だだっぴろい大広間の中央に置いたZOOカードの前にふたりは座り、ルナはテレビを消そうとしたが、「カードを見るだけだから、すぐ済む」とララに言われて、そのままにした。テレビから流れてくるアンの声をBGMに、ルナは「コミエンソ(開始)」と唱えた。 銀色の箱が展開していく。ルナがピエロのカードを呼び出すまえに、勝手にカードが飛び出してきて、ずらりとならんだ。 ――先日、ラ・ムエルテがかかったカードがすべて。 「あっ! わわわ……!」 ルナはあわてたが、勝手に出てきてしまったものを、どうすることもできなかった。 「こりゃあ……」 ララは、目を見張った。 息子のピエロだけではない。おおきな死神が、ドカンと薄気味悪い笑いを響かせて現れ――黒もやが取り巻いているのは、幾人かのカードだ。ララは、カードを見たきりではだれがだれか分からないが、グレンのカードの絵柄を見れば、これらが軍事惑星の人間だと気付くだろう。 「あ、あのね、これ、これね、」 「ルナ」 ララはめずらしく真剣な顔で言った。 「ピエロにラ・ムエルテがかかったのを教えてくれたのはアンジェだが、アンジェが教えてくれたのは、ピエロのことだけ。じつは、めずらしく、ペリドットがあたしに連絡してきて、ルナにカードを見せてもらえって言ったんだ」 「――え?」 「ここだけの話だ。クラウドには言うな。ルナ、おまえは知らぬふりを決め込むんだ。どうせ、クラウドも早晩、情報にたどり着くだろう」 「う、うん――」 ルナも真剣に、うなずいた。 「カナリアの妹のカナコってヤツの傭兵グループ、青蜥蜴が、L43で旗揚げしちまった」 「……え?」 ルナは、すぐには意味が分からなかった。ララはつづけた。 「つまりね、カナコは、軍事惑星群に反旗をひるがえしたのさ。プラン・パンドラに、真っ向から対峙したの。軍人と傭兵は、ぜったいに手を取り合うってことはないってね。L18を武力で奪いとるって言ってるのさ」 「……!」 「分かるかい? このままじゃ、おおきな戦争が起こっちまう」 ルナは、カナリアの住む屋敷で、だいぶにごした話ながらも、カナリアがかつて受けた仕打ちを聞いた。カナコも同じだ。そしてカナコは、恐怖のほうが根強いカナリアに比べ、軍人たちに深い憎しみを持っている。 先日、ルナが見たカナコのZOOカードは、それを如実に示していた。 (ぐんじわくせいぐんで、おおきなせんそうがおこる……) ルナは、唐突に、アストロスのナグザ・ロッサ海域にでかけたときのことを思い出した。 天秤が、罪の重さによって完全に傾いたとき、それはおとずれる。 かつてラグ・ヴァーダの女王が、軍事惑星群に約束した三千年の繁栄。 それが、終わろうとしているのだ。 「……!!」 ルナはひとり、あたふたとした。 バクスターや、ピーターにかかったラ・ムエルテは、そのことに関係があるのだろうか。 「ラ、ララさん、これ、見て!!」 ルナはノートを開きかけ――すぐに、本物を見せたほうが早いと思って、カナコのカードを呼び出した。 「うわ!!」 ルナは悲鳴をあげた。カードの絵柄の背景も炎だが、カナコのカードは、ますます怒りが増幅したかのように、炎をまとって現れた。 「“復讐に燃えるコモドオオトカゲ”……」 ララがつぶやいた。炎を背負って、彼方をにらみつける大きな蜥蜴が、カナコのカードだ。 「このあいだ、メフラー商社さん関連のひとたちのZOOカードを、見てみたの。そうしたら、このカードが出てきて、あたし、びっくりして」 ララはカードをじっと睨みすえた。 「で、でも、カナコさんがそんなになるなんて、あたし、ちっとも気づかなくて――」 「いいや。よく調べた。教えてくれてありがとう」 そのときだった。 