軍事惑星群L20のマッケラン家邸宅内ホテル。その大会議室では、先日、「ヘスティアーマ」に呼ばれたメンバーに加え、ロナウド家からはバラディアと軍幹部数名、アーズガルドからは、マヌエラと、L22の本部に待機しているモニクをのぞく秘書6名、マッケランの席には、ミラと幹部数名が控えていた。

傭兵の席には、ヤマトのアイゼンにタキ、ロビン。メフラー商社代理はマックとバーガス。アダム・ファミリーからは、アダム。ブラッディ・ベリーのアリシア、白龍グループからは、シュウホウとインシンのほか、紅龍幇の頭領、ジョン・B・レンフォイが控えていた。チャンの祖父の兄にあたる人物である。

ヘスティアーマにいたメンバーでここにいないのは、ザイールだけだった。

 

「遅くなりまして」

最後に入ってきたのは、エルドリウスだった。二名の部下を従えている。

「おお! 傭兵と軍部がそろって――なかなか、壮観だな」

エルドリウスは、席に座った。そして、カレンの隣に席を与えられているフライヤに向かって、ウィンクをしてみせた。フライヤはできないウィンクで返そうとして失敗し、エルドリウスをちいさく吹き出させることに成功した。

 

「エルドリウス、君のおかげで軍議が遅れたのはさいわいだった」

「どういうことで?」

バラディアの言葉に、エルドリウスは素直に驚いた。

「さっき、膠着していた状況が急に動いたのだよ。先に軍議をしていたら、予定変更――ふたたび招集をかけねばならんところだった」

バラディアは恰幅の好い腹を揺すって嘆息した。

「こちらが送り込んだ紅龍幇のジンが、スパイだと見破られた」

「さすがは青蜥蜴のカナコですな。キレ者と名高い」

エルドリウスの笑みには、あちらこちらから、嘆息がもれた。

「褒めている場合ではないぞ。L43周辺を固めている宇宙船をどかせと要求してきた。それができなければ、紅龍幇の連中を、宇宙船に乗せて爆破すると脅してきおった」

軍部の宇宙船こそはないが、白龍グループとヤマト、ブラッディ・ベリーにジャンク・ジャム、ナンバー9の宇宙船連隊が、L4系の航路を固めていた。

 

「脅しじゃァねえ。カナコはかならずやる」

バーガスは言った。その言葉に、軍部の重鎮たちは、「おそらくそうだろう」という意味のためいきを、ふたたびこぼした。エルドリウスの目の色が爛々と輝いたのを、フライヤは見逃がさなかった。それもそのはずだ――軍部と傭兵が合同で会議をするなどなかったことだし、傭兵の意見が、ふつうに許されているのも奇跡的なことだった。

(エルドリウスさんの、あんな嬉しそうな顔、初めて見た)

フライヤは思ったが、ほのぼのしてはいられない状況である。

 

「退かせるというのは、どこまで」

エルドリウスの問いには、オトゥールが答えた。上座には、バラディアとミラが着席していたが、この会議をけん引しているのはロナウド家だった。

「エリア25の外郭よりさらに離れるよう要求しました」

「つまりは、L6系方面に移動しろということだな。そうなると、こちらから見えなくなる範囲はL43、L45、L46、L47か」

エルドリウスは、即座に連合軍が移動しそうな星に検討をつけた。

「遠回りして、軍事惑星方面に向かうということでは?」

アーズガルド秘書長ヨンセンの意見には、オトゥールの秘書ヴィッレが首を振った。

「さすがに敵中に飛び込むような真似はすまい。青蜥蜴一基ならば、潜入することも可能だろうが、彼らは、思いのほか軍勢がふくれ上がってしまった」

「そうだな――少しずつ移動させるとしても、目立ちすぎる。この方法しかなかったのかも」

カレンは、ミラと目配せしつつ、言った。

 

「それにしてもなぜ急に、連合軍は、移動を決めたのでしょう?」

それは、根本的な問いだった。その手りゅう弾を投げ込んだのはエルドリウスで、みなが一斉に、そちらを見た。一瞬の沈黙が支配したということは、明確な理由をこたえられる者がだれもいなかったということだ。

「挙兵を決めて、一気に戦争になだれ込むと思いきや、彼らは停滞を保ったままだ」

「スパイで入った、ウチの連中からの情報によるとだな」

紅龍幇の頭領、ジョンが重々しい声で言った。

「奴らはでかくなりすぎたんだ。それで、逆に身動きが取れなくなってる。L43はDLの本拠地だから、青蜥蜴のアジトも、北側の大陸の、密林に囲まれたラグバダ居住区にある。その土地はせまい。とてもではないが連合軍を押し込めておける場所じゃァない。密林の深くまで踏み込まなきゃならなくて、DLと緊張状態になったり、入っちゃいけねえ洞窟に入ったりして、ラグバダの住民とも関係が悪くなってるそうだ」

「それでついに、場所を移動しなきゃならなくなったってことか?」

アダムが聞いた。ジョンはうなずく。

「集まった連中も、半分は本気じゃねえ。青蜥蜴の挙兵にのっかって、軍部からすこしでも傭兵の待遇にいい条件を引き出そうとしてるだけだ」

 

「ならば」

ヴィッレは、告げた。

「内部から瓦解させる手もある。隠密の得意な傭兵グループを忍び込ませて、」

「流言飛語ってやつかね」

アイゼンがニタリと笑った。

「ウチの得意分野だな」

「ウチがそれをやってる最中に、こんな状況になったんだ」

ジンたちは、それを十分に成し遂げた。連合軍の半数近くを撤退させることに成功した。紅龍幇のジョンが、ヒゲだらけの気難しそうな顔に不満を目いっぱい浮かべて、アイゼンをにらんだ。

