「三日目――これでも、遅かったほうだ」 ララは嘆息気味にこぼした。今朝から、ララがいる株主総合庁舎の私室電話も、携帯も、ありとあらゆる電話が鳴りっぱなしだった。 「軍事惑星のことで手いっぱいなんだよわたしは!」 そう言って、ララは七つ目の携帯電話をシュレッダーにぶちこんだ。 「はい――ああ、チボクはとりあえず、ルナ様の邸宅へ行きなさい。マスコミはぜったい近づけないように。屋敷に住む方々の生活を妨害してはなりません」 シグルスはそういって自分の電話を切った。 朝から鳴っている電話の数々に応対しているのは、ララの秘書室の面々だったが、それでも足らずに、ララの私用電話にまでかかってくる。だいたいが、「アンのコンサート」についてだ。 アンのコンサートも三日目を迎え、盛況ぶりは、いや増しに増していた。 テレビは驚異的な視聴率を誇ったし、コンサートホールのまわりには連日、アンの姿をひと目見ようとする人間たちがつめかけた。 そんなアンを、マスコミが三日目まで放っておいたのが、ある意味奇跡だった。 いまのところ、軍事惑星全土で放映しているが、L5系でも放映させろとか、L6系とかL7系とか、リリザではどうだとか、ララのもとに来る電話はそればかりだ。アンをCMに起用させてくれとか、マネージャーはいったいだれだとか、アンはL系惑星群にはもどるのかとか、アンが契約している会社はどこだとか、そういった質問が、嵐のようにおとずれた。 ちなみに、ララの返事はすべてひとことで済ませてある。 「アン自身とは契約していない。ララのヴォバール財団に権利があるのは、アンのコンサートの音源だけである」 「ララ様」 シグルスがドアの向こうを見て嘆息した。 「さっきから、“散髪屋”どもがうるさいんですが」 うるさいのは、マスコミや記者だけではないのである。シグルスの言葉がおわらないうちに、半開きのドアが目いっぱい開けられた。 「ララ様!!」 ボディーガードたちを、ぜい肉で押しのけて部屋に突入してきたのは、ララの知己である、その世界では有名な、メイクアップアーティストや、服飾デザイナーたちである。もちろん横にあふれていない者は、すき間を縫って入ってきた。ララはゴキブリのようだと思った。 「ゴキブリホイホイ設置しとけ!」 ララの怒鳴り声を、来訪者は解さなかった。ゴキブリという生物が存在することを、彼らは知らないだろう。 「どういうことなの! わたしたちを差し置いて、あんな素人に、伝説の歌手のコンサートを手配させるだなんて」 アンの取り巻きのひとりでもある美女が、憤然とララの机をたたいて抗議した。 素人とは、リサたちのことである。 「なにが伝説だ」 ララは鼻で嗤った。 「おまえら、今日までアンのことなんか、名前も知らなかったじゃねえか」 つめかけたデザイナーたちは、一様に、ぐっと詰まった。 「今日だけで百回もくりかえしたことだけどな、わたしはアンと契約はしてない。コンサートの音源は自由にしていいって権利をもらっただけだ。わたしが開いたコンサートじゃない」 「でも! 伝説の歌手に、あんな衣装を……!」 素人丸出しよ! とデザイナーは叫び、 「髪がたも、見れたものじゃないわ――伝説の歌手がだいなしよ――いったいだれが、」 ヘアメイクの世界では名のある散髪屋(シグルス談)も叫んだところで、ララが机を蹴飛ばした。繊細な芸術家たちは、水を打ったように、静まり返った。 「伝説、伝説、うるせえよ!!」 ララの怒りはすさまじかった。 「アンがホントに伝説になるかは、このコンサートにかかってンだ!! 文句があるなら、てめえらが直に交渉してこい! そのかわり、どの衣装を選び、だれにメイクをしてもらって、髪を整えてもらうかはアンの自由だ! もし、その交渉で、コンサート時間を一分でも遅らせてみろ――おまえらとは契約解除して、二度とこの宇宙船には乗れなくしてやる! いいな!?」 「ララ様!!」 悲痛な声が上がったが、ララの鼻息ひとつで、ぜい肉も、長い爪のカケラひとつすら残さず、彼らは部屋の外に追いやられた。 「シグルス、全員、あたしのまえから消せ。二度と顔も見たくない」 「承知しました、ララ様」 ララがくわえた葉巻に火をつけながら、シグルスは微笑した。 「それから、アンの警護を厳重にしろ。ルナの屋敷だけじゃない、ラガーにもマスコミが行ってるはずだ。コンサート終了後にあたしが会見を開くから、それを条件に退かせるんだ」 「はい」 「アンやアニタたちは、コンサートに集中できるようにしろ。なるべく、邪魔は入れるな」 「かしこまりました」 「ええ――あ、はい、ありがとうございます!! 助かります!! シグルスさん、ララさんに伝えておいてください!!」 アニタは、日程表を片手に、電話を首と肩に挟み、シグルスとの通話を切った。 