ホテルの敷地内にある、ピーターたちが見ているのとは反対側――弧を描いた形のホテルの内側にも、ビーチがあった。パパラッチ避けが徹底された、ホテルの宿泊客しか入れないプライベート・ビーチ。海辺からは離れた木陰に、パラソルやベンチが置かれているスペースがあった。

そこをさらに、黒服の男が数人がかりで囲んでいた。セレブしかいないこの中でもずいぶんな要人であることが伺える――二基ずつのベンチが、背中合わせにそなえつけられ、ふたりの人間が背中合わせに、すわっていた。

 ホテル側を向いているのは、広いつばの麦わら帽子に大きなサングラス、真っ白なサロペットにグラディエーターサンダルの、金髪の人物。

 海側の男は、肩のあたりにタトゥのある、日に焼けた、水着姿の男だった。七色に光るサングラスをかけたその容姿は、モデルと言っても差し支えないほど整っていたし、筋肉質の体は、目が肥えた美女たちも、遠目ながら、思わず釘付けになるほどであった。

 

 「結局、L18を傭兵の星にってのは、マッケランじゃどうなの」

 彼にとって、きついのは常夏の日差しか、視界にうるさいむさ苦しい男たちなのか。ロビンは、サングラスごしに、前方の海だけを見て涼みながら言った。

 「あ~、ムリムリ! 今のとこはね。でもたぶん、“成る”とは思うよ。義母さんも、アミザも、それは言ってる」

 雑誌を膝に置いて、見るふりをしながら、カレンはつぶやいた。

 

 「……“成る”、ねえ」

 「アーズガルドがL18から手を引き、L22をあらたな本拠地に決めて定住。となると、L18に傭兵が増えていくのは自然の成り行きだろう。傭兵の星にするもなにも、このままでは、時間をかけてそうなっていくって。たとえ、何十年かかろうが」

 「……」

 「だけど、バランスは必要だよ――しばらくは、L18にも軍部は必要だ。残っている貴族軍人も、先祖代々の土地を捨てて、他星に移動せよってのは、無茶だし、通らない。無理を押し通せば、暴動に発展する。それを、傭兵が追い出しにかかられたんじゃ困る。そのあたり、どうだって話だよ。きっと、バラディアさんも、気になってるのは、そこ」

 「そうだな」

 「そういうのは、この先の話し合いで、具体的に煮詰まっていくんだろうが――シュノドスが一、ヘスティアーマが三くらいの割合で、開催できないかな」

 「そいつは可能だ」

 ロビンは、意味もなく口笛を吹いた。青空をながめたまま。

「言っとくが、ともかくバランス。傭兵が、一度でも暴走しちまえば、アウトだ。すかさず、L55から指令が出る。傭兵のせん滅に動けってね――それを防ぐのは、並大抵じゃない。いまのL18は、緊張してるだけさ。だから、静かなんだ。だんだん時間が経ってゆるめば、なにが起きても不思議じゃない」

 ロビンは、その通りだと言わんばかりに苦笑した。

 

 「それで、軍部の望みは?」

 「L18に、アーズガルド、マッケラン、ロナウドから分隊を置く。アイリーンだけじゃ無理だ。それを、自分たちを滅ぼしに来たんじゃないかと勘違いする傭兵が出ないように、徹底的な周知を。それから、“軍人狩り”が起こらないよう、気を付けてほしい」

 「ま、だいたい、そんなところだな」

 「傭兵からは?」

 「そうだな……なるべく、静観しといてほしい」

 「静観?」

 カレンが、すこし、後ろに顔を向けた。

 「まったく騒動を起こすなってのは、ムリだ。だから、神経質にならず、なるべく、軍を動かさないようにしてほしい。なにか起こったら、鎮圧は、傭兵がする」

 「……」

 「軍の力が必要なときは、お願いするさ。だが、どうか傭兵の手腕を、見ていてくれ」

 「傭兵の力と、軍部の力が逆転するんじゃないかって危ぶんでいる貴族は多い」

 カレンは言った。

 「ライベン家は、ピーターが説得に動くそうだが、あの家はドーソンと懇意で、傭兵の星にするなど絶対にダメだって話で、今度は抗議の意味もあって、軍部に向けて武装しはじめた」

