールとマックが、乾杯を待たずして口に運んだ酒を噴きかけ――インシンが口をはさんだ。

 「右腕と言えば、そこの、――フライヤ!」

 「は、はいっ!?」

 フライヤは直立し、カレンを苦笑させた。

 「あんた、白龍グループだったって話じゃないの。親もそう――ホワイト・ラビットにいたって!?」

 「あ、は、はい――?」

 「あんたがアダム・ファミリーに行く許可を出したヤツの目玉をくり抜いてやりたいわ! あんたには、見る目がないのかって――いまさらだけど、桃龍幇に来ない?」

 「ええっ!?」

 「おいおい、こんな席で勧誘するんじゃねえよ」

 シュウホウが呆れ声でたしなめたが無駄だった。

 「幹部の席を用意してあげる。あんたならできるわ」

 「え、い、いや、わたしはっ……」

 「フライヤ! こっちへ!!」

 ついに耐えかねたアイリーンが、フライヤを庇うように前に立った。

 

 「ウヒャハハッハハハハハ!!」

 ついにアイゼンが、甲高い笑い声をあげた。

 「シュノドス以上に、紛糾してんじゃねえか!!」

 

 「――!?」

 「……!?」

 アイリーンとオルドは、いきなり自分の身体が引っ張られた理由が分からなかった。なにかにスーツの裾をひっかけたのか、ついに、導火線に火がついたのか――違った。だれかの腕が、自分の腰に回っていたのだ。アイリーンが見たのは、細い目をいっぱいに見開いているオルドの顔で、オルドが見たのは、サングラスの奥で凶悪なひとつ目をぎらつかせたアイリーンの顔だった。

 互いに見たのは被害者の顔で、つまりは、ふたりを引き寄せたのは。

 「俺は宴に来たんだ! 格式ばったアイサツなんぞいらねえ! 酒池肉林だ! 飲ませろ! ジャンジャン持ってこォい!!」

 アイリーンとオルドを小脇に抱えたアイゼンが、宣言した。

 額を押さえるピーターと、思いっきり口を開けたあとに、爆笑したオトゥール――ヴィッレのこめかみに走った青筋、これだから、とばかりに両手を広げたザイール、噴きだしたロビン――エトセトラ。それぞれの反応は様々だったが。

 

 「もういいや! 乾杯! 料理を運んでくれ!」

 と叫んで、グラスの中身を干したカレンの合図で、「ヘスティアーマ」は開催された。

 ようやく、ザイールもグラスを掲げた。マックとインシンも――ロビンも。

 アリシアは、新しく席に加わったメンバーとグラスが割れんばかりに乾杯を交わし、インシンもヨンセンも、フライヤも、ようやく初対面の挨拶を交わした。たがいに、気になっていた間柄だった。かたや、白龍グループのクォンの跡を継ぎ、総帥になるかもしれない娘と、ピーターを支える秘書軍団の長――そして、カレンの右腕となるだろう、傭兵出身の大佐。

 「やり手だって聞いていたわ」

 「おふたりのお噂は、かねがね」

 「どうか、よろしくおねがいいたします」

 三人は、名刺交換を済ませて乾杯した。

 だが、会話が弾むまえに、予想外の展開で、三人は挨拶止まりになってしまった。

 



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