翌日のことである。

 朝食が終わって間もなく、ピエトとネイシャを学校に送り出したすぐあと――シャイン・システムの、来客を知らせるベルが鳴った。ロックを解除すると、出てきたのは、アンとツキヨだった。

 「アンさん! おばーちゃん!!」

 朝食の後片付けをしていたルナは、ふたりの姿を見て、うさ耳をぴーん! と跳ねあげた。

「おはようございます」

 アンは、ていねいにお辞儀をした。

 「ご相談があって――いきなりごめんなさい。お時間、ありますか?」

 

 さっさと講習に行ってしまったアズラエルとグレンをのぞいたメンバーは、ぞろぞろと大広間に集まった。

 アンが相談に来た理由は、やはり、先日のララの訪問の件だった。

 きのう、ララとシグルスは、開店まもないラガーに来て、アンに言った。もう一度、音楽会社と契約し、歌手活動をしないかと――。具体的には、まだアルバムになっていないアンの曲をレコーディングすることから、はじめたいという話だった。現在の軍事惑星の混乱は分かっているだろうという話をし、ぜひ協力してほしいと切り出したのだった。

 それを聞いたとたんに、オルティスは激怒し、話半分でふたりを店から追い出した。

 『おまえらは、まだアンを利用しようってのか!! アンが苦しんでるときに、なんの手助けもしなかったくせに!!』

 すさまじい怒りだった。アンが、口を挟む余裕もないほど――。

 『出ていけ! 出て行ってくれ!! 二度と来るな! アンは病気だ! もう放っておいてくれ!!』

 もはや、なんの話もできなかった。しかたなく、ララとシグルスは店を後にした。屋敷に来たのは、このあとだ。

 ――ここまでの話は、ララが昨日来て話した内容と、変わりがなかった。

 

 「だから、わたし自身は、結局なんのお返事もしていないのよ」

 アンは苦笑気味に言った。

 「オルティは、彼らがなんの協力もしなかったというけれど、それは、オルティが知らないだけ。ララさんは、わたしたちがE353に住んでいるとき、何度か来て、『地球行き宇宙船に乗る気はないか。あるなら、チケットを手配する』って、おっしゃったこともあるのよ」

 「ほんとに!?」

 アニタをはじめ、みんなは驚いて叫んだ。

 「でも、宇宙船のチケットとの交換条件は、わたしが彼らに協力することだった――とはいっても、具体的になにかをしろとは言われていない。わたしにできることと言えば、歌うことだけ。彼らも、それ以外に望みようがなかったでしょう。でも、セインも――かつて私のパートナーだった人だけど――マルセルも、絶対反対だった。せっかく生き延びたのに、また危険に身を投じるのかって」

 白龍グループの追跡をも逃れるかのように、三人は引っ越した。ララは、それが返事と受け取ったようだ。ふたたび、彼らを訪問することはなかった。

 

 「アンさん」

 クラウドは、告げた。

 「ララたちが、軍事惑星のために、あなたのネームバリューをつかおうとしているのは、ほんとうだ。どんなに言葉を変えても、それは変わらない」

 ララ自身もそう言った。アンドレアには、軍事惑星のエルピス(希望)となってもらう。その歌声で。アンに要求するのは歌声だけだろうが、アンという存在と、人気と、歌を利用することは変わりがない。

 

 「……」

 アンは一度黙したが、すぐに肯定した。

 「それは、分かっています」

 「アンさん……」

 「……ねえ、たかが歌が、どれだけひとの心を変えられるものなのかしら」

 アンは、絶望に満ちた顔で笑んだ。それは、歌いつづけてきたアンだけが知る、絶望だった。

 「わたしには分からない。歌のまえには、将校も傭兵もないわ。わたしの歌は、皆が聞いてくれた。歌はきっと、慰めになることがあると思う。でも、世界を変えられはしない。ひとの心も――だけど、わたしには、歌しかない」

