だれも、なにも言わなかった。たしかに、ヤバいことになりつつある。彼らは沈黙で、先を促した。ルナの、パンをもふる音だけが、応接室に響いた。
「会議と言っても、今朝話したことの総括だ」
異変が起こりつつある現状にあわせて、役割分担を決めなおしたらしい。
「ミシェル、やっぱり君には、アンのコンサートのことを、全面的に任せたい。俺は、軍事惑星のことで手いっぱいになるかも」
「ああ」
メンズ・ミシェルは、まかせろ、という顔と口調でうなずいた。
明日二日目のリハーサルのために、朝からアニタやリサ、キラ、ロイド、セシルたちは、すでにアンのもとへ駆けつけている。
クラウドはつづけた。
「それで、朝話したとおり、屋敷のことは、アルとアントニオ、グレンに任せていいか?」
「ああ」
三人は、それぞれうなずいた。
「俺とアズは、軍事惑星のほうの対応に入る――もしかしたら、カレンたちから、また連絡がくるかもしれない」
カレンの名前に、ルナのうさ耳がぴこんと立ち、ペリドットが興味深そうに、それを見つめた。
「そして、ルナちゃんのほうは、ペリドットとアンジェに任せる。いいか?」
「いいよ」
アンジェリカが返事をした。ペリドットは、うさ耳をつまみあげて、ルナに怒られた。
「セルゲイとカザマさんは、フリーの立ち位置でいてくれ。サルビアさんも――あれ、サルビアさんは?」
「姉さんなら、いまあたしたちの代わりに、ZOOカードに張り付いてる」
「ン、そうか。わかった」
アンのコンサートの手配は、終了まで、アニタとリサ、キラ、ロイドとメンズ・ミシェル、セシルが担当する。役員たちも、応援に入ってくれるかもしれない。
クラウドとアズラエルが、軍事惑星群の情勢に対応する。
ルナとアンジェリカ、ペリドットは、ZOOカードのそばから、動けなくなるだろうとのことだった。
屋敷のことや、ピエトやネイシャら、子どものことは、アルベリッヒとグレンに任せる。クラウドの話によると、もうひとり、助っ人を呼んでいるらしいが――。
セルゲイとサルビア、カザマ、アントニオはフリーの立ち位置で、あらゆる状況に対応してほしい。
クラウドの指示を、ルナはアホ面で聞き流し、まちがって、ペリドットのコーヒーを飲んでしまった。
「じゃあ、予定通りに」
クラウドが解散を告げると、皆は方々に散った。ルナは、まだホットサンドを食べきれていなかった。
「……」
ルナはうさ耳をぴこぴこさせつつ、皆が部屋を出ていくのを見送った。
「あれ? ミシェルは?」
ルナは、役割分担のなかに、レディ・ミシェルの名前がないことを、不思議に思った。
「ミシェルは?」
ルナは聞いたが、返事はかえってこなかった。そのかわり、なぜか、部屋に残った全員が、ルナを凝視していた。クラウドとアズラエルと、カザマとアンジェリカ。ペリドットは揺れ動くうさ耳に気を取られていた。彼もネコ科である。ふたたびつまみ上げようとして、うさ耳で指先をぺしゃり! とやられた。
「ルナ、早く食え。おまえがいちばん、忙しくなるんだからな」
アズラエルが、膝のピエロをあやしつつ、言った。
「ほ?」
「アンさんに、またイシュメル・マジック入りの差し入れをつくってほしいの」
「それから、ミシェルさんに、鮭のフルコースでお弁当を」
「おまえはこれから、ZOOカードから離れられなくなるからな」
「ほ!?」
アンジェリカにカザマ、ペリドットと立て続けに言われて、ルナのうさ耳は、ビコビコーン!! と伸びた。クラウドは、「カオス、絶好調」と言って笑った。
ルナは、ホットサンドを彼女にしては大急ぎで食べたあと、アルベリッヒとアントニオに手伝ってもらって、鮭のフルコースをつくった。クリーム・パスタにシチュー、包み焼きにと、ミシェルが好きなものをそろえて。
「ミシェル、いったい、どこに行ったの」
ルナは、できあがった食事を、真砂名神社に運ぼうとしているカザマに、そう聞いた。
「じつはミシェルさん、今朝から真砂名神社にいるのです。ルナさんの儀式が終わるまで、帰ってこられません」
「ええっ!?」
彼女は、これから数日、真砂名神社にこもるのだ。ルナのサルディオーネの儀式が終わるまで、帰ってこられないと知ったルナは驚き、当然のように、「どうして!?」と聞いた。