「アンさん、今日からラガーにもどらないで、ちかくのホテルに宿泊ね!」 「やっぱり、マスコミが来たのね」 ルナ手製のトマト・スープ――最後の一杯を味わっていたアンは、一瞬だけ表情を曇らせた。 「だいじょうぶよ! ララさんも、アンさんはコンサートに集中しろって。マスコミとか、そっちのほうはなんとかしておくからって」 控室の向こうや、コンサートホールに押しかけているマスコミたちは、メンズ・ミシェルと役員たちが手配して、追い払っているはずだった。 「……迷惑をかけるわ」 あなたたちにも、お屋敷の皆さんにも。そう言いかけたアンの肩をアニタはつかみ、励ました。 「アンさんが、そんなふうに思うことはないの。もともと、アンさんがレストランでやるはずだったディナーショーというか、コンサートを、けっこう大規模にしちゃったのはあたしたちだし」 アニタは苦笑した。さすがに、アンが50人程度収容できるレストランでショーをひらくと言ったときはもったいないと思ったが、これだけ大ごとになるとは、だれも思っていなかったのだ。 2000人ホールが、12000人ホールになるなんてことは。 「アン」 オルティスも、そっとアンの背中をさすった。 「ここまで来たんだ。最後まで頑張ろうぜ。成功させよう」 最初は、頑強なまでに反対していたオルティスだった。控室のすみでは、フランシスほか、ラガーの常連たちが、鼻をかんでいた。 「ありがとう、みなさん――どうか最後まで、よろしくお願いします」 アンは、リサやキラ、セシル、ミンファ、メンズ・ミシェルと、順番に頭を下げていった。もちろん、フランシスたちにも。 「ヘンな奴らが来たら、俺たちが追い返すぜ!」 「ああ、アンさんの舞台を守るのは、俺たちだ!!」 チンピラ風役員たちは、そう言って肩を組んだ。 「あと二回を残すだけになったわ。みんな、がんばろう!」 アニタの元気いっぱいの声に、リサたちも「おーっ!!」と歓声を上げた。 「記者だったぜ」 アルベリッヒが屋敷にいるのに、サルーンがいないのが不思議だと思っていたら、彼女は野生の友達を引きつれて、庭でボディガードをしてくれていたのだった。 アズラエルとグレンが出る幕はなかった――記者たちは、ふたりが開けたドアに突き飛ばされ、さらに、それを合図に襲いかかってきたタカの集団によって、命からがら逃げだしていった――帽子を取られてハゲ頭をつつかれた記者なんぞは、逆に気の毒になるくらいだった。 「ひとが応対するとカドが立つときもあるから、助かったぜ」 サルーンは、アズラエルやグレン、屋敷に残っていたみんなに順番に撫でられて、満足げだった。アルベリッヒが、優秀なボディガードたちへの報酬に、ささみを冷蔵庫から持ち出してきた。サルーンは、ルナのエプロンポケットという特等席に久しぶりに入り、上機嫌でささみをついばんだ。 「この家の電話線は、一応抜いた。今朝からうるさかったからね」 セルゲイが肩をすくめて言った。ルナたちが集会場にいるあいだ、屋敷は大変だったらしい。 「なにかあったら、それぞれの携帯に連絡がいくよ――何人か、役員になっていてよかったね」 「どうも」 大広間でみんなが顔を突き合わせていると、チャンの手下であるチボクが、あけっぱなしのドアから挨拶をしつつ、入ってきた。コワモテだが、変な知識が豊富なので、クラウドと話が合う男だ。彼は野太い眉と、特徴的なギョロ目で庭を見回しながら言った。 「みなさん、大丈夫です? マスコミが来ませんでした?」 「さっき来たよ。でも、サルーンたちが追い払った」 綺麗に横並びのタカにささみを与えていたアルベリッヒは、ちょうど最後のラインにチボクが来たので、反射でささみを差し出してしまったが、チボクは真顔で、「悪い。生肉は食わねえ」と断った。 「朝から、電話が鳴りっぱなしで」 「さすがにシャインのベルは鳴らなかったけど」 セルゲイとアルベリッヒが、交互に窮状を訴えると、チボクはスーツの襟を整えて言った。 「ララ様の指令で来ました。このお屋敷の所在もどこからかバレたみたいで、ぜったいにマスコミを近づけるなと。ララ様がコンサート後に会見ひらくのを条件に退かせると言ってましたが、ああいうのはゴキブリみたいに湧いて出るんでね――なんなら、こっちで警備増やしますか」 コーヒーを用意しに、シシーがキッチンに向かった背をルナは見つめて、それから背負ったピエロを見た。もともと、ピエロをお湯にぶち込もうと思って帰ってきたのだ。 「ふん」 ルナは、もっともらしくうなずいた。 「あたし、なんとかしてみる」 「なんとかって?」 みんなが一斉に、ルナのほうを見た。 「あたしがなんとかしてみて、しきれなかったら、チボクさんにお願いするのです」 |