ルナは、気難しい顔で、一枚のZOOカードをにらんでいた――呼び出した、「復讐に燃えるコモドオオトカゲ」のカードを。

ムンドで動いているペルチェ(ぬいぐるみ)は燃えてはいないが、やはりカードは、カナコの激しい憎しみを表すように、ますます燃え盛っている。

「お水をかけてみようか、うさこ!?」

ルナはとうとつに、思いついたことを口にした。そのすぐあとに、「ぴぎっ!」というルナの悲鳴が聞こえたということは、月を眺める子ウサギに、またステッキでつつかれでもしたのだろう。

「なにをバカなことを言っているの」と。

「でもね、あたし、このカナコさんってゆうひと、イマリと似た感じがするの」

ルナのつぶやきはひとりごとではない。たしかに、月を眺める子ウサギと話しているのだ。

「イマリに似てる? どういうこと?」

ルナと月を眺める子ウサギの会話に割って入ったのは、クラウドだ。ルナは眉をへの字にして、クラウドに向きなおった。

「性格とか、そうゆうのが似てるってゆうんじゃないよ? そうじゃなくて、イマリもそうだったけど、カナコさんもそうなの。憎しみと怒りばかりで正しい判断ができてない。冷静じゃないの。だから、どんどん泥沼にはまっていくの。このままじゃ、なにもかも失っちゃうわ」

最後のセリフのあたりは、月を眺める子ウサギの口調になっていた。みながそう思っていると、十五センチサイズの月を眺める子ウサギが、ルナのエプロンのポケットから、ぴょこん! と飛び出してきた。

『まったく、せわしないうさ耳だわ』

月を眺める子ウサギはあきれ声で言い、ルナの脇腹にズビシ! と頭突きをした。動作がルナそっくりである。ルナは「ぺげっ!!」と悲鳴をあげた。

『いいからおとなしく見てなさい。エーリヒからの連絡を待ちなさいな』

「エーリヒ!?」

月を眺める子ウサギは、そういって、ムンドの中へ消えていった。

 

そのときだ。

けたたましいベルの音が鳴り響いたのは。

 

ルナのうさ耳がぴょーん! と跳ねあがって、アンジェリカもサルビアも目をまん丸くして「びっくりした!」と叫んだし、ピエロが「ギャー!!」と泣き出した。

「わ、悪い! 目覚まし代わりに、音量をでかくしすぎてた」

犯人はクラウドのノートパソコンの音だった。あわてて音量を下げたところで、なぜ鳴ったのか、気づいた。

電話だ。すぐにパソコンを開くと、そこには、懐かしい顔があった。

 

『やあ、クラウド』

 

「ルナちゃん! ちょっとこっち来て」

クラウドが、ルナを呼んだ。ピエロをアズラエルに預け、ぺたぺたと走り、クラウドの後ろから、パソコンをのぞき込んだ。

「あっ!!」

ルナは叫んで、画面に飛びついた。

「エーリヒ! エーリヒだ!! 久しぶり!!!」

「エーリヒだって?」

 

月を眺める子ウサギが、「エーリヒからの連絡を待ちなさい」と言った矢先である。

クラウドは、自前のパソコンを、みんなが座っている方へ持ってきた。

『やあ。ご無沙汰』

画面の中のエーリヒは、軍帽こそ被っていなかったものの、軍服姿――真っ白だった。L22の将校用の軍服だ。

「似合わないな。エーリヒ・F・ゲルハルト大尉」

クラウドがからかうと、エーリヒは肩をすくめた。

『L22じゃ、心理作戦部隊長の階級は大尉らしい。特進だ。悪くはない。まあ、まだ心理作戦部は始動していないがね――いずれ、黒の軍服が支給されるだろう。ところで、』

エーリヒは、目をキラキラさせてこちらを見ているルナを見て、無表情で「ぐふっ」とうめいた。笑いかけたのだ。表情筋はあいかわらず動かなかったが。

『君は、変わらんなあ』

エーリヒのネクタイには、黒いタカのネクタイピンがきらめいていた。

「エーリヒは、軍人さんぽいよ!」

『軍人だからね』

エーリヒは、軍帽を頭に乗せた。

『思い出話をしたいところだが、それよりもっと、興味深い話がある。聞くかね?』

「もったいぶるなよ。そのために連絡してきたんだろう」

クラウドも苦笑した。

 

『じつは、わたしはいま、カーダマーヴァ村にいる』

「なんだって?」

エーリヒが一歩引くと、背景が見えた。イシュメルの像が見下ろす、おおきな門構えが。

「ほんとだ! カーダマーヴァ村だ……!」

アンジェリカが叫んで、サルビアと顔を見合わせた。

『わたしは、ここにくるまえ、L36の首都ママロンに飛んだ。カーダマーヴァ村と姉妹提携を結んでいる都市だ。あそこも、ここと同じく“倉庫”で、主にL系列の星の最先端から、もっとも古いデータを保管している星だよ。だが、あそこに、わたしがもとめる資料はなかったから、致し方なくここへ来た。それで、ミヒャエル嬢にお願いして、カーダマーヴァ村の長老とコンタクトを取ってもらった』

「君、いつのまに……」

クラウドはあきれ声で言った。

『むろんわたしは村へは入れないが、わたしの求めた情報は、たしかにあったよ。想像を超えるものがね――』

エーリヒは、無表情ながらも、多少興奮しているようだった。

 

『君たちから聞いたラグ・ヴァーダの神話の、“前の話”だ』

 



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