……羽根を取られたカナリア、どこにいる……♪ 

……空の籠、わたしのカナリア、どこにいる……。

 

 カナコはいつも、この歌を口ずさむ。

 アンがコンサートを開いていたのははるか昔で、もちろんカナコは、アンのコンサートに行ったことはない。だが、カナコの祖父母がファンだった。父と母もファンだった。アルバムに入っていない、この「カナリア」という曲をなぜカナコが知ってるかと言えば、よく祖父母が――両親が口ずさんでいたからだった。姉の名も、この曲から取ったのだ。

かなしい傭兵の歌。祖父母は、アンのコンサートに行ったことがある。

 「“……羽根を取られたカナリア、どこにいる♪”」

 カナコは、つぶやくように歌った。

「“カナリア死んじゃった。もう、もどってこない……”」

 

姉を殺したのは将校たちだった。カナコとカナリアのめのまえで、両親をつるして燃やしたのは、軍人たちだった。

カナコの視線の先には、テレビで大演説しているオトゥールの姿があった。

『軍人と傭兵が、いまこそ力を合わせるとき……』

カナコは、テレビを消した。副長のラリマーが入ってきた。ここはL43。青蜥蜴が長年つかっている、L43で活動するときの拠点だ。

「ナンバー9のやつらが、ウチの連中連れて様子を見に来た。どうする?」

「……」

カナコは答えなかった。着いていないテレビをにらみつけるようにして、リモコンをもてあそんでいる。

「カナコ」

ラリマーは言った。

「あたしら、なにがあっても、あんたに着いていくよ。それは、青蜥蜴のみんなもいっしょだ」

「……」

カナコは、分厚い前髪の奥で、ギラリとかがやく鋭い目に、つよい熱を宿らせた。ボブヘアを震わせて、細い身体が立ち上がった。

「いっしょに来た青蜥蜴のメンバーに接触して、あたしの“考え”をつたえてくれ。賛同したなら、ナンバー9の奴らを捕らえて、連れてきな」

「わかった。ラックとピニオンはどうする?」

「傭兵の命を取る気はないよ――でも、逃げられないように、気を付けて」

「了解」

ザイールが派遣したラック&ピニオン兄弟は、すでに青蜥蜴のアジトに閉じ込められていた。

「おめでたい連中だよ!!」

なにが、傭兵と軍人が、手を取り合って、だ――。

そんなことは、永久に、あり得ない。

カナコは、さっきまでオトゥールが大演説をしていたテレビに向かって、リモコンを投げつけた。

 

 

 

ルナは、ひとりで屋敷に帰っていた。

アンジェリカが、ピエロとキラリを見ていてくれるというのだ。どうせふたりも寝ているし、起きて泣いたら、連れて帰ると言って、アンジェリカも五秒で寝た。よほど疲れていたのだろう。布団がないので、ルナはひざかけをアンジェリカに被せると、ひとり、屋敷にもどった。

ルナがシャイン・システムでかえると、女性陣でにぎわっていた応接室は、役員たちの仮眠室になっていた。ヤン達5人と、テオとカルパナ、ロイドがソファで寝ている。

ルナは起こさないように、そっとキッチンに行った。

そこで、飛び上がった。だが、大声を出すことだけは免れた。キッチンに立っていたのはアルベリッヒではなく――イシュメルと、ルチアーノだったからだ。

イシュメルの半分しかない、シェフ姿のルチアーノは、ルナに向かってウィンクした。ルナはそれで、すっかり意味を解した。

(ありがとう! うさこ! イシュメル、ルチアーノ!!)

ルナはエプロンをつけ、キッチンに立った。

 

「あれ?」

最初に、キッチンにあるおいしそうな食事に気づいたのは、アルベリッヒだった。

仮眠を取ったアルベリッヒは、夕食をつくるために、キッチンに降りてきた。

おにぎりと、ハムとレタスのシンプルサンドイッチ、トマトソースとゴルゴンゾーラ、二種類のソースであえたペンネが、山盛りになっていた。からあげにポテト、温野菜とフルーツが山盛りの大皿がみっつ。大鍋には、クリーム・スープとトマト・スープ、なぜかみそ汁が、大量に作ってあった。