 

「ふむ」

エルドリウスは、まだ納得しかねる顔つきをしていた。

「移動するなら、もっとはやくにしたほうがよかっただろう。集結する傭兵グループによって、L43近辺の宇宙航路の状態は分かっただろうし、あのキレ者のカナコが、移動するべき時をまちがえるとは思えん。騒動が起こった時点で移動するのがふつうだろう。だが、カナコは、L43に居座り続けていた。――なぜだ? なぜいきなり、移動を決めた?」

「すぐにも移動しなきゃならない、なにかが起こったからじゃないのかな」

アダムはエルドリウスに言い、

「内輪もめが、もう収拾つかないところまできたとか」

インシンが言ったが、エルドリウスは首を振った。

「なにか匂う」

彼は眉をしかめ、

「L43のくわしい情報は、あるのですか」

とふたたび問うた。

ともかく、軍部側は、こちらから戦闘を仕掛ける気はないし、L55から討伐指令が出たとしても、ギリギリまで粘るつもりだった。いざ戦闘になるとしたら、青蜥蜴率いる連合軍がL43を出て、軍事惑星群まで向かわなければ戦闘にはならない。しかも、宇宙戦でおそらく勝負がつくだろうという、圧倒的な力の差だった。

したがって、L43の情報をもとめる状況までには、達していなかった。

 

「L18のデータによると」

心理作戦部隊長のアイリーンが説明した。

「L43は、大規模原住民組織DLが支配する惑星ゆえに、不明瞭な点が多い。しかし、L43全域で、生態系に異常が現れる時期が、二ヶ月に一度あるのだとか。トリアングロ・デ・ムエルタと呼ばれる状態だそうです。数日間で終わりますが、獣たちが巨大化して、人間を襲いはじめるとか」

「ほう」

「それは、初耳だ」

軍議にいた人間のほとんどすべてが初耳だった。フライヤでさえもだ。

 

「しかし、急に移動する理由が、そのトリアングロ・デ・ムエルタのせいとは、考えにくいな」

対策があるから、彼らはL43に拠点を置いたのだろう。バラディアはそう言った。エルドリウスや皆も、同じ意見だった。

「トリアングロ・デ・ムエルタの時期は、バラスの洞窟って場所にかくれるそうだ」

アダムは言った。

「アダム、君はトリアングロ・デ・ムエルタの正体を?」

バラディアが意見を求めたが、アダムは首を振った。

「メフラー商社系列で、L43にアジトを持っているのは青蜥蜴だけだ――いや、全傭兵グループの中で、青蜥蜴だけと言っていい。だから、L43に降りねばならないときは、どこの傭兵グループも、青蜥蜴に相談する。俺も、それ以上のことは知らない」

それは事実だった。もともとL43は、地球人の干渉を、よしとはしていない。DLの支配地域であるからということもあるが、北のラグバダ族も、とくにDLの攻撃にさらされているとか、地球人に助けを求めるような事態は起こっていない。

だが、L43の調査のために、ちいさくてもいいから拠点は必要だった。そのため、定期的にL18の軍がラグバダ居住区へ降りていたが、それとはべつに、傭兵もL43の情報を必要としていた。その危険な任務を引き受けたのが、青蜥蜴である。青蜥蜴は長年にわたる交渉のすえ、ラグバダ族の首長たちと懇意になったが、まだなにもかもが途上であった。

 

「巨大化した連合軍を、すべて洞窟に避難させることはできない――ということですか」

オトゥールの言葉も納得できるものがあった。

「だったら、利用できますな」

ジョンが提案した。

 

トリアングロ・デ・ムエルタを最大限利用し、青蜥蜴ひきいる連合軍を、最大まで瓦解させる。

まずはフライヤ率いる小隊が、ラグバダ居住区に電波が行きわたるよう中継地をつくる。そして、アンのコンサートが聞けるように手配する。トリアングロ・デ・ムエルタの期間は正確に、三日間。それが過ぎたら、アダムがL43に降り、カナコの説得に入る。

アダムとマックが、ザイールのナンバー9に合流し、L43入りすることになる。

まずは、瓦解作戦からだ。

 

「交渉には、エッダを向かわせましょう」

「それがいい」

ヴィッレの意見に、紅龍幇のジョンはうなずいたし、だれからの反対もなかった。

暗黙の了解で、傭兵側の代表権を持つロビンも、否定しなかった。

ザイールは完全に拒絶されているし、むかしから軍部と親しかった傭兵グループへの抵抗意識は、ひどく強い。その点で言えば、エッダはおなじメフラー商社系列だということもあり、しかも、軍部とはつかず離れずのクールな関係を保っている。オトゥールの秘書となったヴィッレはすでにグループを抜け、二代目がボスとなっていた。

 

「では、最初に決めた通りに」

バラディアは言った。

L19の軍と、ヤマトはこの地を拠点とする。ピーター率いるL22の軍はいったん星へもどり、そのままエリアL18へ発つ。アダムの説得が、失敗したときの最終手段のためだ。

フライヤの軍は、傭兵グループ「エッダ」ともども、ピーターの軍より先にエリアL18へ向かい、作戦を決行する。残りの部隊は、待機。

「では諸君、よろしくたのむ」



 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*