「ええっ!?」
「どういうことです」
アンジェリカとサルビアも飛びついた。ルナは、話も聞いていたが、ムンドの中のプリズムから目を離せないでいた。
(この、逆三角形、天秤に乗ってた三角形と似てる……)
銀の天秤と青銅の天秤が砕けて、それぞれ三角錐の形になり、黄金の天秤の皿に乗ったのだ。
(プリズム?)
「俺もその説には、うなずくところがある。なぜなら、俺がラグバダ居住区に行くと、たいていは王族ってことでかなり特別な待遇をされるんだが」
「ペリドット様は、それが嫌で、あまりラグバダ居住区には行かないんですよね」
アンジェリカの言葉に、ペリドットは軽くうなずいた。
「そこのラグバダ族だけは、俺を王族扱いしない。つまり、俺が王族だからって、伝承をペラペラ話さないってことでもあるんだが――自分たちも、ラグバダの古い王族というか、王族とは言わんが、古い一族という、誇りとプライドを持っていて、俺を対等な客人として出迎える。俺をラグ・ヴァーダの女王の正統な子孫と知っていて、だ。だから、あそこは特別なんだなと以前から思っていた」
ペリドットはつづけた。
「それに、インフェルヌスっていうのは、地球の言葉で、“地獄”を意味するらしい。しかも、インフェルヌスと呼ばれる前のL43の名称は、“テッラ”(地球)だ」
この場にいた全員が、目を見張った。
L系惑星群の星々の名称は、ラグバダ族がつけたものだが、地球の言葉と連動する名前はないといっていい。だが、L43だけが、旧称も、現在名も、地球の言葉と共通するものがある。
「俺は、宇宙工学も、自然科学も、民俗学も専門外だったけど」
クラウドは言った。
「そんな俺でも、不思議に思ったことがある――ペリドットやイシュマールの話を聞いていてさ」
「不思議?」
アンジェリカが問うた。ルナはまだ、プリズムを見ていた。だれも気が付かなかったが、ルナの頭の上には、ちいさな月を眺める子ウサギが乗っていた。
「L系惑星群の星々には――90個の惑星には、それぞれ、ラグバダ語の名前がつけられている。それは太古からあったもので、つまりは、ラグ・ヴァーダの女王の時代からあった名称なんだよな?」
「ああ」
ペリドットはうなずいた。
「当時の書物は、L03の王宮に残っているが、女王の時代から、星々をその名前で呼ぶことは行われていた」
つまり、L03をラグ・ヴァーダ、L85をエルト、L31をアルビレオ、L82をアーケン・デリヤなど、星々を名前で呼んでいた。ナンバリングしたのは、地球人だ。
「おかしいと思わないか。太古のラグバダ族が、ひとの住める星が、90個あるって分かっていて、それぞれに名前までつけているなんて」
皆は、顔を見合わせた――ルナ以外。
「90個の惑星が、ラグ・ヴァーダ星、つまりL03の夜空から見えているなら星座みたいに名をつけても、不思議はない。だが、ラグ・ヴァーダ星から見えない星もあるわけだ。なのに、“星の外に出るという概念がない”古代の民が、どうして、自分の住む惑星外に、ひとが住む星があると、知っていた? 夜空を見上げて、はてしない数の星があるなかで、ひとが住む星だけを限定して名前を付けるなんてことは、通常、不可能だろう?」
「――!?」
皆は、息をのんだ。ペリドットも、「それもそうだな」という顔をした。
「地球人が来てから、知ったんじゃねえのか?」
アズラエルの言葉は、ペリドットが否定した。
「いや。ラグバダ語の星名は、地球人が来るまえからつかっていた」
「おかしいと思うことは、まだある」
「神話なんぞ、違和感の塊じゃねえか」
アズラエルが突っ込んだが、アンジェリカに「黙れ」と言われて、だまった。クラウドは、めずらしくも応援を得て、つづけた。
「神話では、アストロスで、メルーヴァ姫一行が、地球人に連れられてラグ・ヴァーダ惑星群に移動するくだりでは、猛反対が起こっていた。それもそうだ。古代の民だ。宇宙船なんてものもはじめてだし、大地は丸いんじゃなく平たいと考えられていて、空の向こうは死の世界と考えられていた時代だぞ? まず、宇宙、惑星という概念がない。彼らに見えるものは、大地と海、山、それから夜になれば星が出て、昼間は青空っていうだけの価値観なんだ。そんな彼らに、地球人が、宇宙に出るということを――ほかの星に向かうということを、どう説明したか。古代の民が宇宙船に乗るという恐怖は、存分に描かれていた。当時の彼らにしたら、死ぬか生きるかのことだったんだ」
「そうだ……ほんとだ」
アンジェリカが、納得したようにうなずいた。
「アストロスの民は、あれだけ宇宙船に乗ることを怖がっているのに……そういう描写があるのに、ラグ・ヴァーダの武神も、民も、地球の宇宙船に乗って、アストロスに向かうことに対しては、なんの違和も感じていない……」