『あたしも、詳しいことは分からないのよ』
カザマが食事を運んですぐに、ミシェルから電話がかかってきた。
今朝ミシェルが起きたら、ラグ・ヴァーダの女王と、百五十六代目サルーディーバが、めのまえにいて、ルナではないが、彼女は飛び上がった。だが彼らは、なんのことはないように、告げたのだった。黄金の天秤の儀式のために、今日から真砂名神社に住むこと。それからミシェルは、天秤の夢を見たことを、ルナに話した。それは、ルナが見た夢とそっくり同じだった。
『あたしね、あの青銅の天秤を持っていた男のひと――いや、男の子? どっかで見たことあるの』
「あ、あたしも……」
ミシェルも見たことはあるのだが、思い出せないのだと言った。
「なんとなく、ペリドットさんに似ている気がしない?」
『ペリドットさん?』
ミシェルは、首を傾げた。
『う、う~ん……ペリドットさんかあ……ペリドットさんよりかは、ベッタラ似じゃない?』
「服装はね」
ルナはうなずいた。
『服装っていうほど、服着てたっけ?』
ミシェルの疑問はもっともだった。上半身しか見ていないが、アクセサリーしかなかった。ネコとウサギは黙った。クラウドとアズラエルは、とにかく突っ込むことはしなかった。へたに横から口を挟むと、この二人の話題はカオス化する。
「原住民のだれかに似てるの?」
アルベリッヒは聞いたが、ルナとミシェルは、無言のままふたりそろって首を傾げた。
「かっこうがベッタラぽいってだけで、アストロスのひとだとか――」
『ああ、アストロス』
レディ・ミシェルは、クリームパスタをフォークで巻き取りながら、アントニオの言葉に、気のない返事を返した。
『アストロスではないわよ、“あいつ”は、あいつは――んん?』
ミシェルは、アストロスの住人にはいないと思っているようだった。しかしルナは、ますます口をとがらせた。
「んん? アストロス? アストロス――?」
『とにかく』
ミシェルは咳払いをした。
『軍事惑星の――や、L系惑星群の、三千年の繁栄が終わるのは、もうすぐなんだわ』
ルナだけではなく、キッチンにいた皆が、目を見開いた。
『アル、アントニオ、ルナ、鮭のフルコース、まじでありがとう! あたしこれでがんばれる! 終わったらまたつくってね! ギャー! おじいちゃん、それ、最後の鮭グラタン!!』
そう言って、ミシェルの電話は切れた。
ルナは、クラウドに話す前に、月を眺める子ウサギを呼び出して、いろいろ話そうと思ったのだが、ZOOカードがどこにも見当たらない。ルナは昨夜、仕事場に置きっぱなしにしてきただろうか。
しかたなく、クラウドに夢の話をし、イシュメル・マジック入りのクラムチャウダーをつくったルナは、それを持ってラガーへ向かったセルゲイの背をしり目に、待ちわびたアンジェリカに引きずられるようにして、ピエロとともにK05区の仕事場へ向かった。
二階には、先に来ていたペリドットとサルビアがいた。ルナは部屋に入った途端、ペリドットが「しばらく離れられないぞ」と言った意味が分かった。
昨夜、勝手に終了したはずのルナのZOOカードボックスが、爛々と銀色の光をほとばしらせて、二階の部屋半分にムンドを展開していた。
「これ……」
ルナは、二階に設置したベビーベッドにピエロを置いて、ムンドをながめた。
ムンドが表示している世界は、L43の立体地図である。昨夜同様、たくさんのカードが、あちこちで動いていた。
「視点を変えるか?」
ペリドットが「“ペルチェ”(ぬいぐるみ)」と唱えると、カード群がたちまち、ちいさなぬいぐるみの姿になった。
「こっちのほうが、見やすいかもしれないね」
アンジェリカが言い、ルナもうなずいたが、ルナはZOOカードからペリドットに視線を移した。
「どうした」
ルナが、穴があくほど見つめてくるので、さすがにペリドットは言った。
「ペリドットさんは、若いころ、髪が茶色だった? ってゆうか、アズみたいな、焦げ茶色」
「いや? 俺は生まれつき、金髪だ」
「じゃああれ……いったいだれだろう」
「あれって?」
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