ルナたちが、応接室のシャイン・システムから出ると、そこにはアンジェリカがいた。客を、大広間のほうの正面玄関から送ったようだ。

 「あっ! ふたりでどこに行ってたの」

 「わらびもちデートをしてまいりました」

 サルビアがにっこり笑って言うと、アンジェリカはうらやましがった。

 「いーなァ、吉野? あたしも行きたかった!」

 「だれか、お客さんだったの?」

 ルナが聞くと、アンジェリカはうなずいた。

 「うん。ララ」

 「ララさん!?」

 ルナのうさ耳がビコーン!! といきおいよく立った。先日、ラガーで見たばかりだった。

 「帰ったよ。アンジェ、今夜の予定は――」

 応接室に、クラウドがひょいと顔を出す。玄関まで見送ったのは、彼だったのか。

 「あ、ルナちゃん、帰ってきた」

 ルナの顔を見るなり、そういうということは、ララはルナに用事があって来たのか。ピエロのことではなさそうだった――ラガーに来ていたことが、なにか関係あるのか。

 「ルナちゃんにだけってわけじゃなくて――今夜は、みんなそろうかな」

 「グレンさんは、今日の夜、講習の予定が入っていらっしゃると」

 サルビアが言うと、

 「じゃ、講習はキャンセルしてもらって、グレンにもいるように言ってくれ。バイトじゃないから、大丈夫だろ」

 「なんの話?」

 ソワソワうさぎが聞くと、アンジェリカはウィンクした。

 「“バラ色の蝶々”」

 「……!」

 

 

 

 その夜、大広間に屋敷のメンバーが全員集まって、クラウドの話を聞いた。

 グレンは、アズラエルと競争でもしているのか、一日も早く役員の資格を取りたいと、夜間講習に行きたがったが、ルナとアルベリッヒは、あらゆるソーセージ料理を作ってグレンを釣ろうとした――トラは、簡単に釣られた。

 広間に集まったメンバーの前で、クラウドは、ララの訪問の目的を話した。

 

 『“四人目のエルピス”の件で、あなたに以前、協力をお願いしましたね』

 応接室で、シグルスはクラウドにそう言った――ララとシグルスは、たったふたりで、屋敷へ来た。ボディーガードは、外に停車したリムジンのまわりに控えていた。

 『ああ』

 クラウドはしっかり覚えていた。アズラエルも思い出した。かつて、シグルスがひとりで屋敷へ来て、エーリヒが乗船した背景を探っていった。そのとき、『四人目のエルピスのために、ご助力願うことがあるかもしれません』――彼はそう言った。

 

 彼が言う、四人のエルピス(希望)とは。

 ララとシグルスが、これからの軍事惑星の転換期の、キーマンとして見ている人物。

 オルド、フライヤ――そして、アズラエルの父、アダム。

 最後の一人は、アンドレア――アンだったのだ。

 

 ルナは確信した。

 やはりあのとき、ララとシグルスは、アンの歌を聞きに来ていたのだ。だが、いちファンとしてではなく――意図をもって。

 

 「ララたちが言うにはだな――まあ、結論から言うと、アンのベスト・アルバムを出したいって話なんだが」

 「アルバム!?」

 セシルの顔が輝いた。

 「ウソ!? ホント!? アンさんの新しいアルバムが出るの!?」

 「以前だした、“バラ色の蝶々”のアルバムに加え、CD化されてない彼女の持ち歌94曲と、彼女が逃亡中につくった曲6曲、あわせて100曲そろえて、豪勢なベスト・アルバムを出したいって話だった」

 「それをなんで、ウチに頼みに来たんだ。直接頼みに行けばいい話だろ」

 メンズ・ミシェルが疑問に思って聞くと、クラウドは言った。

 「それが、バッサリ、断わられたらしい」

 「え?」

 「アンさんが、というより、オルティスが大反対だった――取りつく島もなかったそうだ」

 「ええっ! どうして!?」

 リサやキラは叫んだ。

 オルティスが反対した――ルナは、なんとなく、理由が分かった。

 「100曲も一気にレコーディングするの? まあ――それは、体力的に持つかどうか、心配なところではあるよね」

 セルゲイは言ったが、クラウドは首を振った。

 「もちろん、それもあるんだが、オルティスが反対したのは、それが理由じゃない。もう、アンドレアさんを、軍事惑星に関わらせたくない、その一心からだ」

 「……!」

 だれもが、口をつぐんだ。

 「ララの目的は、言い方が悪いが、アンさんを政治的に利用することだ。さすがに彼女が老齢なこともあって、もういちど軍部の位を授けるとは言わないだろうが――彼女自身も、彼女の歌も、ずいぶんな影響力がある。わかるだろ? 行方不明になって、もう何十年も経つのに、いまだに根強いファンがたくさんいる」

