ルナはさっそく言った。

「あのね、アンさんのコンサートが終わるまで、マスコミとか記者とかへんなひとから、お屋敷やアンさんのホテルや、ラガーが見えないようにしてほしいの」

『ン?』

「つまりね、いまね、マスコミが来てたいへんで……」

『ああ、なんか、イシュメルが言ってたっけ』

ノワは、記憶を探るような顔をした。

『おまえらの家を、隠せとかなんとか――』

「うんそうなの! かくしてほしいの!」

ルナは叫んだ。

『おまえらの屋敷と、ラガーって店と、アンが宿泊するホテルと控室を、記者やマスコミ、ついでに、“散髪屋”どもから、見えなくする』

「さんぱつや?」

ルナは身体ごと真横に首を傾げた。

『アニタやリサたちもだ』

「そのとおりだ!!」

ルナは手を打った。

『ところで、アイツは俺のファンか』

ノワは、卒倒したアルベリッヒを指さした。ファルコと目が合ったサルーンは、照れたのか、ババッと羽根で顔をかくした。

「のわの子孫だよ。アルってゆうの」

ルナが自己紹介すると、ノワはにっこりと微笑みながら顎をさすった。

『アイツのまえにも定期的に現れたら、酒をくれるかな?』

「アルに迷惑をかけないの! いちおう神さまでしょ!!」

『神様に文句を言うのも、おまえくらいなもんだぜ? ルナ』

「だってのわはあたしじゃないか! マタドール・カフェでたいへんなことをしたの、わすれてないよ!?」

『ちゃんと、金は払ったじゃねえか』

「のべぼうだったじゃないか!!」

ぷんすかうさこたんと、酒好きの神様の攻防は、しばらく続きそうだ。

 

「なァ、ノワ」

アズラエルが肩をすくめて言った。

「俺の前にも姿を現してくれたら、メチャクチャ旨い酒をご馳走するぜ?」

「百年前の、熟成された高級ブランデーなんかどうだ」

「ワインが好きなら、ワイン専門のバーで豪遊させてあげる」

 

アズラエル、グレン、セルゲイの順にいうと、ルナとノワの、だれも口をはさめないカオスな会話はあっというまに終了した。ノワは煙のように姿を消した。

「消えたっ!?」

シシーは目を丸くし、ついにチボクが、カッと目を見開いたまま、ゆっくりと真後ろに倒れた。残念ながら、急なことだったので、だれもチボクを支えてやれなかった。砂地だったことが幸いだ。

 

「のわはさいしょっからいしゅめるにゆわれて、かくすことはきめていたんだ!」

屋敷やアンの所在をかくすことは、すでにイシュメルが気を回して、ノワに頼んでくれていたのだ。ルナはしばらくぷっくりほっぺたをしていたが、

「でもまあ、最近お酒をあげてなかったしね。しかたないか」

すぐに機嫌を直した。

目を開けたまま真後ろに倒れて気を失ったチボクを、ふたりがかりで運んだのはアズラエルとグレンだったし、アルベリッヒはセルゲイが背負ってきた。チボクはともかくも、アルベリッヒは、ノワに直接会えた衝撃で、知恵熱まで出していた。サルーンも一緒に。

ふたりと一羽を応接室のソファに寝かせて、冷えピタを頭に貼ってあげたルナは、

「さて、神隠しはのわにお願いしたから、アンさんのスープをつくらなくちゃ」

「ピエロを風呂に入れるのは、俺がやるよ」

アズラエルが、ピエロを抱いたまま、言った。

「あっ、そうだった!」

ルナは忘れっぱなしである。

 

「そのまえに、ミルクの時間だろ。おなかがすいているんじゃないのかい」

応接室に腕まくりをしつつ入ってきたのは、ツキヨだった。たしかに、ピエロの顔が座ってきているので、不機嫌一歩手前だ。

「おむつかな? ミルクかな?」

「だ!!」

ピエロがむずがりながらアズラエルの固すぎる胸板に顔を擦り付け、さらに顔をくしゃくしゃにしはじめたので、おそらくミルクだった。

「残念だったな。出ねえんだよ」

アズラエルの言葉に、グレンが「ブフっ!」と吹いたので、とりあえず、どつくくらいはしておいた。

「さ、ピエロ、ばーちゃんにおいで」

ツキヨがピエロを受け取る。

「おばーちゃん! えるばさんたば美味しかったよ!!」

ルナはすかさず言った。ツキヨはにっこり笑うと、

「そうかい、そうかい。また作ってあげるよ。それじゃ、ピエロのことは、ばあちゃんに任せて、アズとクラウドさんは、アトリエにお戻り」

「なにか変化が?」

クラウドが尋ねると、こたえたのは応接室に顔を出したアントニオだった。

「また大きなプリズムが現れたそうだし、ミーちゃんが書類をエーリヒさんから受け取ったっていうんで、届けに行ったはずだ。急いで」

「ほんとかい!?」

クラウドとアズラエルは、あわててシャイン・システムに飛び込んだ。ソファに並んだ図体のでかい二人の青年を見たアントニオは、苦笑し、

「アルが卒倒しちゃったんじゃ、今日の夕飯は、俺とグレンだな」

「仕込みを始めるか」

グレンも腕まくりをした。

「今日は、ひさびさに、ピエト君の好きなバリバリ鳥のシチューにしようか。グレン、レシピ分かる?」

「ああ、たしかこの辺に、アズラエルの書いたレシピが――」

「シシーさん、ルナがそばにいないとピエロは泣くからね。お風呂はキッチンですましちまうよ。お風呂場から、たらいに湯をくんでくるのを手伝ってくれるかい」

「承知しましたっ!」

シシーも張り切って、腕まくりをした。

「セルゲイさん、ちょっとのあいだ、ピエロをお願い」

「はい」

セルゲイもピエロを抱きかかえ、鼻歌を歌いながら、キッチンに入った。

 

さて。

10本の高級ワインという供物をもらったノワは、たちどころに動いた。

ルナたちの屋敷は、存在が消えたわけでもないのに、記者たちの視界からは失せていたし、翌日、ふたたびK27区におとずれた記者たちは、一日中さがしまわっても、きのう来たはずの屋敷にたどり着くことはできなかった。

アンのほうはアンのほうで、記者たちはアンの控室がある階に、何度エレベーターを使ってもたどり着けなかったし、階段もダメだった。28階のフロアそのものが、こつぜんと消えてしまったようだった。

アニタたちは、マスコミの集団の前を堂々と横切ったが、だれの目も、アニタたちの姿をとらえることができなかった。

ララ御用達のアーティストたちも、コンサートホールと、アンが宿泊しているホテルに押しかけたが、ついに、アンに会うことは叶わなかった。

ラガーにはいる客たちは、記者たちが、「ラガーはどこだ、ラガーはどこだ」と店の前でウロチョロしているのを不審な目で眺めたが、だれも、「ラガーはここだよ」と教えてはくれなかった。客たちも、ゆっくり飲みたいのだ。

オルティスは、気味が悪そうな目で、店の前をうろつく記者を眺めていたが、やがてあきらめたらしい記者たちは去って行ったので、ほっと胸をなでおろしたのだった。

 

 



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