そう言ったルナが、ぺっぺけぺーと踵を返して応接室のほうに走り始めたので、サルーンはあわててポケットから飛び立った。そしてルナは、応接室手前で、アズラエルに頭をわしづかまれた。ピエロを背負っているので、襟首はむずかしかったらしい。

「どこへ行く」

ルナが振り返ると、なぜか、みんなそろって追いかけてきていた。

「ZOOカードを見に行って、それからワインを買いに行きます! 辛口風味のちょっとお高いワインです!」

「ワインなんか、どうするんです」

チボクが、不思議そうに聞いた。

「贈答用ですか? もしよければ、俺見てきますよ」

チボクがけっこう酒にくわしく、かつうるさいのは、いっしょにバーベキューをしたメンバーなら知っている。

ルナは叫んだ。

「でもね、10本くらいはいるの。そいでね、LUNA NOVAが1本あればとっても嬉しいんだけども」

「LUNA NOVA!?」

チボクは、丸い目をこぼれんばかりに見開いた。「そんな高い酒――」と言いかけたが、ふと思い出したように手を打った。

「K15区の露店街、今期、LUNA NOVAが出てるって話だったけど、今月、まだ出てるかな」

「去年、俺たちも買ったぜ」

グレンが言うと、「ホントッスか!!」とチボクが目を輝かせた。

「あったら、俺もついでに買おうっと――年代とか、関係ないスよね」

「うん! なんでもいいです!」

「じゃあ、俺、買ってきます」

ルナから、けっこうな額をあずかったチボクは、大広間の正面玄関から、意気揚々と出かけて行った。

「さいふがすっからかんになりました!」

ルナはふて腐れたが、今月はどこに遊びに行くわけでもなく、なにを買うわけでもなく質素に過ごしたから、お金が残っていてよかったと内心思っていた。

屋敷の皆は、LUNA NOVAの言葉で、すべてが分かった。

「なるほど。ノワに見えなくしてもらうってわけか」

アズラエルが言い、アルベリッヒが、「ルナちゃん、もしかして、直接ノワと話せるの!?」と絶叫した。ノワがルナの前世だということは、アルベリッヒは知らないし、クラウドでもない限り、ここによけいなおしゃべりをしたがる人間はいなかった。シシーだけが、「どういうこと?」と首を傾げた。

「いい機会だ。来年には新しいルーム・メンバーになるシシーさんを、ノワに紹介しに行こう」

セルゲイが笑った。

 

ルナたちは、みんなそろって集会場の二階へ、シャイン・システムをつかって移動した。

「ここ、ルナちゃんとミシェルちゃんのアトリエよね」

シシーは不思議そうな顔でついてきたが、二階の部屋に入ったとたんに、「こ、これなに!? すんごい! プロジェクションなんたらとかいうやつ!?」とムンドを見て叫んだ。

ルナは、ムンドに向かって叫んだ。

「ムンド! 地球行き宇宙船!!」

すると、L43の地形を表示していたムンドは、地球行き宇宙船の地図を表示した。

「わあーっ! すごい、これ、最先端の地図ね」

シシーの勘違いは続いたが、ルナは目を皿のようにして、あちこちを見回り、ついに、アンジェリカに問われた。

「ルナ、なにを捜してるの」

うしろで、シシーがペリドットに、「はじめまして! あなたがノワさん?」と挨拶をしている。ペリドットは、「いや、俺はペリドットだ」と真顔で訂正した。

「のわ」

「ノワ?」

「うん。いま、のわどこにいるかなって。遊園地にもいないし、真砂名神社にもいない――あっ! イシュメルは自分のお社で、イシュマールおじいちゃんとお茶飲んでる!!」

よけいなひとことをこぼしたあと、

「もしかして、セーブ・ポイントかな?」

「セーブ・ポイント?」

クラウドが尋ねた。

「うん。のわね、自分の遺跡とか墓とか、あちこちにあるでしょ。セーブ・ポイントって呼んでるの――あっ!! いた!」

ノワは、K25区の海岸沿いにある、自分の石碑のまえにいた。

「セーブ・ポイント……」

クラウドがつぶやいているのをしり目に、ルナは、

「のわ! のわみっけ!!」

そのまま、ぺっぺけぺーと戻りだした。あわてて大人たちが追う。

「俺もちょっと、行ってくる」

クラウドも、追いかけた。

 

