「エーリヒ、君の話が終わったら、今度は俺たちから、興味深い話を聞かせてやるよ。軍事惑星群の三千年の繁栄が、いま終わりそうだという話をさ」

 「うん! たいへんなの!!」

 クラウドの言葉と、まったく大変そうには聞こえないルナの絶叫に、エーリヒは一度目をしばたかせ、

 『……君たちはほんとうに、退屈しとらんのだな』

 「おかげさまで。それで、青銅の天秤の話は?」

 アンジェリカが、クラウドの後ろから乗り出して聞いた。

 『ああ、そちらの話。そちらもまた、奇異でね――これもまた、ジュリがかかわっているのだよ』

 「ほんと?」

 『ほんとに。今回君たちは、ジュリに盛大な感謝をしたまえ。ああ、エレナ嬢にもね』

 「エレナだって?」

 

 銀の天秤より、時間的にはすこし前の話になる。

 エーリヒは、アストロスで別れたあと、ジュリとともに、まずはL52へ向かった。クラウドに話したとおり、エレナとルーイに会いに行ったのだ。

 ルナからのメールで、ジュリがエーリヒという夫を得たことは知っていた二人だが、まさか軍人だとは思わず――ジュリの変貌ぶりにもずいぶん驚いて――すなわち、ふたりの来訪は大歓迎された。

 エレナとルーイ、ふたりの息子セグエル、ルーイの父セバスチアンと母エレナのもてなしを受け、ふたりは一週間近く、滞在した。

 あがる話題はもっぱら、地球行き宇宙船での思い出話だったが――。

 

 『なんの話からつながったのだったかな。そう――エレナと、ジュリの担当役員であるマックス氏の話から、ルーイ君と、グレンの母親の話を聞いてね』

 「ああ、ふたりの母親も、エレナとジュリだっていう話」

 なつかしい話だ。

 『それで、まあ、エレナもたいそう酔っ払っていたし――いきなり、バーベキュー・パーティーの話に飛んで。ケヴィンとアルフレッドという双子の少年の話をしだした』

 「ケヴィン?」

 ルナのうさ耳がぴょん、と立った。さっきプリズムの表面に、ケヴィンの顔を見たばかりだ。

 『わたしは知らんが。そんな子はいたっけ』

 「エーリヒ、君が乗船するまえに、ふたりは降りたんだ」

 クラウドの説明に、エーリヒは『そうか』とだけ言った。

 『エレナは遊郭時代に、ケヴィンとアルフレッドという双子の兄弟に会ったことがあると言った――バーベキュー・パーティーでも、同じ名の双子に会った。そこまでは、なんのことはない、同じ名前の兄弟がいたよ、というだけの話だったんだが』

 「うん」

 『そこからが、今回の話のキモになる――エレナが遊郭で会った兄弟のほうが、L43のラグバダ族だというのだよ』

 

 「「「「「え!?」」」」」

 ルナたちは絶叫した。

 

ペリドットだけは、「ああ、たしかに首長の二人はそういう名だ」と言ったので、「なんでそれを先に言わないんだよ!!」とクラウドに食って掛かられた。

 そんなことを言われても、ペリドットも、ルナの友人であるケヴィンとアルフレッドのことは知らない。

 「あそこのラグバダ族は、双子の兄弟が生まれると、首長となる。世襲制ではない。そしてかならず、双子の兄弟の名は、ケヴィンとアルフレッドという名になる」

 「マジか」

 「ラ、ラグバダ族で、ケヴィンとアルフレッドって、あまりない名前だよね……?」

 ルナもおそるおそる、聞いた。それには、アンジェリカとサルビアが、猛然と首を縦に振った。

 「ラグバダ族にある名ではありませんわ!」

 「やっぱり、彼らは地球人なの――!?」

 「貴重な情報だったか?」

 ペリドットが片眉をあげて聞くと、クラウドは肩をすくめた。

 「貴重も貴重さ。もう、なにがたいせつか、俺も分からなくなるくらいには貴重だ」

 エーリヒの咳払いが聞こえた。

 『これも、じつに奇異な話だ。だから、エレナも、そしてジュリも覚えていたのだ。まとめて話そう』

 

 エレナもジュリもまだ、十代半ばのころである。歓楽星に売り飛ばされて数年。まだ客は取っておらず、花魁とよばれる、満格楼でいちばん上位の娼婦のつきびと――かむろをさせられていたころだった。

