「――信じられない」

 アニタが、深刻な顔で、大広間に来たときは、皆なにごとかと思った。

 「完売した」

 「は?」

 ついに、その日の朝、チケットが発売された。

 チケットの送付作業が大変なので、役員たちが休日の日曜日を販売開始日にし、かき集められるだけ人数を集めて、今日からがんばるよ! とアニタが大広間に発破をかけにきて、三時間後のことだった。

 大広間にこれでもかとサンドイッチやおにぎり、スープやサラダを並べて、銘々が簡易な昼食を取っていたときだった――。

 

 「チケット! 完売しちゃったの!!」

 アニタが絶望的な顔で、頭を押さえた。

 「はあ!? 完売!?」

 ヤンが吠えた。となりのコウタの顔が米粒にまみれた。

 「ウソだろ!? 20000枚、三時間で完売!?」

 ラウも叫んで、5人のでかい男たちが、我先にと書斎のほうへ駆けこんでいく。シシーもカルパナも顔を見合わせ、遅れまじと走った。

 「20000枚完売!? マジで――!?」

 応接室で作業していたリサたちも、書斎へ走る。

アホ面でおにぎりをもふっていたルナも、はっと気づいたように走りかけ――ピエロがじっと見ていることに気づいて、しずしずと戻った。

(完売!!)

ルナも見に行きたくてそわそわしたが、ピエロとキラリを抱えて、書斎に走るのは無理だった。

 

ララから借りて増設したパソコンだらけの書斎で、皆はひらきっぱなしになっているサイトにかじりついた。チケットの残存枚数は、「0」を表示している。

「買えなかった人から、ものすごい数の問い合わせが来てる」

ずっと様子を伺っていたテオが言った。

「アニタさん、もしかしたら、コレ、120000枚行くかもしれないですよ?」

「――!?」

アンの人気を見誤っていた。

かつてL系惑星群を席巻し、ヒットチャートの一位をずっと独占した、幻の歌手ミンシィのヒット曲「アイアン・ハート」のオリジナルがアンだと、大きな見出しでけっこうしつこく宣伝した。その効果もあったのだろうか。

「今からなら間に合う――会場変えて、120000人、挑戦してみます?」

テオが、にやりと笑った。アニタも皆も――ごくりと喉を鳴らした。

「じゅ、120000……」

「12000人収容のセプテントリオ・ホールだろ。宇宙船で一番でかいホールだ。人気バンドやアイドルしか、ライブできないところだぜ……」

「さすがにそれだけ、埋まるかな」

ここにいる皆は、確かにアンのファンではあるが、アンはブランクの時期が長い。最近やっと、ラガーで歌うようになったのだ。口々に、気弱な声が漏れたが。

 

「120000人、行こうよ。アンさんの一世一代なら、いいじゃないか」

クラウドも言ったので、アニタは決断した。

「うん、行こう! アンさんに聞いてみる」

アニタの決断に、皆は沸いた。

「うっほう! 120000人!!」

「すごおい!!」

リサたち女性陣も、ハイタッチをした。

「よし! じゃあ、チケットの追加、印刷所に電話して! ララさんとアンさんには、あたしが連絡する! 問い合わせの返信、皆お願い!」

「よっしゃあー!! やるぞー!!!!!」

書斎のほうから、ものすさまじい気合みたいな声が聞こえたので、ルナは飛び上がるところだった。

「なんかみんな、楽しそうだな~……」

ルナは口をとがらせたが、ピエロとキラリが申し合せたように、「だあ」と言ってルナの指をにぎるので、ルナの機嫌はたちどころに直った。サルーンが、ルナを励ますように、チョイと膝の上に乗った。

 

 

 

「――マジかよ! 大ホールのほうにするって!?」

ラガーにいたメンズ・ミシェルが、連絡を受けて、文字通り飛び上がった――まではいかなかったが、興奮のために、足は勝手にステップを踏んだ。

「チケットが、三時間で完売……」

想像を絶する売れ行きだ。

「なんだってェ!? チケット完売!?」

声をききつけたオルティスが、ドスドスミシェルのほうへ走ってきた。

「毎日毎日、ラガーに来る客がうるせえんだよ! ここでチケット買えねえのかって――」

「ちょっと待てアニタ――チケットは、サイトでしか買えません! ああ、悪い。すげえんだよ、ラガーに、チケットの問い合わせが――」

宣伝が進むにつれ、アンのコンサート・チケットがラガーで売っていないかどうか、問い合わせも多くなった。とてもオルティスひとりでは対応しきれない。メンズ・ミシェルとグレン、セルゲイは、その対応のために、ラガーに来ていたのだ。

「チケット完売!」

「すげえな……想像以上だぜ」

セルゲイとグレンの呆れ声が、厨房から聞こえた。セルゲイは驚いた拍子に、グラスを落として割ってしまった。

「セルゲイ~……おまえ、よくもの落とすな!?」

「ご、ごめん!」

グレンの叱責と、セルゲイの謝る声。厨房も、カウンターもパニックだ。

メンズ・ミシェルは、カウンターに詰めかけた客に怒鳴った。

「お客様! 明日から、チケットの数増やします! ええ、会場も変更で――くわしくは、サイトをご覧ください!!」

メンズ・ミシェルとオルティスの悲鳴は、夜が更けるまでつづいた。

 

 「チケット完売? そりゃすげえな」

 アニタから電話を受けたララは、豪快に笑った。

 「だから言ったろ。大ホールにしとけって――ああ、ああ、だいじょうぶだ。まだ借りられる。人手は足りてるか。いつでも出せるぞ」

 『人手はなんとかなってます。ありがとう! アンさんもやる気でいるから、大ホール借りてください!』

 アニタはそのあと、二、三の報告を済ませて、電話を切った。

 「いますぐ、セプテントリオの大ホールを押さえろ。大きな催しは、地球も近くなったから、いまのところないだろう」

 「ええ。すでに押さえてあります」

 ララの手元には、アンの特集を組んだ無料パンフレット、「ソラ」がある。

「こいつ、ブッソール・タイムズの記者だったって?」

 「ええ」

 「なかなかの手腕だ。あたしの部下に欲しいねえ」

 「無理でしょうね」

 シグルスはすげなく言った。ララが欲しがることは分かっていたから、一応地球到達後の予定を聞いてみたら、船内役員になって、飽きるまで、無料パンフレットを発行する、という答えが返ってきた。ララは苦笑した。

 「ルーシーのもとには、あいかわらず、いい人材が集まる」

 



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