ラグ・ヴァーダの武神は至極あっさりと宇宙船に乗り、女王たちも、簡単に送り出すのである。そこには、宇宙船や、星外にいく恐怖というものが、みじんも書かれていない。いくらラグ・ヴァーダの武神が怖いものなしの最強の武神であり、ラグ・ヴァーダの女王たちが、武神を追い出そうとしていたのであっても、なにかがちがう。彼らが宇宙に向かうことを、「当然」の在り様として書かれているのだ。アストロスの民のように、「宇宙船」に違和感を持つ描写が、なにひとつ描かれていない。
「そう、そのとおり!」
熱がこもった、クラウドの同意。
「だから、これは、ずいぶんな仮説なんだが、」
彼は、もったいぶって告げた。
「勝手に“古代の民”なんて言い方はしているけど、ラグ・ヴァーダの女王の時代は、じつはすでに、かなり進んだ文明を持っていた時代なんじゃないか?」
クラウドの仮説は、さすがにその場の全員を仰天させた。
「ラグ・ヴァーダの女王の時代に、宇宙船があったっていうのか? 地球人が持ち込んだものじゃなしに? L03に宇宙船が?」
アズラエルが呆れ声でつぶやいた。
「クラウドさんの言うとおりかもしれません」
サルビアも、真剣にうなずいた。
「でなければ、ラグバダ星の外に出なければ見えない、90個の惑星に名をつけることなど、とうてい叶いませんわ」
「俺もそう思う。ラグ・ヴァーダの女王の時代には、すでに宇宙船はあった。90個の惑星間を、今みたいに、自由に行き来していたんだ」
さすがに、席は、沈黙で満たされた。だれもが口をつぐんだなかで、アンジェリカが口を開いた。
「話は、少し前にもどるけど――L43の名称が、むかしテッラで、インフェルヌスになったってことは、それって、“地球”が“地獄”になったってことなの?」
クラウドはうなずいた。
「その名称からも、もしかしたら、L43が、L系惑星群の文明の中心地だったってことかもしれない」
「なるほど……」
ペリドットが、感嘆を込めてあごを撫でた。クラウドがつづける。
「これも大胆な仮説だけど、文明の中心地であったテッラ(地球)が、トリアングロ・デ・ムエルタいまだに、仕組みは不明だが、巨大な獣が現れる星になり、人類が滅亡しかけたから、L03に移動したと考えるのは?」
「すなわち、過去の文明の星、テッラが、インフェルヌス――地獄の星になったというわけか」
ペリドットが唸った。
「だが、そんな生態系になっても、DLの連中はふつうに暮らしてるんだろ? ラグバダの連中も?」
アズラエルの疑問には、ペリドットが答えた。
「まァな。トリアングロ・デ・ムエルタの期間は、みな、“バラスの洞窟”にかくれるからな」
「――ばらしゅ?」
ルナが初めて反応した。後ろを振り返ったが、皆は話に夢中で、気づきもしなかった。
「ばらしゅ……バラス、ばらす……」
ルナはつぶやきながら、ふたたびムンドを見た。深い森のすきまに、洞窟みたいな穴が、ところどころ見える。
「どうくつって、これかな?」
「おそらくDLの連中もそうだろう。二ヶ月に一度、三日間だけ起こるトリアングロ・デ・ムエルタの期間は、バラスの洞窟にかくれねば、巨大化した獣たちに食い殺される」
「食い……」
アンジェリカとサルビアは身震いした。
「バラスの洞窟と呼ばれる、自然洞穴はあちこちにある。不思議なことに、バラスの洞窟に潜んでいれば、獣たちは人間を襲うことはない。だが、一歩でも出れば、終わりだ」
「それがさっきの話か? たまに洞窟に紛れ込んできた獲物をしとめて、食糧にするって」
「ああ。しかし、たった三日のことだからな。プリズムという予告もあることだし、食糧や水は常に洞窟に用意してある。洞窟に紛れ込む獣は、神のほどこしなんだ。民が飢えないようにってな。だから必ず、一撃で、苦しまないように仕留めなければならない。俺が仕留めたイノシシは、めずらしく二頭目だったんだ。俺がいた洞窟では、先に仕留めたイノシシがあったから、そのイノシシは丸ごと俺にくれたのさ」
サルビアはうなずいた。
「王族への捧げものですわね」
「そういうことになるのかもな――「むきゃー!!!!!!!!!!!!」
ペリドットの話が終わるまえに、ルナが叫んだ。
「どうしたのですルナ!!」
「どうしたの!?」
サルビアやアンジェリカ、クラウドがムンドに駆け寄ったが、ルナはあらぬ方を見ていた。
「……思い出した」
「え?」
「思い出したよ! 青銅の天秤持ってた男の子!!」
ルナはめずらしく、怒りではなく、興奮気味にびったんびったんした。
「落ち着け、ルナ」
ペリドットがうさ耳をひっつかんだ。ルナはたちどころに落ち着いた。
「いったい、だれだったんだ」
アズラエルが聞くと、ルナは叫んだ。うさ耳をつかまれたまま。
「バラス――バラスだよ!!」
自分が最初に口にした言葉ながら、はっと気づいたのは、ペリドットだった。ルナは騒いだ。
「あの男の子、ラグ・ヴァーダの武神だ!!」
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