ルナはペリドットの言葉には返事を返さず、そのままZOOカードに視線をもどすと、「天秤を担ぐ大きなハトさん、出て来い!」と叫んだ。ハトのカードは、すぐに現れた。
ルナがじっくり、カードの中の天秤を見ると、それは、「銀の天秤」であるような気がした。すなわち、夢の中で、ラグ・ヴァーダの女王が持っていた天秤だ。
(とゆうことわ、ピーターさんの天秤は、“銀色の天秤”だ)
三千年前、彼がセルゲイの代わりにラグ・ヴァーダ星へ行き、女王様から、三千年の繁栄という、この銀色の天秤を授かったのだ。
そのために、ドーソン一族も、こうして三千年、栄えてきた。
では、“青銅の天秤”は?
いったいどこから出て来たのか。
天秤を持っていたあの“少年”は、だれなのか。
(ミシェルは青年ってゆったけれども)
青年とも少年ともいえる、微妙な年ごろである。十代のなかばくらいに、ルナには思えた。
「もしかして、おまえが今朝見た、夢の話か?」
「うん」
ルナはカードから目を離さずに言った。アンジェリカとペリドットが、ルナの後ろで顔を見合わせていた。すでにみんな、夢の話は聞いていた。
「銀の天秤を持っていらしたのが、ラグ・ヴァーダの女王様」
サルビアが言った。
「ピーターという男が持っているのは、女王から授かった銀の天秤だ」
そのあたりは、すでにペリドットもアンジェリカも、確認済みだった。
「うん。それで、その――いわゆる――青銅の天秤を持っていた青年のほうが、ペリドット様に似てるの?」
アンジェリカが聞くと、ルナは「ミシェルは青年ってゆったんだよね?」と逆に聞きかえした。
「うん」
「あたしはね、青年ってゆうよりかは――そう、ピエトより、もうちょっと年上くらいの気がしたよ」
「ピエトより、すこし上くらい?」
しかし、ピエトほど目が大きく可愛らしい顔立ちではなく、凛々しいというのが、しっくりくる顔だちなのだった。おとなっぽい顔つきだと思う。しかも、そこに、野性味が加わった――。
ルナはなぜか、あの顔が、嫌いではなかった。懐かしい感じもした。だが、複雑な気分だった。
(へんなかんじ)
一度だけでも、恋人だったような気がする。だが、アズラエルにもセルゲイにも、グレンにも似ていない。髪型だけ言えば、いちばん似ているのはアズラエルだが、顔がまったく違う。顔立ちは、ペリドットのほうに似ている。
(んんん?)
「ペリドットさん、前世であたしとペリドットさんが、関わっていた時代はある?」
ルナは思い立って、聞いてみた。
「ペリドット様とルナなら、いくつかあるよ」
教えてくれたのはアンジェリカだった。
「今みたいな距離感の関係が多いけど、一度だけ、ペリドット様が父親だったときと、夫だったときがある」
「おっと!」
ルナは叫び、「その前世って、どこにある!?」と聞いた。
アンジェリカはルナのZOOカードでパズルを起動した。
「リハビリは――あ、これはかなりおだやかに済んだ一生だね。リハビリの必要はなかったんだ。アズラエルたちは生まれ変わっていないから。この時代はペリドット様がルナの夫で、あたしや姉さんもいっしょに生まれ変わっていた時代だ」
画面には、黒髪のルナと、長い黒髪を束ねたペリドットが並んで立っていた。ふたりとも、髪の色が違うだけで、今の面影を宿している。見知らぬ民族衣装を着ているので、原住民だろうか。ルナの腕には赤ん坊が抱かれていて、仲睦まじい夫婦の姿だった。
「たぶんこれはアストロスだね。比較的ちかい前世だ」
ルナは鼻先が触れるほど画面に顔を近づけたが、天秤を持っていた少年とは似ても似つかない。画面にいるのは、今のペリドットより多少ヒゲが多い、ただのイケメンである。ますます遠ざかった気がする。
「そもそも、こんなに毛深くなかった」
ルナは言い、「その毛深い男をおまえは選んだんだぞ」というペリドットの抗議の言葉が追いかけた。
「あの男の子、やっぱりペリドットさんじゃないや――いったい、だれだろう?」
アズラエル、グレン、セルゲイ、ペリドット以外の、ルナの前世で恋人か、夫になっていた相手――アンジェリカの話によると、エーリヒやアルベリッヒも、恋人や夫だったこともある。今世は生まれ変わっていない者もいる。膨大な前世の中から、ひとつひとつ捜すのは無理だ。
「……」
ルナが無言で固まってしまい、アンジェリカたちも声をかけあぐねていたところへ、クラウドとアズラエルがやってきた。
「なにか、ZOOカードに変化はあったかい」
ルナとアンジェリカは、あわててパズルをしまった。最近は落ち着いているが、ルナとほかの男の仲睦まじい夫婦像など見せたら、大暴れしかねないライオンが一頭いるのだ。
