「え!? ウソ!!」

 ラジオに飛びついた。そして、慎重に、チューナーを合わせる。徐々に音は鮮明になり――やがて雑音をさえぎり、豊かな歌声が、小屋いっぱいに響きわたった。

 「――アンの声だ! コンサートだ!」

 「L20の軍が、成功したな」

 ジンがにやりと笑った。フライヤの軍が、DLの電波妨害を消去し、この地域に信号をおくることに成功したらしい。

 カナコが、ドアのところに立っているのを、三人は見た。

 「……カナリアだ」

 カナコが小さく、つぶやいた。

 

 

羽根を取られたカナリア どこにいる

空の籠 わたしのカナリア どこにいる

カナリア 黄色い鳥 わたしのすみか

 

わたしの記憶 わたしの夢のなか

歌ってください その声を頼りに わたしはさがすから

どこにいるカナリア 声を聴かせて

 

カナリアが呼ぶの 迷子のカナリア

迷子はわたし? 迷子はカナリア?

羽根を取られて飛べないの?

わたしは待っているのに

 

青い羽根に黄色の羽つけた鳥 わたしは殺してしまった

あなたの羽を奪ったと思って

 

あら 声が聞こえる

あたしのカナリア生きていた

鳥かごの窓を開けて 待っていよう――

 

 

「アンの歌だあ……」

マヌエラは、机に頬杖をついて目を閉じた。

4人は、しばらく、なにもかもを忘れたように、うっとりと聞いていた。哀切に満ちた歌が一曲終わったそのとき、カナコの目は、こぼれんばかりに見開かれていた。

彼女の脳裏には、ザイールをこの小屋から追い出したとき、彼が叫んでいた言葉が焼き付いていた。

『カナリアが生きてんだ! 生きてるんだよ!! カナコーっ!!!』

(まさか)

 

アンは、真っ暗な客席から聞こえくる、雨の音にも似た拍手を聞いた。

(届いているだろうか)

ここからは見えない、真っ暗な宇宙をまぶたの奥に想像しながら。

まもなく着こうとする地球。はるか遠いL系惑星群。その星のひとつ、L43で、カナコはこの歌を聞いてくれているだろうか。だれかが、届けてくれているだろうか。

ピアノの前奏と同時に、ふたたび舞台はまばゆいばかりの光につつまれた。

明るいジャズのリズムが、アンを感傷から引き離す。

アンの身体が勝手に踊った。リズムは身体が覚えている。そして喉は、正確に歌詞をつむぐのだった。

「バラ色の蝶々 だれよりもうつくしい蝶々 だれもがあなたに手を伸ばす だれもがあなたに焦がれる 鮮やかなあなたにだれもが惹かれる バラ色の蝶々」

 

「バラ色の蝶々! あたしこれ、好きなの!!」

マヌエラがラジオにかじりついた。

 

恋人に会いに行くのにバラを買った たくさん買った

抱えた花束のなかに蝶々 バラ色の蝶々

恋人の唇に似ていた 恋人のドレスに似ていた バラ色の蝶々

 

赤い蝶々 わたしが気づけば飛んでいく

手を伸ばしても届かない

青空に赤い蝶々 見失うことなんてないのに

なによりも赤いのに だれよりも赤いのに

つかまえられない わたしには手が届かない 

すり抜け飛んでいく バラ色の蝶々……

 

「バラ色の蝶々 あなたとずっと暮らせるのなら どうなってもかまわない すべてがバラ色 どんな不幸もバラ色 バラ色の人生……」

マヌエラが歌い、ソルテも鼻歌で追った。ジンは参加しなかったが、壁にもたれたまま、黙って聞いていた。

やがてカナコが、椅子を持ってきて、ラジオの前に座った。アンの歌を聞くために。

カナコの頬は、涙で濡れていた。

「カナコ」

マヌエラが、カナコの肩を抱いた。

「心配しなくていい。あたしたち、ぜったいなんとかなるよ」

 

 

 

