「ルナは、最初から、その条件を満たしていたとアントニオは言ったよ――そうか、そういうことだったのか」

アンジェリカが、ようやく気付いたように、大きくうなずいた。

「ルナはあの屋敷そのもので――大樹だったんだ」

大樹って、そういうことだったんだ。

アンジェリカは、ひとりで、何度もうなずいた。

「最初は苗だったが、4年で、ずいぶん大きな木になった。これからますます幹は太く、葉は茂っていくだろう」

ペリドットの言葉に、「ルナに太るとかいうなよ。気にするからな」と忠告したアズラエルだったが、彼もまた、つぶやいた。

 

「……ばあちゃんたちと、E353で会う日の前の晩だったかな」

彼は顎をこすって思いだそうとした。

「ピエトがずいぶん不安定になってだな――俺とルナの仲を、ルナの両親に反対されたら、もういっしょに暮らせなくなると思って、泣いたときがあったんだ」

クラウドが覚えているかぎりでは、その幾日かまえの晩だ。ピエトは、どうしてもルナたちと離れたくなくて、ずっと不安げな顔をしていた。クラウドも覚えている。

「そのとき、ルナが言ったんだ」

 

――地球に着いてからでもいいじゃない。ピエトが進みたい道を決めるのは。傭兵でもいい、地球行き宇宙船の役員でもいい、ほんとうにピエトがなりたいものを見つけたら、きっと、ピエトのほうがあたしたちのことを置いて行っちゃうよ――

 

「おどろいた、ルナちゃんがそんなことを?」

クラウドも初耳だった。アズラエルはうなずいた。

「俺も驚いた。ルナのことだから、てっきり、ピエトを抱きしめて、ぜったい一緒だとかなんとか、そういう類のことを言うと思ってたんだ」

だが、ルナがピエトに告げたのは、まるで突き放すような言葉だった。

 

――でも、あたしたちとピエトは家族だから。あたしとアズがピエトのおうちで、家族なの。ピエトの帰る場所はここなの。だから泣かないで――

 

「ピエトを愛していないわけじゃない。どうでもいいと思っているわけじゃない。だが、ルナは、いつかピエトとの別れがあることを知っていた」

「……」

ツキヨは、赤くなった目をこすった。

「ピエロもそうだ。一応、俺の養子にはしたが、コイツは正確にはララの子だ。5歳になる前に、危ないかもしれねえとは言われたが、まともにでかくなったら、どうなる? ララのあとを継ぐのか、それは分からねえ。だが、あの屋敷でのほほんと暮らす男には、育たねえだろう」

アズラエルも、複雑な視線でピエロを見つめた。

「ピエロとも、いつか別れがある。それは、K19区のガキを養子にしても同じだ。ルナは居場所を与えるだけだ。ルナがなにをするってわけじゃねえ。でも、居場所がなくちゃ、助ける大人も集まらねえ、助かる者もたすからねえ。そういうことだろ?」

「ルナちゃんという大樹は、集まってきた動物たちに居場所をあたえ、逆に大樹を育てるのも、大地や水や、陽の光――つどう動物たちでもある。つまり、俺たちだよね」

クラウドは言った。

 

「ルナは、そんなに大きくなっちまったのかい……」

ぽつりと、ツキヨはつぶやいた。

ツキヨが何を思っているか、アズラエルにはぼんやり分かっていた。ツキヨの娘、つまりアズラエルの母であるエマルは、十代半ばにツキヨのもとを出奔し、軍事惑星に来た。地球という、簡単には帰ることができない故郷を捨て、夫を数ヶ月で亡くし、たったひとり育ててきた娘が突然いなくなる――ツキヨは、ずっと孤独な人生を歩んできたのだ。

(もしかしたらばあちゃんは、屋敷にいたいのかもしれない)

アズラエルは、こっそりリンファンから、それらしきことを聞かされたことがあった。

ツキヨはL系惑星群の暮らしが長い。地球に着いても、もう、知己はほとんどいないだろう。地球に住むはずのグレンやサルビアとともに暮らしてもいいが、ツキヨは、心臓の病を抱えている。先も長くないだろう。もし介護などされる身になったら、いっしょに住む人間に迷惑がかかると、思い悩んでいる。それだから、最初は屋敷に住むことを拒み、中央区に住居をもったのだ。

ロイドは、あの屋敷でだれかが寝たきりになったら、僕が全員面倒みるよと意気込んでいるが、ずっとかくしゃくと働き、動いてきたツキヨだ。あまりたよりない姿を、見せたくないのだろう。

 

