「……」

ずいぶん悲しい歌だ。ルナは聞いたことがない。ラガーでは一度も歌っていなかったのだろう。作曲された年号を見れば、かなりの昔だ――アンが、軍事惑星でコンサートをしていたころ。

「それは、アンさんがつくった、傭兵のための歌だ」

いつのまにか、クラウドがのぞき込んでいた。

「傭兵?」

「そう、傭兵の悲しい運命をえがいた歌。すごく暗い曲調だけど、聞きたがる傭兵はたくさんいたって」

「……」

「でも、アルバムは、メジャーな人気曲で埋めてしまったから、カナリアは入れられなかったって」

「……」

「アンさんにも、思い入れがある曲のようだ」

クラウドは最近、アンに着いていることが多いから、曲にまつわる昔語りもよく聞くのだろう。

「ところでルナちゃん、さっきのカオスの話だけど、」

クラウドの解説は聞いたが、そのあとは耳に入ってこなかった。ルナのうさ耳は、ビビビーン!! と立った。さらに、立った上に伸びた。クラウドは、驚いて、「カオス!!」と叫んでしまった。

ルナは、しゃきーん! と勢いよく立ち、ぺぺぺぺぺと歌詞カードを持って走った。応接室のシャイン・システムへだ。ルナのカオス行動をめざとく見つけたアニタと、そばにいたクラウド、ルナを長い腕でキャッチし損ねたセルゲイは、ルナがシャインに飛び込む前に、襟首を捕まえた。

「「「ルナちゃん!!」」」

彼らは、口をそろえて言った。

「「「なにをする気?」」」

ルナはうさ耳を捕まえられたままジタバタしたが、放してはもらえなかった。

「もげ――もげ――もげ」

もげると言いたかったのだが、うさぎがまた、カオスな悲鳴を発しているようにしか聞こえなかった。

 「待って。あたしたちも連れて行って」

 アンジェリカが、アズラエルを連行して、応接室に入ってきた。

 「ルナ、アンさんのところへ行くんだろ?」

 ルナはこくりと、うなずいた。

 

 「――え? 歌詞を変えてほしい?」

 アンは、寝支度をととのえ、ベッドに入る寸前だったが、深夜の急な訪問を、嫌な顔せず迎えてくれた。

 「いきなり来て、ごめんなさい」

 「それはいいのよ――でも、歌詞を変えてって、なにか、理由が?」

 アンは、気分を害してはいないようだった。それよりも、突然ルナがそんなことを言った理由を知りたがった。

「じつは……」

 

 ルナが手にしていた「カナリア」の歌詞カードで、ルナの言葉の意図がわかったのは、アズラエルだけだった。

 「なるほどな……」

 めずらしく、クラウドより先に閃いたアズラエルだったが、ルナの説明がカオスに陥ったときだけ助けることにして、それ以上は言わなかった。

 

 ルナは、カナリアのことを話した。曲のことではなく、カナコの姉であるカナリアの話だ。めずらしく、ルナの説明はカオス化しなかった。アンは熱心に話を聞いた。どさくさで着いてきてしまったクラウドにアニタ、セルゲイ、アンジェリカも、驚きはしたものの、ルナがカオスに陥らないように、口を挟まず黙って聞いた。

アンは、ルナの勢いだけはいい説明を聞いたあと、深々とうなずいた。

 

 「――分かったわ。歌詞を変えましょう」

 「ほんとですか!?」

 アンがこんなに簡単に了承してくれるとは思わなくて、ルナもみんなも、驚いた。アンは、苦笑気味に言った。

 「“カナリア”の歌詞は、絶望的だもの――わかいころは、こんな歌詞をよく書いていたけど、いまはもうすこし、希望が欲しいわね」

 そう言って、歌詞カードを見つめ、考えた。

 「そうね。ルナさんの言うとおり、ラストを変えればいいと思う。カナリアは、“生きている”という形に」

 「あ、ありがとうございます……!」

 「明日には、歌詞を書き換えてつくってみるわ。それでいいかしら?」

 「はい!」

 クラウドは腕を組んだ。

 「それが、カナコへのメッセージになるかは分からないが――アンのコンサートは、軍事惑星でも配信される。もちろん、L系惑星群全土にね――カナコが、聞く可能性は高い」

 カナコがよく、この「カナリア」を口ずさむのは、アズラエルも知っていた。この歌に、姉の姿を重ねているのだ。姉のカナリアの名が、この歌から取られたものだということは、アズラエルも知らなかったが、「カナリア」が好きなカナコは、ぜったいに聞くだろう。歌詞の違いにも気づくはずだ。

 ――そのことで、もし、カナリアの生存に気づいてくれたら。

 

 「ルナさん、教えてくださって、ありがとう」

 アンは礼を言った。

 「こんなことがあると、わたしが歌い続けてきた意味も、すこしはあるのかな、と思うわ。――カナコさんに、届くといいわね」

 「う、うん!」

 ルナは、おおきくうなずいた。

 きっと、K08区の屋敷にいるカナリアも、テレビを見てくれるはずだ。

 

 



*|| BACK || FRAME/P || TOP || NEXT ||*