屋敷には、リサたちがもどってきていた。深夜近くなり、会場ではずっとアンの心配をしていたリサも、屋敷に帰るなり気が抜けたのか、まっすぐ部屋に向かってベッドに倒れ込んだ。キラもレディ・ミシェルも。サルビアもそうだ。アニタだけは、「明日の日程を再確認しなくちゃ」とタフさを見せて書斎にこもった。

アンジェリカも、へとへとにくたびれていた。

 「もうだめだ」

 昼食も夕食も、取っていない。気持ちが悪くて、なにも食べられなかった。果物のジュースでなんとか持ちこたえた。夜の部の途中からは、もう体力が持たなくて、しずかな部屋で休んでいたアンジェリカだった。

 「ジュース飲んで、あとは寝よう」

 だるそうな顔でキッチンに入ってきたアンジェリカは、ルナのクラムチャウダーを発見した。

 「ん?」

鼻をひくひくさせて匂いを嗅ぎ、飛びついた。

「う、うまそう――なんだろこれ?」

鍋をあたため、スープ皿を持ってきてよそったが最後――アンジェリカは、ひと鍋あけてしまい、ぽてぽてキッチンに入ってきたルナを仰天させた。

「アンジェ!? 全部食べちゃったの!?」

「ごめん」

アンジェリカはきまり悪げに言った。

 「やっぱこれ、イシュメル・マジック入り?」

 スプーンをくわえたアンジェリカも呆然としていたが、ルナも真顔でうなずいた。

すっかり元気になってしまったアンジェリカは、そのまま、ルナと一緒にK05区の仕事場へ飛んだ――ルナは、深夜近いというのに、ララに呼ばれていたのだった。ピエロを寝かしつけ、そのすきに仕事場へ行こうとしていたルナに、アンジェリカはついてきた。

そこには、ララとクラウドが待ち構えていた。

 

 「ララ、今朝も言ったけど、あたし、軍に関する口出しはしないよ」

 ララの顔を見るなり、アンジェリカは言った。

 「あたしたちがなすべきことは、できる範囲で、最悪の結果が回避できる方法を探すことだ。軍略には口出ししない」

 「それは分かっているってば」

 ララは困り顔をした――ルナは、なんとなく、呼ばれた理由が分かった。

 「あたしにもペリドットにも断られたからって、ルナに聞いてもダメだよ。ルナは特に、月を眺める子ウサギがいないと占術はできないから、もっと無理だよ」

 アンジェリカはきっぱりと言い切った。ララは肩をすくめた。

 「でも――青蜥蜴とその連合軍と、戦争を起こさず、コトをおさめるって方法は? カナコを退かせるのに、いい具体策はないか――それも聞いちゃァダメなのかい」

 「あたしは、軍に関わることには、最初から関わらないと決めている」

 アンジェリカは言った。

以前、L20のマッケラン首相からZOOカードの占術を依頼されたとき、最初は断った。けれども、さまざまな人間を介してでも、アンジェリカに会おうとするミラの熱意にほだされて、会ったのだ。結局、彼女がいちばん案じていたのは娘たちの身の上で、軍に対するアドバイスを欲していたのではなかった。だからアンジェリカは、親身になって相談を受けたのだ。

軍関連の占いをすると、どうしても、戦術や戦略に対するアドバイスを聞きたがる人間が多い。アンジェリカは、金と正論を並べられても、どちらが勝つだの負けるだのの話をする気はなかった。

 

 「やれやれ。取りつく島がないね」

 ララはちらりとルナを見たが、さえぎるようにして、アンジェリカの平たい目が返ってきただけだった。おまけに、ちょうどいいタイミングで、ララを連れ出す人間が、階段を上がってやってきた。

 「シグルス」

 「ララ様、お時間ですよ」

 シグルスは、あいかわらず、いっさいの感情を撤廃した目でララの帰宅を促した。

 「しかたないね――明日はリハ、明後日は本番二日目だ。アンのコンサートは、まだ四日残ってる」

 「うん」

 返事をしたのはルナだった。

 「じゃあ、またね、ルナ。今日は一緒に食事ができてうれしかったよ」

 ウィンクして帰っていくララを見送り、ルナは唐突に気付いたのだった。

 そういえば、ピエロを引き取ってからというもの、ララは一度もルナを「ルーシー」と呼んでいない。

 