「ルナが」

ツキヨは、ぽつりと言った。

「ルナが、さびしくなきゃいいのさ。ばあちゃんはいいの――それで」

そっと、サルビアが、ツキヨの背を撫でた。

「ツキヨさん」

ペリドットが言った。

「ルナを大樹に育てたのは、ドローレスさんとリンファンさんだけじゃない。あなたもだろう?」

ツキヨは目を見張って、それから、困り顔をした。

「あたしゃ、なにもしていないよ。ルナがいたから、さみしくなかったけども」

「ルナには、あなたが必要だよ」

その言葉に、ツキヨは複雑な微笑をかえし、ルナを見、膝の上のピエロを見つめた。

 

 

 

 

「――そんな」

マヌエラは、北海域にひろがる惨状を見て、がくりと膝をついた。

「無事な宇宙船は、ぜんぶDLが持っていきやがったな」

ソルテも暑さのせいではなく、絶体絶命の冷や汗をぬぐいながら、そうつぶやいた。

北海に待機させていた宇宙船はほぼ壊滅状態でしずみ、数が少ないなと思ったら、目に見える方向にDLの集団がいて、宇宙船を陸地に引き上げている。

「おい、見つかるまえに帰るぞ」

あの大所帯とぶつかって、無事でいられるとは思えない。

ジンが、おおきな葉の茂みから様子をうかがっているマヌエラとソルテの腕を引いた。

 

青蜥蜴のアジト――まともな形状を残している建物は、さっきハチの巣になった小屋だけだった。三人が小屋にもどると、カナコがライフルを向けて威嚇してくる。

「そんなことしてる場合じゃねえだろ。生き残りは、俺たち6人しかいねえんだぜ」

ジンが吐き捨てるように叫ぶと、カナコは銃を下ろした。その顔は、極限まで青ざめ、表情がなかった。

ここにいないラック&ピニオン兄弟は、森のほうにかくしてある宇宙船を確認しに行っている。そちらはDLのちかくだから、確実にダメだろう。

DLの奇襲のせいで、星外に発つはずだった宇宙船は撃ち落とされ、生き残りがいても、DL側に捕らえられているだろう。この地区にいた青蜥蜴の幹部は全員射殺されてしまった。ほんとうに、この6人しか、生き残りはいないのだ。

あげくに、ラグバダの首長の怒りを買い、このままでは「バラスの洞窟」とやらに入れてもらうこともできない。

 

「北海域を見てきたが、全滅だ。まともな宇宙船は、DLの連中が持っていっちまって、なにもない」

「つまり、星外からの救援がなければ、俺たちはこのままここで、オダブツになるというわけだ」

ジンが説明し、ソルテが苦笑したが、カナコはなんの反応も返さない。うつろだった。

姿を消していたマヌエラが、もどってきた。

「あたしたちの連絡手段は、ご丁寧にぜんぶ潰してくれちゃったからね。カナコ、あんたたち、通信機器はないの」

「……」

カナコが無言でドアのほうを指さす。マヌエラは、そちらへ走った。窓の外に、盛り上がったいくつかの土饅頭を、ソルテは見つけた。

「あんたひとりで、仲間を埋めたの」

カナコは返事をしなかった。

「言えば手伝ってやるのに。なあいいか、気を落とすのも、絶望するのもまだ早いぞ」

ソルテはカナコの肩を叩き、マヌエラが向かった部屋に入った。幹部の休憩所だったのだろう。多少の広さを持った部屋には、通信機器や武器、地図や食料などが雑多にならべられていた。

 マヌエラは、放りっぱなしだったラジオや通信機器を、必死で弄っていた。

 「食糧は、だいたい三日分ってトコだな。水が足りない」

 ジンが、倉庫の備蓄分をたしかめていた。

 「L43はDLが電波妨害をしていて、星外からのも、こっちからのも、ぜんぶ届かないっていうのは本当みたいだな」

 ソルテが、机の上の携帯電話を、あきらめたように戻した。

 「こっちもぜんぜんダメだ」

 マヌエラが、ヘッドホンを放り投げた。L22の陸軍本部にもつながらない。通信装置は、まったく反応を示さなかった。

 「カナコたちが来ないのを心配して、青蜥蜴の宇宙船がもどってきたりしないかな」

 「無理だろうな。星外に出たヤツは、ぜんぶ捕まってるだろう」

 「マジでヤバくない?」

 マヌエラの顔色も、しずんできた。

 「イヤだよ!? こんなとこで、トリとかヌエなんとかで死んじゃうなんてのは――」

 

 そのときだった。

 かすかに、ラジオから音楽が流れてきたのを、マヌエラの耳が真っ先にひろった。

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*