 ロビンもその話は知っていた。

 「そういう家は、これから山ほど出てくる」

 「そういう場合はどうするの。まさか、傭兵に対応させるわけにはいかねえだろ」

 軍部を傭兵が鎮圧に向かうのは、まずい。

 「しばらくは、軍部は軍部、傭兵は傭兵をっていう形を徹底して――」

 「それ、そこ。シュウホウから提案があってさ」

 ロビンは、カレンにこっそり耳打ちした。

 「なるほど――白龍グループと、軍部の連合軍ね」

 「白龍グループは、軍部に入ってもいいって人材が多い」

 こちらは、軍部に傭兵を入れていくという、ロナウド家の計画を後押しする形になる。

 「そうだな。これを機会に、傭兵と軍部の連合軍を増やしていくのも、いい話かもしれないな」

 「L20の特殊部隊のマニュアルを、公開してくれ。それを見本に、つくればいい」

 「分かった」

 それは、次回の「ヘスティアーマ」のテーマだな。

 そうカレンが言ったところで、ロビンが関係のない話題を口にした。

 「次回は、アミザを連れてくるんだろうな?」

 さすがにカレンは、サングラスを外して、ロビンをにらんだ。

 「妹に手ェ出すなよ!?」

 「どうかな――ミシェルに似てるからさ。手を出したくなるかも」

 カレンは、ロビンの後頭部に、自分の後頭部で頭突きを食らわせてから、雑誌に目をもどした。最初からなにひとつ読んでいず、ページも適当にめくっている雑誌に。

 

 「ところで」

 ロビンは言った。

 「ユージィンに、最後の別れを言えたのか」

 「え――ああ――うん」

 いきなりだったので、カレンは戸惑いがちに返事をした。

 「うん。したよ――できたよ。ユージィンの死に立ち会ったのは、アイリーンだったから」

 アイリーンはカレンの前で膝をついて詫びた。カレンは、おまえのせいじゃないと何度も言ったが、彼女はなかなか頭をあげなかった。ユージィンの死を止められなかったのは、ほんとうに不覚だったと。

 アイリーン率いるL20の心理作戦部は、エーリヒからの依頼によって、L18の心理作戦部に出向いた。メルヴァの出現前後に、軍部でなにかひと騒動起きるだろうと。その際、ヤマトのアイゼンが、心理作戦部を乗っ取りに動くかもしれない。だから、それを抑えてほしいと。

 だが、実際に心理作戦部を占拠していたのはユージィンで、捕らえるまえに、彼は自殺した。アイリーンがすべてを知ったのは――「マリアンヌの日記」からの、一連の計画を知ったのは、すべてが終わったのちだった。

 ユージィンの葬儀は、ほぼ密葬のような形で、L18に残っていたドーソンのわずかな近親者で行われた。女子どもばかりだった。ミラとカレンも出席した。そのとき葬儀にいた参列者は、マッケランのほうでかくまっている。

 カレンは一度でいいから、ユージィンに、アランを愛していたか聞きたかった。だが、それは思ってもみない形で、はっきりした。ユージィンの遺品の中に、アランとカレンの写真があったのだ。

 彼は、数枚の写真を、かくすようにして、たいせつに持っていた。

 カレンには、それだけでよかった。

 所在がわかっていても、一度も会ったことがない父親だった。声をかけることも、かけられることもなかった。けれども、ユージィンは、アランとカレンを想っていた。

 「よかったな。とりあえずは、死体でも顔が見れて。俺は、親父の顔もおふくろの顔も見れなかったし、葬儀にも呼んでもらえなかった。死後といっても、別れを告げられたなら、それに越したことはない」

 ロビンの言葉に、カレンは目を見張った。

 「――おまえ、なんか、変わったね」

 「それはおまえのほうだろ」

 いきなり連絡してきて、「バーベキューするぞ!」なんて言われたときには、なにごとかと思った、とロビンは笑った。

 

 「ドリンクをお持ちしましょうか」

 コンシェルジュの声がかかったが、カレンは「いいや。もうすぐ部屋にもどるよ」と言った。彼がかるく会釈をして去るのをたしかめてから、

 「あ~あ」

 カレンが、手足を伸ばした。

 「ルナのみそ汁、ガブ飲みしてえ~……」

 ついにロビンが、肩を震わせて、爆笑した。

 

 



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