「――ぴぎっ!!」

ルナが布団を跳ね上げて飛び起きた。

「なにか、夢を見たかい」

クラウドがすかさず聞いたが、ルナは叫ぼうとして、部屋が真っ暗なのに気付き、小声になった。

「みんながあたしをのけ者にして、えるばさんたばを食べてた」

「残念ながら、それは現実だ」

クラウド以外のみんなは、寝ていた。壁の時計は午前三時をさしている。ルナはだいぶ眠ったようだ。

「なにか、変わったことはあった」

ルナがムンドをのぞき込むと、カードがずいぶん減っていた。

「かなりの傭兵グループが撤退したんだ。あとは、カナコとジンと、マヌエラとソルトだけが、小屋に残っている」

ラックとピニオンは、別行動だ。クラウドは言って、おおあくびをした。

「ルナちゃん、屋敷でシャワーを浴びておいで。もどったら、交代しよう。俺も仮眠する」

「うん」

ルナは、ピエロが熟睡しているのを確かめて、屋敷にもどった。

応接室のシャイン・システムの扉が開くと、キッチンに明かりがついているのに気付いた。

「グレン?」

「よお。ひさしぶりだな、ルナ」

グレンがキッチンで、新聞を読んでいた。

「エルバサンタヴァ食うか? おまえの分、ちゃんと残ってるぞ」

「食う! ――あ、ええと、待って」

クラウドが、ルナがもどってくるのを待っているから、のんびりここで食べているわけにはいかない。グレンは新聞をたたみ、うなずいた。

「分かった。じゃあ、シャワーを浴びてきな。エルバサンタヴァは、そのあいだにオーブンにぶち込んでおく」

 

慌ただしくシャワーを浴びたルナと、サンドイッチとコーヒー、グラタン皿に一人分作られたエルバサンタヴァを持って、グレンはルナと一緒に集会場へ向かった。

クラウドが、グレンに眠そうな目を向けた。

「あれ? グレン」

「俺も仮眠から覚めたところなんだ。かわりに起きていてやるよ」

屋敷でも、24時間体制なのだった。まもなくアントニオが起きてくるから大丈夫だとグレンは言って、濃いコーヒーを飲み、ムンドをながめた。

「じゃあ、俺は寝るよ」

「ああ」

クラウドは畳の上に横になった。布団はサルビアとアンジェリカが使っている。ペリドットとアズラエルは、壁に背に、座ったまま寝ていた。

ルナもコーヒーを啜りながら、エルバサンタヴァを口に運んだ。

「おいしい。おばーちゃんのえるばさんたば、おいしい」

あたし、羊肉より、牛肉のほうが好きなの、とルナは言い、サンドイッチをぱくついた。

 

「あの――あのね、グレン」

「ン?」

エセルのことを――ゆいいつ生き残った、グレンのいとこであるエセルのことを、グレンに知らせるべきかどうか、皆は迷っていた。サルビアも、タイミングが必要ではないかと、今告げることに、ためらいを見せていた。

グレンが、いくらドーソンの滅びを願っているとはいえ、優しいのは皆が知っている。たったひとり残されたエセルを守るために、もどろうとするのではないかと、サルビアは懸念した。だが、母親と同じく病弱であるエセルが、長生きできる保証はなかった。衝撃が立てつづいたこともある。エーリヒの話では、現在も寝たきりだ。彼女の生存と、居場所くらいは告げてもいいのではとクラウドは言ったが、サルビアが反対した。

ルナも迷っていた。サルビアはせめて、地球に着いてからつたえても、いいのではないかと言ったが――。

 

「えと、あの、あのね……」

「……?」

サンドイッチを唇ではさんだまま、もごもごしていたルナに、グレンが首を傾げたそのときだった。

キイン――! とひときわ大きな音がして、巨大なプリズムがムンドの上空に浮かび上がった。大きな音ではあったが、だれも目を覚まさない。

ルナとグレンは思わず立ち上がって、その逆三角錐をのぞき込んだ。

「なんだこりゃ。でけえな」

ムンドのあちこちに表れている三角錐のひとつが、急に巨大化したのだ。ルナは、いよいよトリアングロ・デ・ムエルタがはじまったのかと思ったが、そうではなかった。ムンドになにも変化は見当たらない。

ルナは、目を見張った。

「ケヴィン――アル!?」

今度ははっきりと、ケヴィンとアルフレッドの双子が――ルナの友人のふたりが、壁面に映し出されていた。

ふたりが、談笑しながら歩いている。スペース・ステーションのようだった。

「これ? 宇宙港?」

「ちょっと待て」

グレンが目を凝らして、背景をにらんだ。ふたりが歩いていく先に、駅名が書いてある。

「――L22の宇宙港だ」

 

 



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