「ピーター」

 オルドは、ソファに腰を下ろしたまま、呆けたように窓の外の景色を見ているピーターの隣に座った。

 「寝ないなら、話の続きを」

 二人だけで、こんなにも長い時間をもてあましたのは、ひさしぶりだ。オルドは、時間があるならと遠慮なく、ピーターの過去を聞いた。このところ、ピーターにもオルドにも、ゆっくりとした時間はなかった――オルドはピーターに、聞きたいことは山ほどあったのに。そのうっ憤を晴らすように、オルドは、ピーターを質問攻めにした。アイゼンと自分は、むかし、会ったことがあるのか。自分がアーズガルド家を去ってから、なにがあったのか。ピーターが眠れないのは、なにか理由があるのか。

 先日のようにはぐらかされると思いきや、ピーターはあっさり話した。

 そしてオルドは知った。かつてオルドは、ピーターに連れられて、「プロメテウスの墓」で、ロビンやアイゼンと会ったこと。ピーターとアイゼンの母、エルピスの正体、ロビンの母ピトスの正体。ピーターの父、サイラスの末路。

 アイゼンと二人で、真砂名神社の階段を上がったこと。

 長い話だった。ピーターがだんだん疲れ気味になってきたところで、オルドは就寝を勧めた。

 けれども、ピーターは一時間もしないうちに起きた。

 

 「えー……どこまで話したっけ」

 ピーターは、ふたたび寝るという意志は見せなかった。オルドのわがままを聞いているわけではない。ピーターは寝たくないのだ。

 悪夢を、見るから。

 「地球行き宇宙船に乗って、それで帰ってきて、ピーターが当主になって、プロメテウスの墓のところまで」

 「ずいぶん短くまとめたな」

 呆れ顔のピーターに、オルドがカフェインなしのコーヒーを差し出す。ピーターは口をとがらせた。

 「ふつうのコーヒーでいいよ」

 こういうところは、むかしとぜんぜん変わっていないのにと、オルドは思う。

「ダメだ。また眠れなくなるだろ」

 オルドはきびしく言ったが。

 「俺が眠れないのは、別の理由だ。この際だから、ぜんぶ話してやるよ――だから、三万デルとは言わないけど、ちゃんとしたカフェイン入りのコーヒー」

 「……」

 「話は長くなるぞ。オルドのほうこそ、カフェインキメとけよ」

 「分かった」

 オルドは渋々と立った。

 「三万デルのコーヒー、クソまずかったな」

 「そうだな」

 ピーターが言うと、オルドの背が小さく揺れた。笑ったのは、ピーターにも分かった。

 

 「ピュクシスは――俺の母さんたちの三番目の妹は、せっかく母さんたちが命を懸けて守ったのに、三年後くらいに、病気で死んでしまったんだ」

 ピーターは、飛び飛びに、話をした。

 「俺は会ったことがない。葬式にも行ってない。アイゼンは知っているかな――ピュクシス叔母には、子がいなかった。結婚もせずに、若くして死んだ。だから、俺とロビンとアイゼンだけが、今のところ、エピメテウスの子孫だってことになる」

 「……」

 オルドがずっと不思議に思っていた、三人の関係が分かった。しかし――このことが、なぜ、ピーターのあの言葉につながるのか、まだ、よく分からなかった。

 ピーターはかつて、オルドに、「ライアンかメリー、どちらかの命を助けてあげる」と、彼にしては残酷な選択をオルドに突きつけた。

 条件としても、意味深なことを言った。ピーターがオルドの願いをかなえるのは三つだけ。ひとつは、オルドが子どものころ、アーズガルドを飛び出したこと。ふたつ目は、オルドが「ヴォールド・B・アーズガルド」でなく、「オルド・K・フェリクス」という傭兵の名でもどろうとしたこと。

 二つの願いを叶えたから、あとはひとつしかない。ライアンかメリー、どちらかの命しか、助けられないとピーターは言ったのだ。

 しかし、言葉通りではない、なんらかの意図を含んでいることをオルドは感じたが、いまのいままで考えても、さっぱり分からなかった。

 

 「なあ、ピーター」

 オルドは、ちいさく言った。窓の外の、とぎれない花火のショーを見ながら。

 「俺がオルドの名を捨てたら、ふたりとも助けてくれるのか」

 ピーターは、一瞬、顔を上げた。なんのことを言われたのか理解していない顔で――それからようやく、思い出したらしい。

 「ああ、あのことか」

 あれほど重い選択を突きつけていながら、オルドが真剣に考えているとは思っていなかったのか。まさか。

 ピーターは、「う~ん」とわざとらしくも、生真面目な顔で腕を組んでみせてから、「あの話は、なしにしよう」ときっぱり言った。

 

