「特務機関は、おまえがなにも知らないことを知っているようだけど、ボスのライアンはべつだろう。それに、オトゥールは、傭兵擁護派の――自分たちの政策に協力的なドーソンはかくまっているが、それ以外のドーソンは、徹底的に追い込む。ドーソンへの協力者も、しかりだ」

 オルドは戦慄した。

 「オトゥールは、甘い男じゃない。彼は、味方になる者と、敵になる者は、徹底的に区別する。自分の“正義”に沿わない者は、容赦なく淘汰する――そういう人物だ」

 「待て――ロナウドが、ライアンたちを追っている?」

 ドーソンの、協力者として? オルドの声が、わずかに震えた。ピーターがはっきりうなずいたので、オルドは息をのんだ。

 「つかまれば、ただでは済まないだろう。でも、過度の心配はいらない。今は、ヤマトが彼らを守っている。今のところはね――だけど、特務機関の動き次第では、ヤマトもいつ方向転換して、ふたりを捕らえる方向に向かうかわからない。あるいは、消すか。ヤマトは、テセウスのことを特務機関に知られたくない。分かるだろ?」

 オルドははっきりと認識した。

 ヤマトは、口封じをしておきたいのだ――いいや、いつでも目の届くところにオルドを置いておきたい。「テセウス」のことをわずかでも知っているものを、ほかの組織に取られないように。ライアンとメリーも、しかりだ。

 

 「おまえは“オルド・K・フェリクス”という、アンダー・カバーのナンバー2だった。その名が、どれほどの危険を秘めているか。“テセウス”のために」

 だまってしまったオルドを見て、ピーターは苦笑した。

 「ヴォールド・B・アーズガルドって貴族の名のほうだったら、なにかあったとき、俺もかばいやすい。そう思っていた。だけど、状況がかなり変わってきてしまった」

 「変わっ――」

 「おまえは、手柄を上げすぎた」

 「……!」

 もと傭兵の軍人が、サルーディーバ救出に成功した。このことの影響力はすさまじかった。

傭兵からの称賛は空前絶後となり、傭兵の軍部進出を押しているオトゥールにとっても、「やってくれた!」と手放しで喜ぶ祝い事だった。もうオトゥールは、オルドを「アンダー・カバーのナンバー2」とは見ない。「ピーターのもとで活躍する、もと傭兵の貴族軍人」とみている。だから、テセウスでなにかあっても、オルドを逮捕することはないとピーターは言った。

 歴史に残る大活躍をした傭兵を、ドーソンの協力者だからと言って逮捕したら、世論も傭兵も、それを許さない。また、軍部と傭兵の溝が深まるだけだ。傭兵だから逮捕されたのだという風聞がひろまるだけ。

 オトゥールにとっては、それだけは避けたいことのひとつだろう。

 

 「いまさらヴォールドの名にもどるより、オルドでいたほうが、きっとおまえにとってもいい」

 ピーターは微笑んだ。

 「もうすこし、軍部での発言権が強くなったら、自分でライアンたちを保護できるだろ――そうだ。アンダー・カバーにまだつなぎがあるなら、そいつらをライアンたちのところへ向かわせたら」

 「――いいのか?」

 「ライアンたちが生きていれば、いつか、アーズガルドも仕事を頼むときが来るだろう。予算を回すように、モニクにつたえておこう」

 悪い、といいかけたオルドは、咳払いをして、「……ありがとう」と小さく言った。

 「どういたしまして」

 ピーターはにっこり笑った。

 「……」

このあいだの、意地が悪い言動は、なんだったのかと思うほどだ。たまに、こんなに人が好くて、よくこの魑魅魍魎の世界を渡っていけているなと、オルドは不思議に思うことがある。

だが、そうだった。アーズガルドの人間は、一見して、この不思議なくらいのひとの好さで、乗り切ってきたのだ。ときに打算につかわれ、八方美人というわけではないけれど。

今回限りは、ピーターが、オルドのためにそうしてくれたことは、オルドにもわかっていた。

 

