「軍部は動けないさ――自分からはね。戦争を、どうしても回避したいはずだ」
カナコは言った。
L43のラグバダ居住区からすこし南にある、青蜥蜴アジトでは、L43に結集した傭兵グループのトップが集まって、軍議の真っ最中だった。
それにしても、だいぶ減ったと副長のラリマーは見ていた。
ピーク時には200を数えた傭兵グループも、いまは100を切った。だが、逆に100も残っているほうが驚きだった。いったんは結集したものの、去っていたグループは、軍部よりの傭兵たちに説得されたか、あるいは、なかなか動かない連合軍に業を煮やして、やる気がないと見て去った者たちだ。
ある時点で、カナコは決意した。青蜥蜴の意志に従う気がないものは、ただちにここから去れと勧告した。それで去ったのが20近く。それでも残ったグループが、今、ここにいる。
森で、「プリズム」が発見されたことを、地元のラグバダ族から聞いた青蜥蜴は、L43からの撤収を決めた。さすがに、この膨れ上がった人数を全員、バラスの洞窟におさめることはできないからだ。
なにもしないうちから撤収するのを嫌がった者もいたが、トリアングロ・デ・ムエルタのことを説明すると、彼らは一様にだまって、うなずいた。
そして、いったん全軍をL46に退かせることに決まった。
シュノドスの結果に意見ある傭兵グループに、L43への結集を呼び掛けて、ずいぶん経つ。すでに、L43は軍部側の傭兵グループが航路を固め、あらたに結集する者はいない。
軍と、軍部よりの傭兵たちが、我らをL46に移動するのを邪魔するのではないかという意見もあったが、カナコは不敵に笑って最初の言葉を口にした。
「軍部は動けない。やつらは、自分から戦争を起こすことはできない」
カナコは、もう一度くりかえした。
なぜならば、軍部はなんとしても、自分たち連合軍と戦争をする気はないからだ。なんとか和平締結に持ち込んで、解散させることを目的としているだろう。
「ヘスティアーマ」と「シュノドス」を終えたばかりであり、軍部と傭兵が協力していこうと声明を出したばかりのときに、すぐに軍を出して、傭兵を討伐にかかれば、「やはり軍部は傭兵と協力しようという気はないのだ」と、傭兵たちに思わせるだろう。
傭兵たちは、ひどく神経質に、軍部の様子をうかがっている。ここに結集した傭兵たちの大多数もそうだが、たとえ軍部と傭兵が協力し合ったところで、じっさいに軍部と直接交渉ができるのは、おおきな傭兵グループだけだと思う傭兵たちが多い。
そんな中、軍部があっさりカナコたちを討伐すればどうなるか。傭兵の軍部への敵意は増す一方だ。軍部は、それを避けたい。しばらく二の足を踏むだろう。軍事惑星群への航路は、さすがに閉ざされているかもしれないが、L4系の航路までは封鎖されていないとカナコは言った。
「軍部は動かない――だけど、逆に今、いちばん用心しなきゃならないのは、同じ傭兵グループだよ。しかも、経済力のある、おおきなところだ」
傭兵グループの幹部たちが色めき立った。
「すぐ軍部の要請にこたえて、宇宙船を用意できるとこなんかはね」
カナコの言葉に、皆の目がゆっくりと、白龍グループ「紅龍幇」の幹部だという男の顔を見た。疑いの目を向けられたが、さすがにチャンの兄、ジン・Z・レンフォイの鉄面皮は揺らがなかった。
「……この連合軍は、おまえの声明に共感する者ならば、だれも拒まないと聞いたが?」
こんなところで差別をされるとは思わなかったよ、とジンは目だけは笑わず、笑みをこぼした。
「白龍グループ内でも、軍部をぶっ壊せって過激派があったのは知ってる。それが紅龍幇だってこともね。でも、あんたじゃなかったろ」
カナコも、なんの感情も見せない目でジンを凝視した。
「ではなぜ、われわれを受け入れたのだ」
「おまえらが勝手に来た。あたしたちも、えり好みしてる余裕はなかったんでね」
カナコはゆっくりと立った。それが合図で、ラリマーを含む、カナコの部下二名が、ジンと、そば付きの男に銃を突きつけた。