 それは、そのとおりだった。アンのアルバムは、ずいぶん高値で取引されている。一枚きりしかアルバムを出していないというのも大きな理由のひとつだが。

「白龍グループが、その存在を欲しているんだ」

 「……」

 ルナは、アンドレアの半生が書かれた本の内容を、思い出していた。

 「あの本には、アンの出自はあいまいに書かれていたけど、やはりアンは、白龍グループの出らしい。本人が、というより両親が。彼女の親は、かつて紫龍幇の幹部だったんだ。――彼女はひとり娘だった。音楽の道に向かうことで両親と決裂し、縁を切ったらしいが、彼女自身は、ずっと白龍グループと縁を切ることはできなかった」

 「あの本って?」

 リサの問いにこたえるように、クラウドは、本を持ってきた。バンクスの本だ。手を伸ばしたのはアニタで、彼女はクラウドから本を受け取って、さっそく開いた。

 「彼女が歌いはじめたバーも、白龍グループが経営しているバーだったし、契約した音楽会社にも、白龍グループの息がかかっていた」

 「ご両親は?」

 アニタが聞くと、クラウドは言った。

 「はやくに亡くなられたらしい。アンがバーで歌手をはじめて二年後のことだ。決別したとはいえ、アンがバーで歌手をすることができたのも、陰ながら、ご両親が後押ししてくれたかららしい。病に倒れたふたりと、アンは和解している」

 「そ、そっかあ……ずいぶん、苦労されたのね」

 アニタは相槌をうちながら、熱心に本を読んでいた。

 

 「つまり、俺たちに、オルティスを説得しろと?」

 メンズ・ミシェルの問いに、クラウドは、困り顔で答えた。

 「要求は、そう――なんだけどね。俺は、ムリだと思ってる」

 「無理だろうな」

 グレンも肩をすくめて、言った。

 「オルティスがうなずくわけはない――というか、さんざん苦労したんだ。もう、放っといてやれよ」

 グレンの言葉は、この場にいる軍事惑星のすべての人間の言葉を代弁していた。セシルが、ぽつりと言った。

 「……アンさんのアルバムができるなら、大喜びだわ……でも、」

 彼女は、悲しげな顔をした。

 「でも、もう、そうっとしておいてあげたいのは、ほんとうよ」

 

 そこへ、ポンッと小気味よい音がした。アニタが、読み終えた本を閉じていたのだ。クラウドほどとは言わないが、アニタも速読だった。ほかの章に比べて、アンドレアの半生が書かれたページはひどくすくない。アニタは、一気に読んだアンの波乱万丈な人生を消化するように、一度ためいきをついたあと、決意したように言った。

 「――ね、あたしに任せてみない」

 みんなが、アニタを見た。

 「無理は通さない。あたしも、だれにも無理強いはするべきじゃないと思う。傷をえぐるのはよくないわ――でも、政治的なことと、アンさんのアルバムをつくることとは、別問題よ」

 アニタは、熱心に言った。

「アンさんのファンは、軍事惑星じゃなくたってたくさんいる――あの歌声を、アルバム一枚きりで、しかも、大昔に、8曲入りを一枚出したきり――それで終わらせるのは惜しいとあたしも思う。アルバムに入ってない曲は、いくつもあるわ。あたしもラガーで聞いた、好きな曲がけっこうある。アルバムにしてほしい曲もいっぱいある。最近、ラガーに問い合わせだって来てるわ。彼女のアルバムはないのかって」

アンのファンは、爆発的に増えつつある。ラガーに、傭兵やチンピラ以外がたくさん出入りするようになったことが、それをしめしている。

「ねえ、よく考えても見て。まだ、だれもアンさんの意志は聞いてない」

 「――!」

 「反対したのはオルティスでしょ? そもそも、そのララさんって人も、どこまで求めているかよ。アンさんのアルバムをつくれれば、それでいいのか。それともほんとうに、アンさんを政治的に利用しようとしているのか。また、大佐とかにして、軍事惑星で働かせようとしているのなら反対すべきだけど、ね、選択肢はひとつじゃないわ――音楽会社と契約しなくたって、アルバムはつくれるでしょ」

 「そうなの!?」

 セシルとネイシャは、素っ頓狂な声を上げた。サルビアもだ。

 「インディーズとか知らない?」

 キラが言った。

 「なんだインディーズって?」

 グレンが聞いた。

 「知らないの!?」

 「知らない」

 軍事惑星出身者は、そろって知らなかった。セルゲイも知らなかった。知っていたのは、L77の女性陣と、アニタだけだった。

 「世の中、自分たちでレコーディングしてるバンドもたくさんあるの。音楽会社と契約しなきゃアルバムをつくれないってことはない」

 「アニタの話は、もっともだ」

 クラウドは、笑顔だった。アニタのひと声を、待っていたようだった。

 アニタは鼻息荒く、言った。

 「クラウドさん、あたしに、ララさんと直接話をさせて。それで、アンさんと、オルティスとも、あたしが話してみる。結論は、それからでも遅くないじゃない?」

 「はいはーいっ!」

 キラが手をあげた。

 「K37区に、レコーディング・スタジオあるし、バンドやってる、そっちにくわしい友達もいるよ? 聞いてみようか?」

 「――ララがウチに来たのって、こういうやつらがいるからじゃねえのか?」

 ララの意図を、もっとも明確に表現したのは、アズラエルだった。

 

 



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