L20のマッケラン屋敷の広大な敷地に建てられた、来客用ホテル――ケヴィンとアルフレッドが滞在した場所である。そのロイヤル・ルームの一室で、ピーターは、テレビを注視していた。 もちろん、いま軍事惑星全土で放映されている、アンのコンサートを、である。 「これは、わざとかな?」 ピーターは、録画した画面を巻きもどし、何回か聞いた。――“カナリア”を。 「カナリアって、死んじゃうんじゃないっけ?」 部屋には彼ひとりで、同行しているオルドとヨンセンはいない。聞く相手もいなくて、うろおぼえの歌詞を反芻したが、やはりカナリアは「もどってこない」か、「死んでしまう」という結末だったはずだ。 だが、アンが歌った歌詞の最後は、改変されていた。 「あら 声が聞こえる あたしのカナリア生きていた 鳥かごの窓を開けて待っていよう」 という歌詞になっていた。 ピーターは、手元にある、一日目の曲順が書かれたパンフレットを見つめた。 プログラムにはない、「カナリア」の曲を、いきなりど真ん中にぶちこんできたこともふくめて――。 「やっぱりこれは、メッセージだな」 カナリアの歌詞の改変が、「わざと」であろうことは、ピーターにも伺い知れた。カナリアのことを知っている人間は限られている。だとすれば、アンに歌詞の改変を求めたのは、ララか――ピーターは、ルナのいるカオス屋敷のメンバーが、アンのコンサートを開催したのだということは、知らない。 アンは、カナリアのことはララから知らされたのかもしれないが、青蜥蜴の挙兵のことは、知ってはいまい。 なぜ青蜥蜴がいきなり挙兵したのか、はっきりとした理由は分かっていない。だが、カナコが軍部に対して、尋常でない憎しみを持っていることだけははっきりしている。 カナコは昔、めのまえで両親を殺されて吊るされ、姉と自分もひどい暴行を受けた。カナコもカナリアも、互いがあのとき、死んだと思った。カナリアは地球行き宇宙船で、カナコの生存を知ったが、カナコを置いて逃げたことにずっと負い目を持っている。カナコはカナコで、両親と姉を助けられなかったことを悔い、姉も死んだものだと思っている。カナコは、自分が助かったのは姉のおかげだと思っている。カナリアが逃げたことで自分は助かった。彼女を苦しめていた将校たちが、姉を追ったからだ。 カナコの、軍部に対する――とくにL18の将校に対する憎しみと怒りは、根深い。 カナコは、認定の資格は取らなかった。軍部に認められた資格などいらないと突っぱねた。青蜥蜴は、L18の軍からの仕事はいっさい請け負わない。まだ、メフラー商社経由でしかたなく、L20からの仕事は請け負うこともあるが、ブラッディ・ベリーなど、軍部と親しくしているグループは、本人曰く、「吐き気をもよおす」ほど嫌いだ。 彼女の軍部嫌いは、徹底している。 (アダムさんは、間に合わなかったとみえる) カナコに、カナリアの生存を伝えることが。 曲の改変だけでは、カナコはカナリアの生存に気づかないだろう。第一、青蜥蜴が駐留しているL43は、L4系の中でもっとも危険な星だ。DLという大規模な原住民の連合軍があり、自然形態や地理、情勢も不確かな部分が多い。おそらく、今のままでは、カナコはアンのコンサートは見られない。原住民の組織に、電波を妨害されるせいだ。 やはりアダムが直接、カナコに伝えなくては。けれども、時期も悪い。今伝えようとしても、カナコが聞く耳を持つだろうか。 カナコに軍を撤退させるための作り話と思われる場合もある。 (それに、カナリアが生きていたという話だけで、軍を解かせるのは、無理だろうな) カナコ自身も、むごい目に遭った。憎しみを腹の中で育て続けて、いままで来たのだ。 メフラー商社傘下でも、五本の指に入る巨大なグループを率いるカナコである。憎しみは深くても、軽はずみな行動をするタイプではない。冷静沈着とクールが売り物の彼女が、これだけの決意をしてコトを起こしたのだ。怒り任せではない――L18を手中に収める――それができるとふんだから、実行に移したのだ。よほどの決意だったと、皆は見ている。となれば、やすやす、撤回するわけがない。 (彼女が声明を出したのは、オトゥールの演説の後だったが) 軍部と傭兵が力を合わせて、これからの軍事惑星をつくっていくのだ――。 (この演説が、よほど腹に据えかねたか) シュノドスという会議も、ヘスティアーマのことも、軍事惑星を揺るがした。 ルリコとジャンヌを諜報員まがいに、「神々の温室」で遊ばせたが、正解だった。そこから入ってきた流言飛語も、相当なものだった。 (カナコが受け取ったL18の情報が、あるいは、とんでもない代物だったか) L18を乗っ取れると、カナコに錯覚を起こさせるほどの? ピーターは真剣に考えたが、コトを解決に導く、いい考えはまるで浮かばなかった。 軍議が開かれるまで、あと一時間。エルドリウスの到着を待つのみだ。 ピーターは、録画を見るのをやめて、リアルタイムの放送に切り替えた。テレビでは、ジャズの曲調とはうって変わった、ずいぶんポップな曲が奏でられている。 「虹色ドーナツ」という曲だ。 みんなでテーブル囲みましょ ちいさなテーブル輪になって 愛すべきわたしの子どもたち 今日もいっしょにドーナツを揚げるの さあみんな! お手伝いをしてちょうだい! しっかり者のバーディは 小麦粉をはかって卵を割って 力持ちのオルティは 生地を練るの やんちゃなマルセルは 油を用意して おっとっと! 熱いから気を付けて 食いしん坊のサラは 待ちきれずにお皿を用意して かしこいガラは フォークを人数分持ってきて お茶目なビルは お花を摘んでくるの ドーナツを揚げるのはママ 子どもたちはいまかいまかと 待っている…… ずいぶん明るい曲だ。アンの歌には珍しいほどに。 「ルナが歌いそうな歌だな」 ピーターは、なんとなく和んだ気持になって、急にルナを思い出した。 「――元気かな」 ルナに天秤を送ったが、配送先の住所は書かなかったので、ルナからの礼状も、お礼の電話もない。それでいい。だが、あれでよかったのかなという疑問はあった。 最初、ピーターは天秤の形をしたアクセサリーを想像したのだが、秘書8人に、「天秤形のアクセサリーなんて、想像もできない」と一刀両断にされ、最終的に注文したのは、天秤の置物だった。ルナは大きな屋敷に住んでいるし、リビングの飾り物として置けるようなものを製造者に依頼した。 (あんなものを注文したのも初めてなら、送ったのもはじめてだ) ピーターは苦笑した。 ルナは気に入ってくれているだろうか。 「ルナちゃん、ZOOカードを――」 屋敷にもどってきたクラウドが見たのは、大広間のソファで、アンのコンサートを観賞しながら牛丼を食っている四人の姿だった。 「えーっと」 出鼻をくじかれたクラウドは、一瞬言葉を詰まらせたが、 「なんで、ララはここにいるの」 「いちゃ悪いかい」 「チャンまで、どうして?」 「わたしがいるとなにか悪いんですか」 クラウドの分の牛丼はなかった――彼はしかたなく、言った。 「ルナちゃん、アンのコンサートを見てる最中に悪いんだけど、ZOOカードを――」 言いかけたクラウドは、さえぎられた。ピエロの、盛大な泣き声によってだ。 「あ、起きちゃった!」 ルナはぺぺぺぺぺと応接間に走った。ピエロは、応接間で寝かされていたのか。クラウドは気づかなかった。ピエロの泣き声で起きたキラリの声の、乱反射――ララはすかさず立った。 「あたしは、ピエロに会えないんでね――いったんもどる。ルナにはまだ話があるから、ピエロがまた寝たら、呼ぶか、ルナを寄こすかしてくれ」 「わかった」 アズラエルが頷き、ララはチャンとともに応接室の、書斎側のドアから部屋に入った。ルナは、大広間側のドアから出てきた。ピエロを抱いて。 「ZOOカードがどうかしたの」 ルナは聞いたが、クラウドが「ZOOカードを、」と言いかけると、テレビから、盛大な「アンコール!」の合唱と拍手が聞こえたので、ふたりの意識はそちらに向いた。 クラウドは咳払いし、「ルナちゃん、ZOOカード……」と忍耐強く告げたが、アズラエルが、「ルゥ、さめるから、さっさと食っちまえ」と言ったので、クラウドはあきらめた。ルナはピエロをアズラエルの膝に預け、もそもそと食べだした。ララとチャンはすっかり牛丼を片付けていた。あいかわらず、ルナが食べきっていないだけだった。 「俺の分はないよね」 アズラエルが買って来た余分は、不意の来訪者二名の腹におさまってしまった。 「帰りはみんなで、近くのレストランに寄ってくるって話だったろ」 クラウドにはなにもいうことがない。アズラエルの言うとおりだ。 「おまえこそ、なんでいきなり帰ってきたんだ」 「帰って来ちゃ悪いかい」 嘆息しつつソファに腰を下ろし、「ところでルナちゃん、ZOOカードを……」と言いかけたクラウドは、今度はルナにさえぎられた。 「あとで、またララさんを呼んで、いっしょに見るのです」 クラウドは、あきらめざるを得なかった。 やがて、アンがふたたびステージ衣装を変えて、出てきた。アンコールに応えて――。 昼の部が、まもなく終わろうとしていた。 |