「それで――ほんとうに、そんな診断結果が出たのか」

「ン?」

「40まで生きられないって話だ」

オルドは、ピーターが死ぬなどということは、口にも出したくはなかった。

「ほんとうだよ。ヨンセンにも聞いてごらん」

「……俺が添い寝すれば、眠れるのか」

「え?」

ピーターは目を丸くした。オルドは、断固として前置きした。

「いっしょに寝るだけだ。ベッドの上での運動は不可だ。そんな余裕があるなら寝ろ」

「え――ええ? えーっと……」

さっきまで冷静だったピーターは、少し顔を赤くし、

「気持ちは嬉しいけど、無理」

顔を覆った。

なんだこの乙女は。オルドは吐き捨てたくなったが我慢した。

「オルドだって気持ちはわかるだろ――サリナと一緒にベッドに入ったら、いろいろしたくなるだろ――それと同じだ。俺だって、オルドを抱きたくなっちゃうから、無理」

「え?」

オルドが、今度は目を丸くした。

「え? ってなに」

「てっきり、おまえが、俺に抱いてほしい方だと――」

「ええっ!?」

ピーターは猛然と首を振った。

「ち、ちがう! ちがう! 逆逆逆!!!」

「なら、もっとお断りだ」

オルドの口調も表情も絶対零度になったところで――強いノックの音が、聞こえた。ヨンセンだった。

「どうした?」

ドアを開けたオルドは、思わず聞いた。

ヴィッレとのデートの最中だったはずだ。彼女の表情は、夜目にもわかるほど、青ざめていた。

「ピーター様! 起きていらっしゃるのね――こちらを!!」

ヨンセンは、肌身離さず持ち歩いているタブレットをふたりのまえに突きだした。その報告メールを見て、ふたりの顔にも、緊張が走った。

 

――青蜥蜴、軍事惑星への反乱の旗を掲げる。

 

「青蜥蜴、軍事惑星への反乱の旗を掲げる――声明の内容。傭兵と軍部が分かりあうことなど永久にない。L18から、軍部は追い出す。その意志に賛同する者は、この旗のもとに集まれ。くりかえす。軍部よ。L18は傭兵に引きわたせ。そうでなければ、L18は奪いとる。おまえたちが、ずっと傭兵から、そうしてきたように。我らは、全軍を持ってL18を占拠する……」

 

オルドが、淡々と読んだ。

「これは……」

ピーターたちが恐れていた事態が、ついに起きた。このままでは、傭兵グループの大連合軍と、軍部のあいだで、戦争が起きてしまう。

ヨンセンが衛星地図のアプリをひらいた。

「青蜥蜴に賛同する傭兵グループが、つぎつぎとL43に集結しているんです」

地図上では、L43の青蜥蜴アジトの近辺に、見知った傭兵グループの名が浮かんでいた。

「白龍グループの、紅龍幇まで」

「この地図には認定グループしか出ませんから、もしかしたら、認定でない組織も含めれば、もっと……」

「いまのところ、32グループか」

「まだまだ増えつづけると、モニクは予想しています」

最初の連絡は、ザイールからのものだった。青蜥蜴が帰還しないことをおかしく思ったザイールは、残留組の青蜥蜴メンバーと、自身のナンバー9を引きつれ、L43に赴いた。そこで青蜥蜴の副リーダー、ラリマーから、参戦の有無を問われた。青蜥蜴はみな、カナコのもとに去った。だがナンバー9は拒絶した。捕らわれるかと思いきや、カナコは言ったのだ。

「おまえがつたえろ」

ザイールをかえすことが、宣戦布告だとカナコは告げた。

「軍部と傭兵が分かりあうことなどない。協力し合うことなどない。軍部は、根絶やしにする――」

ザイールはカナコを説得しようとしたが、カナコは、参戦の有無以外の話をしようとはしなかった。ザイールは、青蜥蜴のメンバーに、アジトの外へ放り出された。

 

ピーターは、穏やかな声で聞いた。

「ヴィッレは?」

「ヴィッレもオトゥール様にお知らせを――」

「ピーター!!」

オトゥールが、ヴィッレを連れて入ってきた。

「――報告を?」

「たった今」

オトゥールは息を喘がせていた。だが、ニッと笑った。

「どうやら、ヘスティアーマで調子に乗って、派手に演説しすぎたようだ」

「演説は、派手なくらいが正解さ」

ピーターも笑う。オトゥールは立ったままつづけた。

「カレンとエルドリウスさんから立て続けに連絡が来た――君のところへは?」

「まもなく、ロビンかアイゼンから来るだろうな」

「エーリヒ叔父は? 状況を?」

「さて――まだ、L22の心理作戦部は、始動していないからな」

いちばんの連絡は、秘書のモニクからだった。

「分かった。ところで、集合場所は、L20だ。すぐもどろう」

オトゥールの言葉とほぼ同時に、電話が鳴った。ヨンセンが取った。

「ピーターさま、アイゼン様です」

ピーターとオトゥールは、顔を見合わせて、ちいさく笑んだ。

 

 



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