かくして、アンのコンサート計画が始動した。 皆の心配をよそに、ララはアニタと話したあと、あっさりOKを出した。そして、コンサート・ホールの手配やら、コンサート・チケットの発行など、アニタたちの手が回らないところは、協力すると言ってくれた。 コンサートの音源やレコーディングの権利は、ララが買い取るという条件付きでだ。 そして、もうひとつの難題のほうは。 屋敷の女性陣7人――ルナとミシェル、キラ、リサ、セシルとサルビア、ネイシャに囲まれたオルティスはたじたじとなり、最後はヴィアンカとエマルの一喝で、ついに降参した。 「わ、わあったよ! わかったから……」 アンが予想したとおり、オルティスは、アニタたちの計画にはなにも言わなかった。それどころか、「アンが、でかいホールでコンサートかあ……」と夢見るような顔も見せた。もとが単純なのだ。オルティスとて、おおきなステージで歌うアンの姿を見たくないわけではない。けれども、アンの体調を心配していることに変わりはなかった。 「だけど、無理はしねえでくれよ」 「分かっているわ。ありがとう、オルティ」 「でっかいマザコン息子だねえ」 ヴィアンカに尻を引っぱたかれ、オルティスは怒鳴った。 「だれがマザコンだ!!」 ララの協力を得ることができ、オルティスの了承も得たとなれば、話は早い。 屋敷は完全に、アンのコンサート事務所になった。 「“ラ・ヴィ・アン・ローズ”事務所」――コンサートのタイトルは、アンのかつての傭兵グループの名に決まった。 オルティスだけは「その名をつかってだいじょうぶか」とハラハラしたが、アンの意志は固かった。 書斎に、アニタ手書きのおおきな張り紙が張られた。 屋敷のメンバーに、ツキヨとエマルとリンファンが加わり、ニックが来て、シシーとテオ、カルパナにカザマ、ミンファまで参加した。たまに顔を出すチャンとユミコ、その手下たち五人まで――いつもチャンにくっついてくる研修生だ――ヤンにラウ、ベクヨンにコウタ、チボクまで来るようになったので、夜は、むさくるしい男どもでいっぱいになった。 最初は、ちいさなホールの予定だったが、話も場所もだんだん大きくなり、アンは困惑した。アニタがそのたびに、「だいじょうぶ! アンさんは、歌うことだけに集中して!」というので、アンは励まされたように微笑むのだった。 役員たちにも、仕事に差しさわりがないよう――役員が多忙なのは知っている――無理をしないでほしいとアニタは言ったが、彼らは、軍事惑星のアイドルであるアンのコンサートに、少しでも関われることが、たいそう嬉しいようだった。 彼らは、アンがひとりずつ、握手をして丁重に礼を言うのに、大感激していた。チャンでさえ、滅多に浮かべない笑みをたたえて、アンと握手をした。 屋敷のなかは、いままで以上に騒然となったが、役割分担は、たちどころに決められた。 チーフがアニタ。コンサート終了までの、さまざまな仕事の司令塔になる。 クラウドとメンズ・ミシェルが、アンのマネージャーにおさまった。 セルゲイも、マネージャー兼、アンの体調管理役。 そして、ニックとロイド、子どもだが数字に強いピエトが、費用やスタッフの日程管理をすることになった。コンサートの収入は、いったんララのほうに入るが、コンサート・スタッフには、終了後、ララが正規の報酬を支払う。 リサとキラ、レディ・ミシェル率いる、アンの衣装&メイク・スタッフには、セシルとネイシャ親子、サルビアとアンジェリカ姉妹、そしてカザマの娘、ミンファが参加した。 賄い係が、アルベリッヒとルナ、アズラエルとグレン。 アンのボディガードにエマル。これ以上頼もしいボディガードはいない。 ツキヨとリンファンは、赤ん坊たちの世話係。 書斎で、おもに宣伝広報、サイトの管理と、問い合わせ対応に、役員たちがずらりとそろった。 荷物運びと伝言タカが、サルーンである。 まずは、日程を決めなければならない。 5月21日には、地球の太陽系内に突入する。そうなると、地球行き宇宙船の株主――船外にいるものは、出入りができなくなるから、5月19日を最終日として、5月11日からコンサートを開催することになった。 1日ずつ休みを挟んで、計5日間――1日20曲、昼の部と、夜の部で歌う。 それは、アンが望んだことだった。 アンの願いに従って、アニタは2000人収容の中ホールを借りようとした。2000人が、昼夜あわせて、5日間。つまり、アニタは20000人の集客を見込んだのだ。 アンは、「そんなに来ないわ」とうろたえたが、毎日ちがう曲を歌うわけで、5日間、通う人間もいるだろう。アニタは、2000人ホールが満員になる確信はあった。だが、ララが12000人収容できる大ホールがあると勧めてきた。 さすがに12000人が5日間――120000人は、「ないわ」と思ったので、ララの申し出は断った。 