『よう! クラウド、元気か』

 「カレン」

 クラウドは、盛大なため息を吐いた。

 「とんでもない情報をありがとう」

 クラウドは皮肉たっぷりにそう言ったが、『おまえは目の色変えて喜ぶと思ったんだけどな』とカレンの能天気な言葉がかえってきた。

 「目を白黒させて喜んでるよ。君が教えてくれなかったら、俺がこれを知るのはだいぶあとだった――俺に連絡してきたってことは、なにか俺に、聞きたいことでもあるの」

 そうでなければ、わざわざ連絡してくる意味がない。

 『話が早いな――クラウド、ルナから、なにか聞いてないか』

 こちらは、想定外だ。

 「ルナちゃん?」

 『そう。ZOOカード』

 クラウドは、やっと意味が分かった。

 「ルナちゃんに、ZOOカードで占って欲しいことが?」

 『いいや――とくに、なにを占って欲しいとか、そういうことじゃなくて』

 カレンは、唸り声を出した。

『あたしが暗殺されかけたときもそうだったけど、なにか“サイン”が出てないかなって』

 「サイン?」

 『そう。あとから知ったけど、やっぱり“ピンクのうさぎ”はルナなんだろ。あたしに、ヘルズ・ゲイトのタトゥを思い出させてくれた――つうか、義母さんの話によると、ZOOカードっていうのは、もともと、世界規模の動きを見る占いで? だから、今回のことも、“サイン”とか“メッセージ”的なものが出てないか、ちょっと聞いてみたかっただけ』

 カレンは矢継ぎ早に言った。

 『ZOOカードってのは、正式に占いを依頼すると、とんでもねえ金額がかかるうえに、たらいまわしにされて、金額も上乗せされて、占ってもらうまで何ヶ月もかかると聞いたよ。だったら、ダメもとで、ルナに聞いてみようかと。ルナは正式な占い師じゃないけど、あたしを助けてくれたしな』

 「……」

                                                                      

 (よりによって、カナコが)

 クラウドは思案した。

 ルナがいきなり、傭兵たちのZOOカードを調べはじめたのも、意味のないことではなかったのだ。ルナは思い付きだっただろうが。

 (カナコのカードは、復讐に燃えるコモドオオトカゲ……)

 カナコが挙兵する、前振りだったのか。

 青蜥蜴ひきいる傭兵たちの蜂起に向けて、軍事惑星では軍議がひらかれているのだろう。だが、軍が鎮圧に向かえば、大規模な戦闘になり、そのまま飛び火していく可能性がある。

 軍は、よほどの事態にならなければ動かさないだろう。シュノドスが行われたばかりである。あとは、同じ傭兵に対して、傭兵がどう動くか。ララは、情報を提供してくれるだろうか。

 『おまえの言いたいことは分かってる――めずらしく、気兼ねしやがるのな。情報は、こっちで送っておくよ』

 「ほんとに? そりゃありがたいな」

 クラウドは素直に礼を言った。

最初に行われるのは交渉――彼の頭脳では、いきおいよくシナプスが働きだし――やがて、「つたえるべき言葉」を見つけた。

 

「アダムさんは、まだ、そっちへ行っていない?」

『え?』

予想外だったのだろう――ルナを呼ぶか、ZOOカードの話が出てくると思ったのに、という声だった。

「カレン、俺が伝えられることは、これだけだ。ルナちゃんの占いによると、青蜥蜴のカナコのZOOカードは、“復讐するコモドオオトカゲ”。それから、すぐにアダムさんを捜しだすんだ。アダムさんは、もしかしたら、カナコの蜂起を止められる、唯一の人間かもしれない」

『ほんとか!?』

 カレンは電話口から飛び出してくる勢いで怒鳴った。

「ああ。俺が言っていいことじゃないかもしれないから、ここでは言えないが、アダムさんは、カナコにメッセージを持って、L18に向かっているはずなんだ。急いで、アダムさんを捜すんだ」

『あ、ああ! ありがとうな!』

カレンは、逐一情報をつたえるとクラウドに約束して、電話を離れた。

 

青蜥蜴の蜂起は、軍事惑星群では大事態となっているはずだ。ニュースになるのを差し止めていても、もっと大ごとになれば、時間の問題だ。

(こうなる可能性は、じゅうぶんにあった)

カナコだけではない、軍事惑星には、軍部と手を取り合うといっても、簡単にはうなずけない、軍部に深い恨みをもつ傭兵はたくさんいるのだ。

偶然、旗を上げたのはカナコだが、カナコの呼びかけに次々と結集している傭兵グループがあるように、第二、第三のカナコは、いくらでもいる。

クラウドは、ふと気づいた。ルナが気づいたように。

(もしかしたら、このことが)

ラグ・ヴァーダ女王が約束した、三千年の繁栄が終わる合図なのかもしれない。

カナコが挙兵し、カナコの意志に賛同する、軍部を恨む傭兵たちが結集する。カナコに兵を引かせるよう、説得がうまくいかなければ、L55から軍部へ、カナコたちの掃討命令が出る。そのことがきっかけで、大規模な戦争へと発展したら。

クラウドの背を、知らず、冷や汗が伝った。

 

