予定では、アダムとマックが明日、L43入りすることになっていた。もともと、カナコの説得のためにおもむくはずだったが、カナコ自身は姿を消してしまった。そして、マヌエラたちが、自力で星から脱出できない状況で取り残されている。アダムとマックのチームは、急きょ、救援チームとなったのだった。

マヌエラたちの救出と同時に、カナコのゆくえも追わなくてはならない。いつトリアングロ・デ・ムエルタがはじまるか分からないため、宇宙船はL43内に待機する。トリアングロ・デ・ムエルタが起こると同時に宇宙へ出て、終了と同時にL43にもどって、カナコの捜索に入る――予定だった。

 

「おふたりとともに向かうのは傭兵グループでしたが、そちらも変更です。L22の軍と、俺とオルド。それから、今のところ、いちばんトリアングロ・デ・ムエルタにくわしい、L34のラグバダ調査隊も同行します」

「ちょ――ちょっと待て。あんたが自ら、行くのか!?」

「はい」

ピーターは涼しい顔でうなずいた。

「さっき決めたことです。OKは出ましたが、俺の存在は、内密です。中尉あたりの階級章をつけていきますから、ピーター中尉とか呼んでください」

人差し指を口の前に立てて、いたずらっぽく笑う青年に、アダムは叫んだ。

「よくOKが出たな!?」

アダムは信じられなかった。アーズガルド家当主自ら、危険地域におもむくなど――。

 

アダムの言葉は当然とばかりにピーターは苦笑いし、すこし考えるような顔をしてから、聞いた。

「カナコが逃げたのは、なぜだと思います?」

アダムは、首を傾げた。

「そりゃァまあ――マヌエラたちといっしょに救出されたら、その場で逮捕されるからだろうな」

ピーターは大きくうなずき、アダムを見た。

「そうです。そうなればおそらく、カナリアには会えないでしょう」

「――!!」

アダムは目を見張った。

「カナコは、聞いたのか。“カナリア”を――」

アンの、メッセージを。

「ええ。マヌエラたちと一緒に。ラジオをつけたら、真っ先にカナリアがかかったそうです。カナコは涙を流して、アンのコンサートに聞き入っていた。歌詞が変わっていたことについては、なにも言わなかったそうですが、ジンが歌詞の改変に気づいた。おそらくカナコも気付いたでしょう。それで、カナコが姿を消したとき、武器と一緒にラジオがなくなっていた。カナコはラジオを持って逃亡したんです。おそらく、もう一度カナリアの曲を聴くためでしょう」

「……」

「ザイールが、カナコの説得のために何度か青蜥蜴のアジトを訪れましたが、その際に、カナリアの生存のことを叫んだそうです。ただ、カナリアは生きている、とそれだけですが」

アダムは顔をぬぐった。

「それじゃァ、カナコは、カナリアに会うために――まだ、捕まるわけにゃ、いかねえと――」

「じゅうぶん、考えられます」

 

ウソか真か。カナコも半信半疑だろう。だが、ザイールの「カナリアは生きているんだ」という言葉と、あきらかに歌詞が変わったアンの曲。カナコは、姉の名のもととなった「カナリア」の曲を、幼いころからそらんじていた。アンのコンサートが、地球行き宇宙船で行われていることはカナコも知っている。アンはカナコと会ったのか。それで、自分の生存を、メッセージとして送っているのか。カナコはそう考えたに違いなかった。

生き別れた姉が――死んだものと思っていた姉が、地球行き宇宙船で生存しているかもしれないという可能性を、カナコは。

 

「アダムさんも、カナリアにお会いしたから分かるかもしれませんが」

アダムは、カナコの心中に思いをはせていたが、ピーターの話は終わってはいなかった。

「彼女は不安定です。青蜥蜴の反乱が失敗し、カナコが捕まれば、軍事裁判にかけられる。それは、軍事惑星の新聞に載るでしょう」

それは間違いなかった。

「あなたのお母さまからの手紙によると、カナリアは、アズラエルさんの子のピエトに会ってから、かなり元気が出たようなんです。顔のキズも自ら直すと言って――現在、治療中です」

「そりゃ、ほんとか!」

よくないニュースばかり飛び込んでくる昨今において、なかなか嬉しいニュースだった。

「はい。妊娠のほうも、考えているようです。子どもを産みたいと――まえの彼女からしたら、信じられない進歩です」

「そりゃあ――そりゃあ、よかった」

アダムは目頭を押さえかけたが、ふいに真顔にもどって、つぶやいた。

「カナリアに、カナコの逮捕を、知らせたくねえな」

「はい。ですが、青蜥蜴の反乱のことは、すでに新聞に載っています。そのころから、軍事惑星の新聞は、カナリアには見せていませんから、知られてはいないでしょう。メレーヌさんとも、テリーとも話していますが、当分、軍事惑星の情報を、カナリアの耳に入れないようにとは」

「……」

軍事惑星の新聞を、カナリアの目に触れないようにすることは可能だろう。しかし、ピーターがみずから現地に赴くわけは?

「ですので、カナコの逮捕前に、タブレット越しでもいいからふたりを逢わせようと思いまして」

「……!」

ピーターは苦笑した。

「どうあがいてもカナコの逮捕は間違いない。でも、カナリアには会わせたい。――逮捕、という事実が、カナリアに知られないように。そう考えたら、自分が行く選択肢しかなかった」

アダムは言葉を失った。たしかに、アダムの両親や、カナリアの生活の面倒を見て来たのはピーターで、彼ならば、三人の生存を生きた言葉で伝えられるだろう。そして、カナコが捕まってしまえば、ピーターの一存ではもはや動かせなくなる。カナリアがカナコに会うには、地球行き宇宙船がL55に帰ってからで、面会は、檻越しだろう。そのまえに、ふたりを再会させたい気持ちはわかる。

だが、それは軍事惑星名家の当主がするべきことではない。アダムに一任すれば、それでよかったはずだ。

アダムはまっすぐにピーターを見た。ピーターもアダムを見返してきた。その目に迷いはない。

(不思議な青年だ)

――恐怖というものが、あんたにはないのか。

 

「あんたが、そこまでする理由はなんだ?」

アダムは聞いたが、ピーターはうつむいて、それからやはり、苦笑した。

「話すには時間がいる。――今はありません」

「……」

「カナコがどこに逃げたかまだ分かりませんが、マヌエラたちがラグバダ居住区の住民たちの協力を得られればすぐ見つかるでしょう。カナコも、カナリアに会いたいという意志があるかぎり、無謀な行動はしないはずだ」

「それは――そうだな」

「通信機器も、ラジオも持って出たという話ですし、アンのコンサートを聴くために、ラジオはつけるでしょう。電波をジャックして、呼びかけます。カナリアと話をさせることを条件に、投降を。どちらにしろ、トリアングロ・デ・ムエルタが近づいている。いつはじまってもおかしくはない。洞窟に入るにしろ、かくしておいた宇宙船で外に出るにしろ、カナコは急ぐ。どちらにしても、一刻の猶予もありません。われわれも急がねば」

「……」

アダムはまだ、納得などしていなかった。この若者を――ピーターをそこまで駆り立てるものがいったいなんなのか、分からなかったのだ。

 



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