 「……」

 ルナはウサギ口で階段のほうを見つめた。

 「そっちの占術ができないんなら、しかたがない。じゃあ、俺たちももどろうか」

 もうすぐ、明日だ――クラウドは言ったが、

 「でも、ZOOカードがキラキラしてる」

 アンジェリカが、ZOOカードを見て言った。階段を見ていたルナは、気づいて視線をもどした。たしかに、ZOOカードから、銀色のゆらめきが立ちのぼっていた。

 「キラキラしてるのは、うさこがなにかしてる証拠だ」

 「え?」

 ルナは、畳のうえに箱を置いて、ZOOカードを展開した。

 「コミエンソ!」

 叫ぶと、一気に“ムンド”が広がった――ルナにも、アンジェリカにも、そしてクラウドも咄嗟には分からなかったが――気づいたのはやはりクラウドだけだった。

 「これ、L43の地図か?」

 「え?」

ムンドが展開した『世界』は、青蜥蜴のアジトを中央に置いた、L43の地形だった。

では、この無数に散らばる、カードの数々は――。

 「これは、L43に集結している傭兵グループの一覧か」

 すかさず理解したクラウドがつぶやくと、アンジェリカは「マジ!?」と叫んだ。

 ムンドは、「世界」の名の通り、立体的な地図だ。山岳や川、湖も表示され、地形が丸わかりである。

 

 「すごい――L18の心理作戦部にも、こんなに詳細な地図はないぞ」

 クラウドは必死で全体図を覚えようとした。L43は、大規模組織「DL」――かつて、ヴィアンカがいた組織だ――が星のほとんどを牛耳っていることもあって、軍部が調査できない場所も多い。これほど明確で詳細な地図は、現在、L系惑星群には存在しないと言っていい。クラウドは大興奮だった。

 「今夜は、徹夜でこれをデータに起こさなければ……」

クラウドとアンジェリカが、あちらこちらを見て回っている間に、ルナはうさこと会話していた。うさこは、それこそ、たった一センチほどのうさこになって、ルナの耳のそばで会話していたために、彼らには見えなかったのである。

 「ふんふん」

 ルナはうなずき、うさこの言うとおりに、カードを呼び出した。

 

 「“幸運のペガサス”さん、“幸運のドラゴン”さん、“ラッキー☆ビーグル”ちゃん、出ておいで!」

 

 ルナが呼びだすと、三枚のカードが、ルナの眼前に浮き上がった。アンジェリカが興味深そうに、カードをのぞき見た。

 「ぜんぶ、幸運の動物……?」

 「ふんふん」

 ルナはまたしてもうなずいた。

 「あ、あのね、アンジェ、幸運のペガサスさんを、ここに置いてくれる? そう――そいでクラウド、ドラゴンさんを、こっちに――」

 ルナは自身も立って、ラッキー☆ビーグルのカードを、言われた場所に置いた。

 

 「これでよいかな?」

 ルナは、一センチうさこに聞いた。うさこは、「よろしい」とでも言ったようだった。

 アンジェリカもふたたび興味深げに、ムンドを見下ろした。三枚のカードでトライアングルがつくられた中に、青蜥蜴のアジトがある。

 「トリアングロ・ハルディン(三角形の庭)――幸運のカードで囲まれた、青蜥蜴――なるほどね」

 アンジェリカがにやりと笑いかけたところで、ムンドは消え去った。

 

 「あっ!!」

 「もうちょっと、見たかったな……」

 クラウドが悔しげな顔をしたが、ルナは「もう終わりだよ」と言った。勝手にカードボックスが閉じていく。

 「これでカナコさん、やめてくれるかな?」

 ルナはアンジェリカとクラウドに聞いたが、ふたりから、「「月を眺める子ウサギは何も言わなかったの」」と逆に聞き返された。

 「うん。すべては、神の“ギオン(台本)”としかゆわなかった」

 「“ギオン”ね――」

 アンジェリカは、思案した。

 「軍事惑星の、大転換がはじまろうとしている時期だ。このことも、ひとつの“ギオン”だってことなのか――」

 アンジェリカとクラウドは、アホ面のルナをよそに、銀色の光が消えていく箱を見つめた。

 「あたしたちも帰ろうか――やっぱり今日は、つかれたよ」

 伸びをするアンジェリカに対して、クラウドはまだ考え込んでいた。

 

 



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