 アンの言葉に、だれも口をはさむことはできなかった。

 「わたしは、歌によって、たくさんのひとにエルピスを与えたかもしれないけれど、それに値するだけ、たくさんの大切な人を、歌によって失って来たの」

 アンの話を聞きながら、セシルは涙し――ツキヨも、そっぽを向いて鼻をかんだ。

「歌は軍事惑星を変えることなんてできはしないわ。歌もわたしも、無力なもの。でも、わたしの歌に、彼は可能性を見出してくれた。――たとえそれが、純粋なものでなくても」

わたし自身ですら見失った、歌への希望を。

 

 「アンさんは、どうしたい?」

 アニタは、はっきりと聞いた。

 「今日は、それを相談に来たの。わたし、ララさんのお気持ちは嬉しいけど、もう音楽会社と契約するつもりはないの」

 アンは微笑んだ。

 「それで、あなたがたと、契約したくて」

 「えっ!?」

 思いもかけない言葉に、みんなそろって目を見開いた。

 「あなたがたと契約するなら、オルティもきっと、なにも言わないわ――それでじつは――アルバムをつくるのも嬉しいけれど、わたし、コンサートを開きたいの」

 「コンサートだって?」

 メンズ・ミシェルが叫んだ。アンとツキヨは、顔を見合わせて、にっこりと笑った。

 「そう。100曲歌うわ。一週間かけて」

 「……!?」

 「それを録音して、アルバムにしてもいいと思うし、そのアルバムの権利を、ララさんが買ってくださるなら、お任せしたい。でも、そこまでは、自由にやりたいの」

 アンはすっくと立って、屋敷の皆に向かい、深々と礼をした。

 「どうか、お願いします。協力してくださいませんか。すくないけれど、報酬はなんとか払いますわ」

 「……」

 「小さなホールでいい。そんなにお客は入らないわ。ラガーより、もうすこしおおきいホールを借りて、歌おうと思う。でも、宣伝やさまざまな準備に、人数が足りなくて」

 「これが、アンさんの、最後の大仕事になると思うんだよ」

 ツキヨも、ともに頭を下げた。

 「あたしからもお願いするよ、どうか、手助けしておくれでないか」

 

 皆は、にわかに言葉が出なかった。ガンを患って、治療中のアンが、果たして100曲も歌い切るコンサートに耐えられるのか。日を分けて開催するにしても、難題が多すぎる。それに、ララはそれで納得するのか――困惑が、皆の返事をにぶらせたが、アニタがきっぱりと言った。

 「アンさん、あたしにまかせて!」

 アニタが立ち上がり、屋敷の皆のほうをふりかえって、言った。

 「あたしが責任者になって、アンさんのコンサート、成功させてみせるわ――作戦はあるの! あたしがララさんを納得させて、オルティスも説得する! だから、あたしからもお願いする。みんな、手伝って!」

 「いいよ。あたし、協力する」

 キラが言ったのを皮切りに――リサやレディ・ミシェルも口々に、「あたしも!」と言いながら手をあげた。

 「あたし、アンさんのコンサート、見たい。そのためならなんでもするわ!」

 セシルは、涙目でアンの手を取った。

 「俺とサルーンにできることなら、なんでも」

 アルベリッヒも、ロイドやセルゲイも、快く了承した。クラウドは、最初から協力するつもりだった。メンズ・ミシェルは、腕を組んで真剣に悩んでいたが、

 「……オルティスの説得が、ひと苦労だぞ?」

 「「「「「あたしたちが説得する!!」」」」」

 女性陣が声をそろえて叫んだ。

「……わ」

「お手伝い、します」

ルナだけがだいぶ遅れて、そう言った。メンズ・ミシェルは、あいかわらずズレまくったルナのせいで、返事をするタイミングを逃した。ようやく、「分かった、分かった。協力するよ」と手をあげたのだった。

 

 



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