「L18の心理作戦部で見たときから、気に入ってたんだよォ……」 ベロリと赤い舌を出して唇を舐めるアイゼンに、アイリーンの全身がゾワリと鳥肌立った。オルドなど、戦慄顔で固まっている。アイゼンの気持ち悪さに、もはや言葉を失っていた。 「……」 ヨンセンが青ざめた顔で、アイゼンから身をかくすように顔をそむけたので、インシンとフライヤが反射的に彼女をかばい、ヴィッレとシュウホウが気づいてこちらに来るよう促したが、見つかってしまった。 「ヨンセン! こっちに来い!! 頭領の命令が聞けねえのかコラ!!」 「……お許しくださいませ」 気丈なヨンセンの声が震えたところなど、オルドも聞いたことがない。 「アイゼン」 しかたなく、ピーターが立った。 「ヨンセンはダメ。オルドを放せ。ついでに、アイリーンさんもだ」 僕はついでかよ、とアイリーンが言ったかどうかは定かではないが――ピーターの意見は通らなかった。アイゼンはふたりを放そうとしなかったし、オルドはともかくも、体格がほぼ同じで、背はアイゼンより高いはずのアイリーンは、すぐに振りほどけるはずだと思ったのに、ヤツの腕はなぜか、かんぬきのように外れない。 せっかく導火線も消え、なごやかな雰囲気になりかけたのに、ふたたび緊迫した空気が、テーブルを覆った。 「じゃァ、インシンがこっち来たら二人は放してやるよ」 「イヤよ! ぜったいお断り!! アンタと同じ空気を吸うのもイヤなのに!!」 インシンは断固として言い、別の意味で席が混乱しかけたとき。 『アイゼン――なにしてンだい、おまえ』 カレンの背後にあるスクリーンがパッとついた。スクリーンの向こうでふんぞり返っているのは、ララだった。 「なにか用か、クソジジイ」 『やっぱやらかしてた。おまえがいる場所は、かならずなにか悶着が起きる』 アイゼンが舌を出したが、ララは手をプラプラと振って、おおげさに嘆息した。 『オルドとアイリーンは放しな――あたしのお気に入りなんでね』 ララは葉巻の煙を、ふーっと流した。 「オルドはてめえの好みだろうが、アイリーンのことは聞いてねえぞ」 「どうでもいい! 僕を放せ!!」 アイリーンは隻眼から光化学主砲でも発射しそうだった。 『カレン! だから言ったろ、メシと酒だけじゃダメだって――アイゼンには女! あたしにタバコ、ぐらい必要不可欠なんだよ!』 「……ちょっと配慮が足らなかったね」 カレンは額を押さえた。 「でもここは、そういう場じゃなくって、」 『そういうと思って、アイゼンを嫌がらないプロの女たちを待機させてる』 画面の向こうでララが手を叩くと、華やかな女性の集団が十人も入ってきて、アイゼンを取り囲んだ。 『そいつであたしの祝い金としてくれ――シュウホウ、後は頼んだよ』 「リョォ~カイ~」 シュウホウは親指を立て、インシンが「あたしにはひとこともないの。相変わらずイヤなヤツ!」と憤慨したところで、画面は消えた。 アイゼンは、美女の集団には喜んだが、ふたりを放そうとしない。 「しかたねえなァ」 そう言って立ったのは、ロビンとマックだった。ロビンはオルドをアイゼンから引きはがし、それをすかさず、ピーターが引き取った。どちらがボディガードか分からない。マックは、アイリーンの手ではなく、アイゼンの手をにぎった。 「うえっ!?」 アイゼンは、ぞわぞわと震えあがり、反射的に手を離し――マックの顔を見て仰天した。 「おまえ、いたのか!?」 「いたよ? いましたよ? ねえ~ん、アイゼン様ヒドォイ。あたしのこと、気づかなかったのォ? 目の前にいたのにィ」 体をくねらせてアイゼンにくっついていくマックに、今度はアイゼンが鳥肌を立たせる番だった。 「俺はてめーみたいなタイプが一番苦手なんだよ!! 痩せろ!!」 アイゼンにも、苦手な者があったとは。 爆笑に包まれた。ヴィッレですら、固い顔をゆるめ、オルドも小さく笑っていた。いい気味だとばかりに。 ――ヘスティアーマは、無事終了した。 