テレビから流れてくる音が止んだので、ルナはおもわず、そちらを見た。 画面には、アンがひとりで立っている。バンドは、息をひそめるように暗闇に消え、スポットライトはアンとピアノだけを照らしている。 「あ」 曲を奏でるのは、ピアノと、アンの声だけ。 「――“カナリア”だ」 哀切に満ちたその歌詞は、ルナが歌詞カードで読んだ言葉どおりだった。ララもルナも、しばらく、その曲を聞いた。みじかい歌は、あっというまに終わった。歌詞は書き換えられたとおりに、「カナリアは生きていた」となっていた。 「え? あれ?」 ルナはテーブルの上のプログラムを見直した。たしか、「カナリア」は三日目に歌われるはずだ。 「予定を変更したのさ」 ララは、カード群に目をもどし、言った。 「え?」 「“カナリア”は、毎日、昼の部と夜の部でかならず歌うことにした。10曲目と11曲目の間にはさまれる。アンが、そうしたいと言ったんだ」 「アンさん……」 画面の中のアンは、すでに次の曲に入っている。 「ルナ、ラ・ムエルテがかかっている、こいつらの名前を教えておくれ」 まさしく、アンのコンサートの真っ最中に、クラウドの携帯電話が鳴った。しばらく携帯電話をつかっていなかったクラウドは、いきなり響いた音に仰天して、席を立った。クラウドは、すでに役員の試験に合格したので、携帯電話の使用が可能になったのだ。しかし、かけてくる相手に、心当たりはない。 「はい、こちらクラウド――」 名乗りかけたクラウドは、相手の正体を知って、VIPルームから抜け出した。ボディーガードが等間隔にならんでいる、静かすぎる廊下の端で、ようやく応えた。 「アイリーン?」 『ひさしぶりだな、クラウド軍曹』 電話の相手は、L20心理作戦部隊長の、アイリーン・D・オデットだった。硬質な声が、クラウドのかつての階級を呼んだ。クラウドが心理作戦部に在籍していたころ、アイリーンが苦手だったエーリヒの代わりに、彼女と交渉していたのはクラウドだった。 『その呑気な声は、まだなにも知っていないな。どうせ、アンのコンサートでも見ていたんだろう』 「驚いたな――なぜ君が?」 クラウドは、アイリーンから電話をもらう理由がなかった。ついでにいえば、エーリヒも、落ち着くまではいっさい連絡を寄こさないだろうことは、承知していた。 『青蜥蜴が、L43で、軍事惑星に向けて挙兵したぞ』 アイリーンはいきなり、爆弾を投げ込んできた。クラウドはあわてて、ちかくのコンシェルジュを呼び止めた。 「どこか、空いている部屋はないか」 コンシェルジュは、空いているVIPルームに案内してくれた。ガラス戸の向こうはコンサートで盛り上がっているが、音響を閉ざしたままの部屋は、静謐だった。クラウドはやっと、だれにも気兼ねなく、声を出すことができた。 「どういうことだ」 『声明を出したのは青蜥蜴で、青蜥蜴に賛同する傭兵グループが、続々とL43にあつまっている。今日の時点で、認定だけでも100を超えた』 「――100」 『なかには、紅龍幇も入っている。やつらの要求は、L18だ。軍部と手は取り合えない、L18はそっくり傭兵にわたせという要求でな。要求が通らなければ、力づくでも、という話だ。ついでに、アカラはドーソン派の貴族軍人たちが、ライベン家を中心に武装ほう起した。アカラは封鎖されてる』 クラウドは、息をのんだ。 この一日で、とてつもないことが、軍事惑星に起こっている。 「なぜ、俺に?」 『少し待て』 どうして、そのことをクラウドに――しかも、なぜアイリーンが連絡してきたのか分からなかったが、すぐにひらめいた。クラウドの予想は当たり、アイリーンに代わって電話に出たのは、カレンだった。 |