 L44は、ラグバダ名「ズッカ」。

同じ名の、巨大な大陸がひとつ、あとは点在する島々のみという星である。大陸の中央が大都市、セレナーデと呼ばれる首都で、高い城壁に囲まれた、すこし高度の高い位置にある。宇宙港があり、高級娼館、カジノや劇場などが立ちならぶ光かがやく歓楽街だ。その周辺を囲むようにして、一般向けの歓楽街がひしめき、外へ行けば行くほど、下級の娼館となり、治安も衛生状態も悪いという具合であった。

 エレナたちが売られた満格楼はちょうど真ん中あたりの区画にある。中級娼婦がほとんどで、一見さんお断りといった敷居の高さはない、だれでも気軽に入ることのできる「よしわら通り」だ。

 L44では、首都の高級娼館にいる女たちを「高級娼婦」とよび、それ以外の街にいる娼婦は「中級」か「下級」であった。そして、三段階に分かれた階級のなかにも、さらに格差はあった。

 満格楼では、いちばん売れっ子の妓女10名を「花魁」(おいらん)として、トップに君臨させていた。入ってきたばかりの子どもらは、花魁に着いて、行儀や作法を学ぶのがふつうだった。エレナたちも、文字は教えてもらえずとも、客を取るにはある程度の行儀を身につけておかねばならない。

 エレナとジュリも例に漏れず、花魁のひとりを「姉さん」と呼び、彼女の身の回りの世話をしたり、満格楼の掃除や雑用をして暮らしていた。宴会にもなると、着飾って座を埋めるくらいのことはあった。

 エレナは美しかったので、よくそんな座に呼ばれた。だが、その日は、ジュリも呼ばれていた。落ち着きがなく、しかもあまり美しい容姿ではないジュリまでもが呼ばれるのは、珍しかった。

 

 『ジュリはその言葉に怒ったのだがね、ジュリがはじめて参加を許された宴席であったことは間違いない』

 エーリヒはつづけた。

 

 客であるという男を、エレナは最初、「軍人」だと思った。ずいぶん大柄だったし、おおきな銃を入り口で預けた。服装もまるで、軍人のようだったと。

 彼らは宴席だというのに、花魁たちの歌にも踊りにも興味を示さず、酒も飲まない。あんなに盛り上がらない宴席は、はじめてだった。彼らは、ただ、あつめた妓女とかむろひとりひとりに、少女の写真を見せて、「この女を見たことはないか」と聞いたのだ。

 彼らが捜しているのはうつくしい少女だった。

 男ふたりは、高い金を出して、花魁をふたりも呼びつけておきながら、彼女らと床をともにすることもなく帰っていった。

 エレナがあとから花魁の姉さんに聞かされた話では、彼らはケヴィンとアルフレッドという双子の兄弟で、「DL」という組織にさらわれて、売られた妹を捜していたのだという。

 エレナにはほとんどわからなかったが、彼らは軍人ではなく、L43のラグバダ族。隣の星でありながら、そこのラグバダ族が娼館に来るというのは、とても珍しいことなのだと、その姉さんは、苦笑交じりに教えてくれた。

 花魁にもなる妓女は、総じて教養が高かった。高級娼婦に勝るとも劣らぬくらい。

 だから、彼らが何者なのか、知っていたのかもしれない。

 

 『けっきょく、妹さんが見つかったかどうかは定かではないが、彼らは、それからも何度か、妹のゆくえを捜して、満格楼に来た』

 妓女たちや女将にも尋ねたし、エレナも一度だけ、菓子をもらって、所在を聞かれたことがあった。兄だという、ケヴィンのほうに。

 『クラウド、それからペリドット、君たちは分かると思うが、基本的に、L43のラグバダ族は、滅多に星の外へ出ない』

 「ああ、俺も驚いている」

 ペリドットは素直におどろきを表現した。

 「ケヴィンとアルフレッドが、星の外へ出ただと? 首長がみずから――妹が拉致されたなどという話も聞いていない。何年前の話だ?」

 『ジュリが今、28歳だから、彼女が15歳ころの話だとしても、13年まえか』

 「13年前――あいつらも、二十代半ばだな。首長を継いだばかりかもしれん」

 『二十代半ば。わたしが調査した、彼らの外見から推定する年齢と合致する。いまの首長とみて間違いないな』

 現在、彼らは三十代後半である。

 『L43と聞いたら、だまっていられなくなってね。あそこはあまりに排他的で、情報がつかみにくい。首長がほかの星に姿を現した、というのも、天文学的確率だ。それでわたしは、L44に行くことにした』

 「はあ!?」

 集会場にいたみんながそろって声をあげ――ふたたびピエロが「ギャー!」と泣いた。話は中断したが、ピエロが泣き止みはじめると、エーリヒは続きを話しだした。

 



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