無事とも言い難いが――たった二時間の会食は、カオス化したまま終了した。だれもが、語り足りない人間ばかりだったが、なにぶんにも予定が詰まり切っている要職ばかりなので、終了の合図は、多少のブーイングだけで受け入れられた。そして、二度目があることを、だれもが歓迎した。 閉会の言葉を掲げたのは、オトゥールだった。 「俺は、ミラ首相のもとに、二十四回通った。それでやっと、本題に至る話ができたと言っていい」 「前置きなげえ」 アイゼンからのツッコミにオトゥールは苦笑し、 「つまり、これで終わりにはしない――そうだろ?」 「もちろんだ。この席にゃ、アマンダがいねえ」 アイゼンがつまらなそうに言い、「母ちゃんは、あんたがいるとたぶん来ねえよ」とマックが容赦なく言った。 「アダム・ファミリーもだれか呼ぶべきだ――そうじゃねえか?」 ザイールが言い、 「ミラやバラディアさんの席も用意するべきだよ」 と、傭兵側のアリシアから意見が出たが。 「父は来ない」 オトゥールは首を振った。 「どうして」 「軍事惑星の未来を託すのは、若者たちだと言っている」 「うちも、義母さんは来ないよ。アミザの調子がよくなったら、今度は連れてくるけれど」 カレンも、そう言った。 「それで、次回の幹事は、ロビンに頼もうと思う」 「お――おい待て」 オトゥールの言葉に、ザイールが、目を白黒させた。 「傭兵が呼んで、おまえらが来るってのか?」 「どこへでも行く」 オトゥールはきっぱりと言った。カレンも、ピーターも、同じ目をしていた。 「ヘスティアーマは、軍事惑星群のカオス・パーティーだ。そうだろ?」 「……!」 ザイールが涙を見せたくないようにマックのほうを向き、言葉もなく彼を揺さぶったので、「う、うおう!? なんだよザイールさん!!」とマックの悲鳴が上がった。 「タキィ、おまえ、一番存在感なかったなァ」 「恐れ入ります」 「褒めてねえよ。だれもおまえのこと、気づいてなかったぞ」 「アイゼン様の存在感のまえには、わたしはカスミですから」 10人の美姫を我が物顔で連れ歩き、アイゼンは廊下を歩いていた。 このホテルには、スイートルーム以外、ない。豪奢なリビングが五部屋、寝室がふたつにシアター・ルーム、ジムに独立したシャワー・ブースとジェット・バス、広い浴槽のバスルームに、ゲスト・ルームつきの最高級スイートばかりだ。 要人のスキャンダルをすっぱ抜くパパラッチが、黒服の男たちに、エレベーターに押し込まれているのをながめ、アイゼンは笑った。 「終わったぜえ、ヘスティアーマはよ」 「やはり、嗅ぎつけられていましたね」 タキも、歩くスピードを緩めず、言った。 「次回は傭兵側だ。ロビンが幹事だが、つまりはウチだってことだ。抜かるなよ、タキ」 「はい」 パパラッチは、アイゼンたちにカメラを向ける前に、鉄製の扉の向こうへ押しやられた。しかし彼らは、アイゼンが軍事惑星の誰かだと分かっていても、正体は知らない。いまごろ、カレンかオトゥール、ピーターのいる階にたどり着かなかったことを後悔しているだろう。 「飲んで食って、美女がいりゃァ問題はねえ――そういや、カオス屋敷の話が出てたな」 「カオス屋敷ですか?」 「おうよ。うさちゃんハウスの話だ」 「うさちゃん――ああ、ルナのことですか」 タキは笑った。 「ルナ、俺のこと覚えてねえだろうな」 アイゼンは一瞬だけ残念そうな顔をした。 彼が、ルナのことを知っているとひとことでも言わなかったのは、気まぐれであって他意はない。だが、アイゼンは、ルナを知っていた。ルナがまだ三、四歳のころ、真月神社でいっしょに遊んだことがある。タキもいたから、知っている。 「ゼンゼンおにーちゃんって、よく懐いたもんだが」 「ゼンゼンお兄ちゃんでしたね」 会食では一度も笑わなかったタキが、噴きだした。 「ああ、アイゼンって言えなくてな。よく考えりゃ、アイツは三歳にして、すでにカオスだった」 ルナが地球行き宇宙船で、「ぶしっ!!」とくしゃみをしていることなど、ふたりは知りもしない。 |