「ええ。ルナさんたちが来るすこしまえに、こんなものが現れました」
サルビアが、気をそらすことに成功した。彼女は、ムンドの端の、南側に位置する熱帯雨林を指さした。もともと、ルナの話が終わってから告げるつもりだったらしい。皆は、サルビアが指さす方向を凝視した。そこには、目を凝らさなければ見えないほどの、ちいさな逆三角形のガラスみたいなものが、二、三個現れて、回転していた。ペリドットだけが、キラリキラリと光を反射して回転するその物質を見て、言った。
「これは、“プリズム”と呼ばれるものだ」
「プリズム?」
クラウドの声。
「これが各地に現れはじめると、一週間以内に、“トリアングロ・デ・ムエルタ”がはじまる。合図みたいなものだ」
「ほんとかい?」
「トリアングロ・デ・ムエルタとは、なんです?」
サルビアの問いには、クラウドがこたえた。
「そのことも含めて、ちょっと総括しよう。周知できていないことがけっこうある」
皆から集めた情報をまとめて、整理するのがいつものクラウドの役割だ。
「トリアングロ・デ・ムエルタが一週間以内に始まるとすれば、カナコたち連合軍は、一週間以内にL43を出なきゃならなくなるってことだな」
アズラエルは言った。クラウドは「ああ」とうなずいた。
「そろそろ動きがある。今日から態勢を整えてよかったな。はやくカレンに知らせないと――ルナちゃん、ところで、L43のことは、どれくらい知ってる?」
「ぜんぜん」
学校の授業で、L系惑星群の星々のことは習うが、L4系のことは、専門家でもなければ、覚えている人間は少ないだろう。サルビアやアンジェリカも、くわしいというわけではない。
「じゃあ、この際だ。カンタンに説明するよ?」
「うん」
L43は、ラグバダの言葉で「インフェルヌス」という。
「DL」という、原住民の戦闘部隊が広く根を張っている星で、軍事惑星をはじめ、地球人の調査隊は限られた地域しか入ることができないので、星内のほとんどの地理や地形は不明。分かるのは、星外から調査できる範囲内だ。
星の質量は、地球の約半分。全体的に湿度、気温も高く、星のほとんどを熱帯雨林が覆っている。海は、南半球におおきな海域がひとつと、北半球と南半球をへだてる細長い形の海がひとつ。
「このムンドで表示されているのは、北半球のごく一部――DLには属していない、むかしからここに住んでいるラグバダ族の住む居住区だ。地球人の軍や調査隊は、ここから先へは進めない」
「う、うん」
ムンドに表示されているとおり、南にはふかい森が広がっていて、これがラグバダ居住区と、DLの支配地域をへだてているのだった。
「DLという組織はね、ヴィアンカがかつていた組織だ。来るものは拒まずだが、出ていくことは、簡単には許されない、かなり怖い組織なんだ」
「……」
ルナはウサギ口になった。
「L43は、星外調査部ナンバー43と、原住民情報部のラグバダ調査隊と、心理作戦部、L19のL4広域捜索部が合同で調査に当たっていた。DLは、原住民とみれば、無理やり仲間に引き込むか、仲間になるのでなければ、星の外に出て行けという理不尽な組織でね。だが、このラグバダ居住区だけは、DLに敵視されてもいないし、仲間だというわけでもない。彼らだけが目こぼしに預かっているのが不思議で――長年、調査対象だった」
「そうだ」
ペリドットもうなずいた。
「そのラグバダ居住区だけは、DLの支配を受けずに、さらには、DLの一部とならずに済んでいる」
「ペリドットも、その理由が分からないんだよな」
クラウドは、すでに聞いたことをもう一度聞いたが、ペリドットはめずらしく面倒くさがらなかった。
「ああ。L43のラグバダ族は、また独特だ。俺はラグ・ヴァーダの女王の末裔だが、俺が知っている話は、おまえらに話した、ラグ・ヴァーダの武神にまつわる話だけだ」
ペリドットは、「だが」と前置きした。
「DLが、アイツらを阻害せず、侵略もしない理由は分からんが、あの地のラグバダの民は、声をそろえてこういう。我らがここからいなくなれば、インフェルヌスが滅びるから、DLの奴らは追い出せないんだとな。それに、インフェルヌスのラグバダ族は、俺たちが“ラグ・ヴァーダの女王”と呼んでいる、サルーディーバ王妃と同じくらい古い、原始の一族だと主張している」
「ほんとうか?」
クラウドが飛びついた。
「それから、これは伝承ではなくて、地球人が調査したことなんだがな。そもそも、あそこのラグバダ族は、純粋なラグバダ族ではなく、地球人との混血か、あるいはラグバダ族と名乗った地球人だというんだ」
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