しかし、チケット発売日になって、アニタはおおきく後悔することになる。 まずは手始めとして、四月号の無料パンフレット「ソラ」を、急きょアンの特集号に切り替えた。 コンサートのポスターを撮影し、ラガーやルシアン、「ソラ」を置いてある店舗に貼ってもらった。もちろん、ララにも大量にポスターとチラシを渡し、株主たちに宣伝してもらった。軍事惑星や、L系惑星群方面への宣伝は、ララ任せである。 そして、若手役員たちの協力を得て、アンのサイトをつくった――効果はてきめんだった。リリザやE353、マルカに住む住民からも問い合わせが来た。 屋敷にいる辺境惑星群のメンバーと、クラウド以外の軍事惑星メンバーは、コンピュータがあまり得意ではないので、役員たちの参加は非常にありがたかった。 宣伝効果は、たちどころに表れた。 パンフレットを見た船客が、連日ラガーに押しかけ、アンを見るために、ながい行列ができるほどだった。 ラガーをひらいて二十年。店の前に行列ができたことはない。オルティスは呆気にとられて、この異常事態を見つめた。もと傭兵やチンピラたちの、むかしからの客の居場所がなくなって、ぶつくさ言われたが、「こんなもんは一過性だ!」とオルティスは叫んだ。 ラガーで落ち着いて呑みたい、むかしからの客のためと、さらなる宣伝のため、K30区、K25区、K37区で、アンのゲリラ・ライブを開催することにした。 アンの装いにおいては、リサやレディ・ミシェル、キラの出番である。 もちろん、アンの体調にも気を配ることをわすれない。アンの主治医が毎日のように健康診断をしたし、セルゲイが、アンのそばにいて、つねに体調に気を遣っていた。 さて。 大人数が、朝昼夜となく出入りする屋敷になったので、彼らの食事を賄うのは、あいかわらずアルベリッヒとルナ、アズラエル――くわえて最近レパートリーが増えてきたグレン、になるはずが、想定外の出来事が起きた。 ピエロが、ルナの姿が見えなくなると、大泣きするのである。 「おやおや、ばあちゃんじゃダメかい」 ツキヨもリンファンもダメ、アズラエル、ピエトでさえダメだとなったときは、困り果てた。ルナは、うかつにトイレにも行けない。 「なんだおい。忘れたのか。俺はパパだぞ」 講習三昧で、しばらく顔を見せていなかった自覚はある。アズラエルは鼻白んだが、ダメだった。 「ふぎゃあああああああ」 「おご!!」 アズラエルの顔の真ん中に、ピエロの飛び蹴りがヒットした。 「ピエト兄ちゃんだぞ」 ピエトは、いままで懐いていてくれたピエロが、むずがるようにギャアギャア泣くので、ショックで落ち込んだ。 「屋敷に知らない人間が、いっぱい出入りするようになったからかもねえ」 ツキヨは言った。 たしかに、朝も昼も夜も、ひとが動いている気配がするので、赤ん坊にはよくない環境かもしれない。 アンのコンサートのこともあり、地球につくまで、ツキヨとリンファン、エマルが屋敷に暮らすことになった――そのために、ピエトの部屋をあけた――ピエトは、いま、アズラエルとルナ、ピエロと同じ部屋で寝ている。 ピエトは、環境が変われば寝付けないというタイプではなかったし、ルナもそうだったので、あまり気づかなかった。 「K12区のマンションを解約しなきゃよかったかねえ。そっちなら、しずかなのに」 「だいじょうぶだよ、おばあちゃん。明日、病院に行ってみる」 どこか悪いところがあるのではないかと思い、病院に連れて行ったが、健康体だった。「こんなに元気な赤ちゃんはいません」と、太鼓判を押された。 「六ヶ月になってきて、そろそろ、人見知りがはじまるころかもしれませんね」 医者はそう言ったが、ピエロの、「ルナじゃなきゃ泣くぞ」病は一向に改善されなかったので、ルナは大層困った。 「これでへこんでちゃ、K19区の役員にはなれないぞっ!」 そういって自分を励ましたが、たいへんなのは変わりがなかった。ルナがいると機嫌がいい。だれにも笑顔を振りまくのだが、ルナがいなくなると、たちどころにすさまじい泣き方をする。 ルナはピエロのそばにいる以外、なにもできなくなったので、しかたなく、赤ん坊の見張り番になった。キラリとピエロを抱えて、大広間のすみにいることしかできなくなった。食事の手伝いもするが、ピエロがタイミングよく寝てくれたときだけ。なので、ルナの代わりに、ツキヨとリンファンがキッチンに入った。 「そろそろ六ヶ月だから、人見知りがはじまる時期かもしれないよ」 キラは医者と同じことを言った。 「ルナがキラリ見ててくれるから、あたしもロイドも助かるよ」 ルナは、キラが購入してきた、ゴールドの生地と信じられないほど派手な花模様の生地を見て、目を丸くしたまま、「うん」と言った。 どんな奇抜な衣装をつくる気だろう。 |