『地球行き宇宙船には、なにがあるというんだ?』

いきなり、アイリーンのドスの利いた声がひびいて、クラウドは一瞬だけビビった。彼女は本物のおそろしい人間である。ルナが「残虐なフクロウさんです!」と元気に彼女のZOOカードを紹介したときは、クラウドもエーリヒも、「ああ……」とものすごく納得した。エーリヒほど怯えてはいないが、機嫌を損ねてはならない相手であることは、確実だった。

「なにって?」

クラウドは聞き返したが、アイリーンはにごした。

『フライヤは、貴様らのことを、うまく説明できないようだった。フライヤは、アストロスで、なにを見たんだ? ――アストロスの戦自体が、想像を絶していたということは、分かったが――』

「君もそのうち、わかってくるさ」

クラウドは、なんとか切り上げようとした。それが相手にも伝わったらしい。

『貴様もベンもいなくなったのでは、直接エーリヒと話さなければならないのか。うんざりだな――まァ、命令だから、貴様のパソコンに、データを送っておく。なにやら知らんが、カレン様は、貴様の情報を、ずいぶんアテにしておられるようだ――なにかひらめいたことがあったら、こちらへ連絡を寄こせ。エーリヒの部隊は、まだ凍結中だ』

吐き捨てるように言って、アイリーンは電話を切った。

 

 

 

「ララ様!!」

ルナがシャイン・システムのロックを外したと同時に飛び込んできたのは、チャンだった――チャンは急ぎながらも、「すみません、お邪魔します」と律儀にルナに告げ、大広間へ走った。

ルナがその背を追い、やっと追いついたときには、チャンはララに向かって怒鳴っていた。

「ララ様! 紅龍幇が青蜥蜴に合流したというのは、」

「ああ、おまえにも届いたか」

チャンは、紅龍幇幹部の息子である。ララは、心配するなとでも言いたげに、手を振った。

「こっちの用が済んだら、オフィスに向かう。そこでデータを見せてやる。青蜥蜴に合流したメンバーを見れば、おまえも事情が分かるはずだ。あいつらは、スパイとして送った」

「――!」

ララの説明によると、「本気で」青蜥蜴に合流しようとした紅龍幇メンバーは、青龍幇が押さえ、説得している真っ最中だそうだ。約半数のこった紅龍幇のメンバーだが、こちらは逆に、白龍グループの命を受けて、青蜥蜴に合流した。L43に集結した傭兵連合の内情を、さぐるために。

「おまえの親父も兄貴も、向かった」

「――ええ。いま、報告を受けまして」

チャンは、すこし安心したように肩を落とした。

「まだ、はっきりとしたことは分かっちゃいねえが、ほかの傭兵グループも動き出してるようだ。すでにあちこちで、青蜥蜴に合流しようとしてる傭兵グループを、止めにかかってる」

「止めに……」

「メフラー商社のカダックが、自分の傘下に連絡つけて、青蜥蜴に合流するなって止めてる。カダックが、カナコの説得に向かうつもりだったんだが、アイツ、いま入院中らしい」

カダック親父は、アストロスでの任務のあと、すぐ帰路についたが、持病が悪化して、リリザで養生中だ。アマンダが彼のそばに残り、ほかのメンバーは、すでに軍事惑星へ入っているはずだが。

「青蜥蜴に合流したグループも、三分の二が、様子見だ。すぐに戦争ってことにはならんだろう。――おそらくな」

おそらくといいつつも、ララはきっぱりと言い切った。

「シュノドスが紛糾したのが、よかったのでしょうか」

チャンは言った。ララは、アンのコンサートを見ながらうなずいた。

「これが、シュノドスですこしでもL55が妥協を見せて、L18を傭兵の星にしちゃおうかな~、なんてひとことでもこぼしてたら、調子に乗ったヤツラが増えていたかもしれねえな。軍部以上に、傭兵のほうがシュノドスの結果に神経をとがらせてる――L55は、L18が傭兵の星になるなんてことァ、これっぽっちも認めちゃいねえ。まだまだL55の視線は厳しいんだ。傭兵たちは、ヘタな動きをしたら、自分たちが真っ先に滅ぼされるのが分かってる。だから、だれも動きはしねえ」

チャンは思案し、言った。

「ですが、かなり大多数の傭兵グループが、青蜥蜴の呼びかけに応じたと……」

「おまえなら、データを見たらすぐわかるさ。青蜥蜴が懇意にしてたグループがほとんどで、青蜥蜴と同じ意志を持って行動してるのはごくわずかだろう。あと二、三日待ってみろ。すこしずつ減っていくはずだ」

このララの「予言」は当たるのである。

「言い出しっぺの青蜥蜴が動かなきゃ、烏合の衆は動かない。それに、青蜥蜴はメフラー商社だ。カダックじじいの説得がありゃ、すぐにあきらめるだろうって思ってる連中は多い」

「だれも、本気じゃないってことですか」

「多少の誤差はあれ、だいたいな」

話は終わったはずなのに、ララは席を立たなかった。チャンは、うながした。

「情報を見せてくださるのでは?」

「ああ、用が済んでから」

「用とは?」

「うるせえな。ルナと茶ァ飲んでからだ」

「茶?」

ふたりの会話を、ボケっと聞いていたルナは、ようやく言った。

「もうすぐアズが牛丼買って帰ってくるよ。チャンさんも食べる?」

ララは、ルナと食事をするまでは、てこでもここを動かないだろう。チャンはためいきをついた。

 

 



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