「カナコ……っ」

 全身血まみれのラリマーが、木くずになった扉を押しのけて、現れた。

 「DLが……」

 そう言って、倒れ込んだ。カナコは、「ラリマー!」と叫んだが、近寄ることはできなかった。ラックが全身で止めた。ジンの側近だと思われていたふたりのうち、男の傭兵――ソルテが、さっと身をひるがえして扉の向こうを伺い、机の影にかくれた。そのあいだに、女傭兵――マヌエラが、ジンの手首に巻かれたロープをほどいた。

 

 「おい、武器は」

 ジンの台詞に、ピニオンが、短銃を投げてよこした。彼は、死んだ青蜥蜴の幹部が手にしていた銃とライフルを、かきあつめていた。ジンは短銃に残った弾の数を数え、

 「いちかばちかだ。裏口から退くぞ――なんだ?」

 部屋の端にいたソルテが、手信号で、「すこし待て」と合図している。やがて彼は、口に出して、外で起こっている様子を説明した。

 「フードの男が――ラグバダ族か? あいつが森の中から出てきたら、急にDLの奴らが退いていった――あ、こっち来るぞ」

 

 ソルテが外見を説明した男が、破壊されたドアの前に姿を現した。ラグバダ族には珍しい、背の高い大柄な男だった。この暑い土地で、膝まですっぽり覆うフード付きのマントを身に着け、フードを深くかぶっているので、顔は見えにくい。不思議なことに、マントの下に着ている衣装は軍服にも似ている。おまけに、最新式のライフルを携えていた。銃床を手に、銃身を肩にもたせかけて。

 

 「おまえさっき、ラグバダ族って言ったか?」

 ジンがソルテに言ったが、カナコが彼の身元を知っていた。

 「ラグバダ族だ――この居住区の、長だ」

 カナコ以外の誰もが戸惑うほどに、彼は見知ったラグバダ族の姿とはかけ離れていた。

 だれもが一瞬、軍人かと思ったくらいだった。

 彼はラリマーや、小屋の中に倒れている遺体に向かってしゃがみこみ、両手の指三本を額に当て、三度礼をした。それは、傭兵たちも何度か見たことがある。死者を送る、ラグバダ族の礼だ。

 

 「ラ、ラリマー……」

 カナコはクールな顔を絶望にゆがめ、這うようにして、結成当時から一緒だった右腕の死を悼んだ。手をにぎり、そして彼女のまぶたを閉じてやってから、髪を撫で――気丈な顔で立った。

 「ケヴィン、」

 カナコは、男に向かって礼をした――ラグバダ族の儀礼に伴ったものを。

 「また、あんたに救われた」

 「おまえの心火が、この結末を呼び寄せたのだ」

 男は――ケヴィンという、まるでラグバダ族にふさわしくない名の男は、つめたく言った。

 「いますぐここを去れ。星の外へ出て行け。おまえはもう、ここへ来ることは許さない」

 ケヴィンはすぐさま立ち、カナコを拒絶した。それに、カナコが、おかしなほどうろたえるのを、だれもが見た。

 「ま、待ってくれ――あたしは、あたしは、出て行けない。この星を出てどこに行ったらいいっていうの」

 カナコは息をのみ、声を引きつらせた。

 「あたしにはもう、行くとこなんて、」

 「それは、我らの知るところではない」

 カナコは、絶句していた。

 「おまえたちは、我々とともにバラスの洞窟に入ることは許さん。おまえの心火が、憎しみが、獣を呼び寄せる。おまえの心は獣と同じだ。おまえひとりのために、同胞を危険にさらすわけにはいかない。去れ」

 カナコには、男の言葉が信じられないようだった。なおも追いすがろうとするカナコに、男は決定的な言葉を突きつけた。

 「みなは言っている。おまえの心火が――争いをのぞむ心が、トリアングロ・デ・ムエルタの周期を狂わせた。ふだんならばあり得ない時期に、トリアングロ・デ・ムエルタを呼び寄せた。その女たちの死も、おまえが招き寄せたのだ」

 ケヴィンはもはや、カナコの顔を見なかった。

 「死にたくなくば、生まれ星に帰るがいい。死にたいのならば、この地で朽ちるがいい」

 

 

 

 