「おまえらが、軍部のスパイだってことは承知してる」
ふたたび場が騒めき、矢のように鋭い視線が、ふたりに集中した。
「L43を包囲してる宇宙船をぜんぶ退かせろ。わたしたちの移動先が分からなくなる距離まで。そうだな――エリア25の向こうまで、すべての宇宙船を退かせるんだ。白龍グループだけじゃない。ザイールのナンバー9もいっしょに動いてんだろ。みんなそろって撤退させろ」
「……」
ジンは手をあげた姿勢のまま、なにも言わなかった。
「おまえら紅龍幇は人質だ。――ラリマー、すぐに、紅龍幇の人員をすべて拘束しろ」
「はい!」
ラリマーは、控えていた青蜥蜴のメンバーに命じた。
「ジンと言ったな。いまから白龍グループ本部に通信する。おまえらが人質だ。白龍グループが動いていようがいまいが、L43を一歩でも出たとたんに、傭兵と軍部の宇宙船を見つけたら、おまえら紅龍幇を全員宇宙船に乗せて、めのまえで爆破させてやる」
やはりジンは、顔色ひとつ変えなかった。
「L43を出て、通信が届く状態になったら、L18に待機している反乱軍に通達しろ。のろしをあげろってな。軍部や傭兵グループがそちらに気を取られているすきに、我々はL46で立て直し、迂回して軍事惑星へ向かう。いよいよ、L18を乗っ取るぞ!」
カナコの宣言に、傭兵グループのリーダーたちは、湧いた。ジンのこめかみがピクリと動いたのをカナコは見た。
そのはずだ。L18に待機させている反乱軍がいるなんてことは、初耳だっただろうから。
このことは、集まった傭兵グループのリーダーたちも知らない。青蜥蜴の幹部だけに周知されている事実だった。
「紅龍幇を尋問してる時間はない。すぐに手配しろ」
カナコは、顎をしゃくった。
『ホギャワギャモギャー!!!!!』
電話の向こうで、ルナのカオスも真っ青な絶叫をあげたのは、ミシェルだった。
『そう!!!!! そうだ!! アイツ、ラグ・ヴァーダの武神だ!!!!!』
「目と鼻の先なのに、おまえらは電話をつかうのか……」
ペリドットが微妙な顔で突っ込んだが、たしかに集会場と真砂名神社は目と鼻の先だった。クラウドの携帯電話を借りてミシェルに電話したルナは、ふたりで見た夢の中の男性が、ラグ・ヴァーダの武神だったことで、一致した。
『そうなんだよ! そうなの――バラス、そうだ。あいつ、バラスって名前だったんだ……』
ミシェルもまた、大興奮で叫んだ。
「やっぱり、ミシェルが夢の中で見たのも、ラグ・ヴァーダの武神だって」
ルナがみんなに向かって告げたあと、『なにか思い出したことがあったらまた電話する』とミシェルはすぐに電話を切った。ミシェル自身も、真砂名神社でなにやら忙しいようだ。ルナもそうだった。いきなり、ZOOカードが大きく動き出したからだ。
キイン――キーン――と石がこすれあうような音がして、プリズムが巨大化していく。そして、それらはあちこちに見えはじめた。プリズムは互いにぶつかり合いながら空中を移動するのだ。あちこちでぶつかっては巨大化していく。
「ぜんぶ、逆三角形だね」
ルナは言った。
「正確に言えば、逆三角錐ってやつだね」
クラウドが言いなおした。ルナはうさけつでクラウドを突き飛ばし、言った。
「この三角形、ゆめで、銀の天秤と青銅の天秤がくだけて、黄金の天秤のおさらに乗ったやつと、似てるの」
「プリズムが?」
アンジェリカが身を乗り出す。
ルナが今朝見た夢では、うさこが黄金の天秤を持っていて、銀の天秤と青銅の天秤が砕け散るのと同時に三角錐となり、ルナから見て左の皿には三角錐、右の皿には、逆三角錐が乗った。
「いったい、なんの意味があるんだろうな」
ペリドットが、不精髭をさすりながら首を傾げた――そのときだ。
キン――キィン! と大きなプリズムどうしがぶつかりあった。ルナはその中に、一瞬だけ、ひとの姿を見た。
「……ケヴィン?」
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