 「なしにって、どういうことだ」

 オルドは追及した。

 「もう助けられないということなのか? 手遅れだって?」

 

 「そうじゃない」

 ピーターは苦笑した。

 「もう、あのときからかなり状況は変わってしまったからだ。プラン・パンドラがこんなに早く公開されるとは予定外だったし、シュノドスも、ヘスティアーマもあったし――」

 「茶番だろ」

 オルドは吐き捨てたが。

 「茶番にするしないは、これからの話だ」

 ピーターは真顔で、そう言った。オルドは眉をしかめた。

 「まさかあんな、仲良しごっこで、これからの軍事惑星をまとめていこうってンじゃねえだろうな」

 彼は、「ヘスティアーマ」のことを言っているのだ。

 「だれも、そんなふうに思っちゃいないさ。俺もオトゥールも、カレンもね。ロビンたちだってそうだろう」

 あれが「仲良しごっこ」とは、だれも思っていないのか。あれで、軍事惑星の動向が決まるとは、だれも思っていないのか。ピーターの返事は、どちらにもとれた。

 

 ふたりでしばらく――夜でも明かりの落ちない街並みを見つめた。花火はまだまだつづく。ここはL55のリリザなのだ。

 「オルド」

 ピーターは、オルドのほうを見ないまま言った。

 「俺は、40歳になるまえに死ぬ」

 唐突に突きつけられた真実は、オルドに冷や水を浴びせた。ライアンとメリーの命を天秤にかけられたときと、おなじ強烈さだった。

 「――なに?」

 「医者から、そう言われてる。俺は、睡眠で休息を取ることができない。このままいけば、40歳目前で死ぬ」

 

 それは、オルドもすこしは知っていたことだった。――寿命のことをのぞいては。

 ピーターは、常人と同じ、じゅうぶんな睡眠時間を取れない。悪夢のせいで、何度も起きる。一時間も、休んでなどいられない。ほとんどがレム睡眠で、ピーターは深い眠りに落ちることができない。一時間以上、眠ることができないのだ。

 そのためピーターは、定期的に冷凍睡眠装置で、強制的に眠らされる。体内時計を止めて、生きながらえているのだ。ひとは、寝だめはできない体質だが、ピーターに限っては、冷凍睡眠装置のおかげで、なんとかここまで生きてこられた。

 オルドが帰ったばかりのころ、ヨンセンからそれを聞かされたオルドは愕然としたものだが、睡眠のことをのぞけば、ピーターは健常者と変わりなかった。

 だが、まさか、余命まで宣告されているなんて――。

 

 「“オルド・K・フェリクス”として戻ってほしくなかったのは、理由がある。アイゼンとオトゥールから、おまえを守るためだ」

 「アイゼンと――オトゥール?」

 オルドは眉を寄せた。アイゼンが、堂々とオルドを、「傭兵に戻してやる」と宣言し、ロビンの右腕にしようとしている。アイゼンから守るというのは分かるが、なぜ、オトゥールの名前まで出てくるのだ。

 「おまえは、アンダー・カバーの傭兵だった。よりにもよって――脅されたとはいえ、ユージィンの手先となって働いた。しかも、最悪の被験者といっしょに」

 「――!」

 オルドは、やっと意味が分かった。すべてがはっきりした――つながった。アイゼンが、あれほど、オルドを誘い込もうとする理由も。

 「まさか」

 「まさかじゃないんだ、オルド。“テセウス”が、どれだけ大勢の注目を集めているか、やっと分かったか?」

 ピーターは嘆息気味に言った。

 

 オルドは、「テセウス」という実験のこまかい話は、知らない。だが、死した者すらよみがえらせる研究によって、レオンが「生き返った」ことは知らされた。

 「テセウスには、ヤマトも関わっている。おそらく、モーム博士を暗殺したのは、ヤマトか白龍グループか、メフラー商社系列のいずれか」

 「……」

 「ヤマトもどこからテセウスのことがドーソンに漏れたのか探っているし、地球行き宇宙船の特務機関も、テセウスの謎を探っている。レオンは、あそこで死んだからな」

 

 アンダー・カバーの新たなボス、ペレーニから、レオンの死を知らされたとき、オルドは分かっていたこととはいえ、しばらく沈んだ。レオンは任務をまっとうし、地球行き宇宙船で死んだと。ライアンとメリーのそばにいてやれなかったことを悔い、言葉少ない手紙と、すこしでも暮らしの足しになるよう、いくばくかの金をペレーニに託した。

 ふたりが、しばらくは、身をひそめる生活になるのはわかっていたから、オルドも直接連絡できなかった。

 



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