チボクがまだ帰っていなかったので、シャインでK15区の露店街まで飛び、チボクのうんちくを聞きながら、10本のワインを手に入れた。クラウドが加わるとたいそうくどくなるので、クラウドが参加しないよう、アズラエルに見張らせた。そして無事、LUNA NOVAも手に入った。

「いったい急に、なんでワインなんか? 記者たちをもてなすつもりじゃないでしょ?」

チボクは、おつりと一緒に、ルナにワインを手渡した。

「かみさまにわいろをおくって、お屋敷とかを消してもらいます」

「は?」

チボクが理解しがたい顔をしている間に、ルナは両手いっぱいに3本のワインを抱え、のこりはアルベリッヒとグレンに持ってもらい、だいたい息を切らしかけていたので、ピエロをアズラエルに運搬してもらいながら、シャイン・システムに駆けこんだ。

 

次に集団が姿を現したのは、K25区の砂浜が見渡せる道路である。理解できていないチボクとシシーだけが顔を見合わせたが、ルナとその一行は、まっすぐ、砂浜方面に降りて行った。

「わあ! こんなすてきな区画があるんだ!」

シシーはK25区がはじめてだった。顔を輝かせながら白い街並みと、ひろがる海を見渡すシシーに、チボクがスーツの襟を正しながら言った。

「シシーさん、ここはじめてなんスか? もしよかったら、今度俺と――うまい海鮮食える店、教えますよ」

「ありがとう! テオも一緒だけどいい?」

「テオォ!?」

さりげないひとつの失恋を経て、一行は、砂浜に足を取られながら走り――または歩き、ノワの遺跡の前まで来た。

「ノワって――遺跡のことだったのか」

やっと理解したと思っていたチボクだったが、彼はまだ本当に理解などしていなかった。

いきなり、グレンとアルベリッヒが、ナイフとコルク抜きで、片っ端から瓶を開けていく。潮のかおりに混じって、あたりに濃厚な酒のにおいがただよったとき、遺跡の後ろから、チボクほどもありそうな巨躯の男が、ぬっと顔を出した。肩には、黒いタカを乗せている。

横幅十五センチ、縦百五十センチもないような、細長い塔のうしろに、どうやってこのでかい男がかくれていたのか。 

チボクは、目をこすった。

 

『よう、ルナ。いい匂いがするな』

さりげなく、アズラエル、グレン、セルゲイは距離を取っていた。この三人が、ノワは大の苦手だからだ。コルクを抜いたワインを塔の前にならべ、ルナだけを残して、三人は下がった。ノワは、三人のほうを注意深く観察しながら、さっそくずらりと並んだワインを物色した。

「ファルコには、お焼きあげるね!」

ルナは、先ほど露店で買って来た、リュナ族の名物、肉と野菜のおやきをファルコにあげた。ファルコは、これが好物なのだ。

アルベリッヒの肩に乗ったサルーンが、ファルコを見て、ポッと頬を染めている。

ファルコは嬉しげに、三つのお焼きをまたたく間についばんだ。

だが、ものすごいのは、その主のほうだった。瓶を両手に一本ずつわしづかみ、ごびごび音を鳴らして、ワインをあけていく。

「ああ……LUNA NOVAが……」

チボクの声にならない声。高級ワインもあったものではない。ノワは、それはそれは嬉しそうに、片っ端から遠慮なく飲み干した。かつて、真砂名神社の拝殿で見たわけだが、その健啖家ぶりには、アズラエルたちも口を開けるほどだった。

「ノワだ……! 本物のノワ……」

アルベリッヒは、憧れと歓喜と、ふつうならば絶対に会えるわけがない千五百年前の祖の存在に、目をこれでもかと輝かせて顔を火照らせ、妹のサルーンともども、大興奮で様子をうかがっていた。

やがて、威勢のいいゲップとともに、ノワは10本をすっかり飲み干した。

『LUNA NOVAなんて、ひさしぶりに飲んだなァ』

彼は、なんでもいいように見えて、LUNA NOVAが混じっていたのは分かっていたようだ。『今年もいい出来だ』と満足げな笑みをにじませ、

『こんなに奮発してもらったんじゃ、なにかしてやらなきゃいけねえなァ』

そういって、ニコッと笑った。その笑顔の輝き(※アルベリッヒ視点のみ)で、アルベリッヒはふらりと倒れて、セルゲイに支えられる羽目になったし、シシーは、「悪酔いとかしませんか」と天然な発言をかましていた。チボクはもはや、ノワの存在にも、その飲みっぷりにも、「!?」という顔で固まるだけだった。

 



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