「あ、これつくったの、ルナちゃんだな」

アルベリッヒはすぐに分かった。みんな、だんだんくたびれが出てきたころ合いで、あちこちで仮眠を取ったり、部屋で寝ている。アルベリッヒはひとりでつくらねばならないかなあと思っていたので、今日は助かった。彼はから揚げをひとつ摘まんで、味見した。

「んんん!?」

指が止まらなくなった。ポテトに野菜、添えられたソースに突っ込んで口に運び、おにぎりを頬張った。

「うまい」

思わず、声が漏れた。アルベリッヒは、目をぱちくりさせ、

「なんだか、ものすごい元気が出てきた」

 

最初に、温泉に気づいたのは、アニタだった。

目の下にクマをつくり、髪もボサボサ、履き続けたジーンズが、最長一ヶ月を記録しつつあるアニタは、あまりにフラフラなので顔でも洗って目を覚まそうと、洗面所に向かったのだ。

「オエップ……コーヒーもドリンクも飲みすぎた……」

眠気に耐えるために、コーヒーは毎日10杯以上、栄養ドリンクも主食である。

「シャワーでも浴びれば、目もさめ……」

そういいながら浴室のドアを開けたアニタは、ずっとだれも掃除していなかった大浴場がすっかり綺麗に掃除され、なみなみとあたたかい湯がはられているのに、気づいた。

アニタの目が、カッとみひらかれた。

「ギャホー!!!!!」

雄たけびが、上がった。

 

「ついにアニタさんが狂った」

行きすがりのキラも、クマだらけの目をショボショボさせながらキッチンに入り――「うまそうな匂い!!」と叫んで、から揚げに飛びついた。キラの好きなカレー味だ。ルナがよく作る、タンドリー・チキン。ものすごくたくさんある。

「ううううんまいいいいい!!」

いっぱいあるからいいかと、三つ一気に口に押し込んだキラのテンションは、マックスに達した。

「トマトソースのパスタ、おいしいよう……!」

ペンネのとりこになっている、なんだかやたらハイテンションのアルベリッヒと、ハイタッチをした。ふたりは、いきなりよみがえって、腕まくりをした。

「さ、これ、大広間に運ぼうか!」

「うん!!」

数秒前まで、ぐったりしていたふたりである。

 

「風呂だーっ!!」

アニタは、五人のたくましい野郎どもが素っ裸で浴室に飛び込んできたので、「ホギャオエー!!」と女らしい悲鳴をあげた。湯けむりのおかげで、どんな男も魅了する柔肌が見えなくてよかった。

「うおあっ! すいません!!」

女の声を聞きつけ、男たちは、慌ててまえをかくしながら退散した。

「え? だれか入ってた?」

シャツを脱ぎかけていたテオもあわてて、脱ぐのをやめたが。

「アニタさんだ」「アニタだ」「アニタだった」「アニタ」「アニタだよな?」

男たちは口々に言い――顔を見合わせ、「なんだ、アニタか」と笑った。

「アニタか」

「じゃあ、いいか」

「いいよな」

ふたたび、浴室に向かおうとする素っ裸の大男どもの後頭部をテオが叩き、

「なにが、じゃあいいか、だ!!」

とアニタの抗議が、浴室から聞こえた。

 

ルナが、キッチンを覗いたときは、料理が消えていた。気づいただれかが、大広間に持っていったのだ。

「ルナ姉ちゃん、お風呂気持ちよかったよ! 入ってきなよ」

ネイシャに、肩を叩かれた。いつのまにか風呂もみんな入っていたようだ。ルナはいつでも、ワンテンポ遅れている。

「もうみんな、入ったかなあ?」

「みんなだいたい。アンジェ姉ちゃんは?」

「そろそろ、帰ってくるころかな」

「久々の大きなお風呂で、あんまり気持ちよくって、母ちゃん風呂で寝るとこだった。ツキヨばーちゃんも、今日はもう寝ちゃったよ――アイス食べよ!」

「ネイシャちゃん! ごはんは?」

「もう食べた!」

そう言ってネイシャは、大広間に駆けて行く。

ルナは大広間に到達して、口を開けた。

スタッフがほぼ全員集まって、夕食になっていた。そのなかには、アンもいた。

「アンさん!」

「ルナさん、こんばんは。ごちそうになってます」

エマルとリンファンに挟まれて、アンがパスタをフォークでつついていた。

 



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