「――なんだって?」
寝耳に水だった。
「みんな、L46に向かっていない?」
総軍、撤退をはじめて、数時間たったころだ。カナコは、もたらされた報告に、思わず天幕の外へ出て、空を仰いだ。どこまでも青い空と白い雲が見える以外は、なにも見えない。プリズムさえ。宇宙の様子など伺えない。
「どういうことだ」
カナコは、やっとのことで聞いた。
いきなり、DLの電波妨害が止んだのだ。オトゥールの演説は、DLも聞いていたから、そちらから電波をひろえたのだが、ふだんはDLの通信妨害があって、ラグバダ居住区付近は、外部との通信はいっさいできなくなっていたはずだった。それなのに、いきなり軍事惑星のニュースがテレビに映ったので、逆に警戒していたところだった。
フライヤの指揮する軍事宇宙船がL43の間近く、中継地点となって、DLの電波妨害を打ち消し、ラグバダ居住区に電波を行きわたらせていたことは、まだ知らないカナコである。
「こちらの指示通り、一度はL46方面に向かうのですが、ある程度のところへ来ると、いきなり機体を反転させて、エリアL25のほうへ向かうそうです!」
「……!?」
「それが、今出た宇宙船は、一基残らず……!」
いきなり通じはじめた通信機器をつかって、宇宙でほかの傭兵グループを見張っている青蜥蜴の宇宙船から報告を受けた。わかい傭兵の声は震えていた。
エリアL25は、L43を監視していた傭兵グループの宇宙船を退かせた方向だ。いやに素直に引き下がったと思ったら。
「特殊な通信を傍受しました!」
新たな報告が入った。大気圏外に、おそらくエッダのものと思われる宇宙船が待機している。青蜥蜴の監視船からは見えない位置に――そこから発せられる通信だ。
『いますぐ投降すれば、危害は加えない。投降するグループは、エリアL25方面へむかえ。すでにL43、L45、L46、L47は我々の手で押さえられている。くりかえす。投降せよ。投降する者は、エリアL25へむかえ。トリアングロ・デ・ムエルタの時期が来ることは知っている。“逃げ場”はないはずだ』
「……!」
L43内部にもどることはできない。それを、出発した傭兵グループも、相手側も知っている。それで、L46に集結するはずだった味方は、エリア25のほうへ追いやられているのか。
カナコは、悔しげに唇をかんだ。
(どうして、いま、トリアングロ・デ・ムエルタが起こることを突き止めた……!?)
軍部も、トリアングロ・デ・ムエルタのことくらいは知っている。だが、それは二ヶ月に一度で、今日は、まえのトリアングロ・デ・ムエルタから、ひとつきしか経っていないのだ。
(くそっ……)
やはり、裏切り者がいたか。
だが、トリアングロ・デ・ムエルタのことを皆に告げてから、すぐに紅龍幇のスパイたちは拘束した。彼らが知らせたのではないとすれば、ほかにもスパイがいたのか。
「大変です! 北海上で、DLと傭兵グループが混戦中です!」
「すでに三基、沈められました!」
「……!!」
さすがに、ラリマーの顔に動揺があらわれた。
一難去って、また一難。
陸地に置けない宇宙船を、ここから真北の海上にならべておいた。あそこはラグバダ居住区にはいるために、DLの干渉はなかったはずなのに。
しかしカナコは、冷静さを失わなかった。
「ラリマー! 北海を見て来い! とにかく逃がせるだけ逃がせ。紅龍幇幹部と青蜥蜴の少数だけのこして、あとは退避させろ! L46が無理なら、L44へ行け!」
「はい!」
わかい幹部が、悲鳴のような声を上げた。
「でもあそこは歓楽星です! 大陸がひとつしかない」
「だったら投降しろ!」
カナコの怒声に、若い幹部は口をつぐんだ。
「とにかく、L43からは出るんだ。トリアングロ・デ・ムエルタに見舞われて、避難できなければ、確実に死ぬ」
「カナコさんは、どうするんですか」
彼女はすっかり泣いていた。
「あたしは慣れてる。バラスの洞窟に入る“権限”も持ってる。だが、全員は無理だ。DLの本拠地でも乗っ取らないかぎりはな――早く行け!!」