「ぴっぴぎぺっぺ、ぴっぴぎぺっぺ、ぴっぴぎぺっぺっぺ♪」

「ぷきゃ♪ うきゃ♪」

ルナの歌う、なぞのお歌に合わせて、ピエロは両手を叩いてご満悦だ。

「その、意味不明な歌をやめろ」

アズラエルだけが、頭痛がするような顔をしていた。ルナはみんなに背を向けて、カオスな歌を歌いながら、お尻をふりふり踊るのだった。

「幸運のペガサスちゃんに、ラッキー☆ビーグルちゃんに、運のいいピューマくんで、トリアングロ・ハルディン(三角形の庭)♪ 幸運のドラゴンくんは、まだです♪」

ルナのヘンな歌にあわせて、ピエロが手足をバタバタ動かす。

「ピエロが音痴になったら、どうすんだよ」

 

「ルナ、分かったよ!」

アンジェリカが、ムンドの向こう側で、自分のZOOカードを広げていた。クラウドとともに。

「幸運のペガサスは、フライヤさんだってことは分かってるけど、ラッキー☆ビーグルは、アーズガルド秘書室の女性みたいだ。マヌエラ・F・ボットって名前の人物だな。それから、“運のいいピューマ”っていうのは、おそらくアンディ・F・ソルテって名の、傭兵だ」

タブレット片手にクラウドは言い、「知ってる? アズ」と聞いたが、「知らねえ」という返事が返ってきた。

「ふたりとも、紅龍幇のジン――チャンの兄の側近としてついてきているが、紅龍幇じゃないな」

クラウドとアンジェリカは、気になるカードと、人物名を一致させる作業に入っていた。

「それで、“幸運のドラゴン”は、マックだったよ」

「マックだって?」

アズラエルは聞き返した。やっと知っている名にぶち当たった。マックはアマンダの息子である。

「あいつも、L43に降りる予定なのか?」

「……ZOOカードでは、そうなっていたね」

アンジェリカは、過去形で話した。現在、マックのカードはムンドに表示されていないが、昨晩、月を眺める子ウサギが「トリアングロ・ハルディン(三角形の庭)」をつくったとき、三角形を構築するカードのひとつが、マックである「幸運のドラゴン」だったのだ。

「“幸運のドラゴン”しゃんがL43に降りるのは、もうちょっとあとだね」

ルナはお尻ふりふりダンスをやめていた。いきなり真剣な顔でムンドを見つめている。

 

「いかがです? ペリドット」

「……」

ペリドットはペリドットで、自分のZOOカードを展開していた。

「ダメだな」

嘆息気味に言ったペリドットに、サルビアが、いたましげに「そうですか……」とうつむいた。

エーリヒから話を聞いたあと、ペリドットはすぐにZOOカードを開き、ラグバダ族のケヴィン兄弟の妹の行方を捜していた。だが、彼女は、すでに死せる人間であった。

「ずいぶんまえに、寿命は尽きている」

おそらく、弟のアルフレッドがシヲリのもとに閉じこもったのは、妹の死を知ったからではないだろうかと、ペリドットは言った。

 

「ラグバダ族の首長の妹をさらって、L44に売るなんて――DLとラグバダ族とは、共生しているのではないのですか」

サルビアの言葉に、クラウドはすこし考えてから、言った。

「DLは、ラグバダ族がL43からいなくなれば、星が滅びるからラグバダ族を滅ぼさないだけであって、共生とか、協力関係にあるのではないんだ。きっと」

「あいつらは、たぶん、保護者もつけずに女が森をうろつけば、さらうくらいはするぞ、きっと」

アズラエルも言った。サルビアは、顔を曇らせた。

「あの地のラグバダ族は、戦闘能力も高いし、最新の武器もあつかえる。そして、我々を武力で支配しようというなら、星ごと消滅する気はあるぞとDLを脅しているだけで、けっして仲良くすみ分けしているわけじゃない」

ペリドットが言ったところで、こちらを見ていたルナが真横に倒れ込んだので、あわててクラウドが支えた。

「ついに落ちたか」

スピーと呑気な寝息を立てているルナの顔をのぞき込み、クラウドは苦笑した。

「ルナ、ずーっとプリズムから目を離さなかったね」

アンジェリカは、ルナの様子が気になっていた。クラウドはムンドを振りかえり、

「とりあえず、プリズム以外に大きな変化はないし――この様子だと、屋敷にもどってシャワーを浴びるくらいはできるだろうから、ルナちゃんが起きたら、様子を見て行かせてやって。ピエロが寝たタイミングじゃないと、離れられないだろうから」

 



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