追い立てられるようにして、若い幹部は走った。
(挙兵は失敗か)
カナコは、膝からくずれ落ちそうになるのを、必死でこらえた。青蜥蜴は笑いものだろう。軍部と一戦も交えることなく、連合軍は瓦解した。それがよりにもよって。
(トリアングロ・デ・ムエルタのせいだなんて)
軍事惑星など関係もなく、L43の生態系に負けたのである。
先のトリアングロ・デ・ムエルタは、一ヶ月前だった。二ヶ月に一度と聞いていたそれが、こんなにも早く、二度目がやってくるなんて。
カナコは傭兵グループの中で、いちばんL43を知っていた――いや、知っている気がしていただけだ。侮りがあったことは否めない。それが今度の結果を招いた。
(トリアングロ・デ・ムエルタは、本当に来る? ひとつき先じゃないのか)
だが、たしかに近隣の森で「プリズム」は発見された。あれが出ると、一週間以内にトリアングロ・デ・ムエルタが起こる。それはカナコも、身を持って体験している――三度も。その一度は、子犬サイズのクマの集団に、食われそうになったこともあるのだ。現地のラグバダ族に助けられなければ、カナコはいま、ここにいない。
戦闘にならず投降することになったが、若い幹部たちは罪に問われないだろう。だが、カナコとラリマーは別だ。
(あたしは、投降する気はない)
軍部と傭兵が手を取り合っていく世の中なんて、まっぴらごめんだ。
カナコはぎらついた目で宙をにらみ、汗をぬぐった。
トリアングロ・デ・ムエルタが終わったら、一番いけ好かないブラッディ・ベリーのババアのケツにでも、宇宙船ごと突撃してやる。
「俺たちを獣の巣に置き去りにするのか、姉ちゃん」
「いいから黙れ!」
ジンはひっきりなしに、自分たちに銃を突き付けている青蜥蜴のメンバーに話しかけていた。酷薄そうな男の口から出る下ネタは笑いどころしかなくて、青蜥蜴の幹部以外は、たまに吹きだすありさまだった。
「薄情だなァ。見逃してくれ。おなじ傭兵じゃねえか」
「黙れといったら、だまれ!!」
「同じようなことばかり言いやがって。青蜥蜴の女はみんなカナコと同じパンツ履いてんのか?」
ジンについてきた側近の一人が、ぶおっと吹いた。
「意外とうるさい男だね、え?」
カナコがずかずかやってきて、ライフルの銃床でジンを思いきり殴った。「ジン様!!」縛られたままの男は、口と鼻から血をあふれさせて、あっけなくひっくり返った。
「ジンと側近二人――幹部か。そいつらのこして、あとは逃げな」
「カナコさん!!」
「おまえらも逃げろ、はやく」
「おい、カナコ」
一度は解放されたものの、ふたたび拘束されていたラック&ピニオン兄弟は、ロープをほどかれると同時に、カナコに駆け寄った。
「おまえも降伏しろ! 俺たちが、悪いようにはしねえから」
「そうだ。おまえもラリマーも、重罪にはならねえよ」
ラックは、ふと思いついて、ジンに叫んだ。
「おまえの弟、傭兵専門の弁護士だったろ!!」
「俺をライフルで殴ったやつの弁護を、弟にさせろってのか」
ジンのロープはほどかれていない。彼は口から血を吐き捨てて立ち上がった。うすら笑いを浮かべた顔は、殴られる前と変わっていない。
「カナコ、てめえは監獄星行きにしてやる。ハハハっ!!」
「てめえ……っ!!」
今度はピニオンが殴りかかったところで、すさまじい銃撃の音とともに、小屋の壁面がハチの巣になった。
ラックがカナコをかばって倒れ、ジンが思い切りピニオンを蹴飛ばして、仰向けに倒れた。幹部二人もとっさに這いつくばったので無事だったが、壁に背を向けていた青蜥蜴メンバー四人は、全員撃たれて絶命した。ジンは、真ん前にいた青蜥蜴の幹部のおかげで、助かったのだ。でなければ、倒れるのが少し遅れた彼は、撃たれていたところだった。
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