そのころ――L43では。
マヌエラとジン、ソルテ、ラック&ピニオン兄弟が、ラグバダ居住区にある、洞窟のひとつに近づいていた。
「待て。攻撃するつもりはねえ」
ジンは、みずから武器を落として、手をあげた。めのまえには洞穴が三ヶ所あり、そのすべての洞穴から、銃を向けられていたからだ。
「俺たちはDLじゃねえ。青蜥蜴の挙兵で募られた傭兵だ。俺は白龍グループのジンという。こっちはもと、ラバ・ダブ・ダブの傭兵でマヌエラ、このふたりはメフラー商社系列の傭兵で、ラックとピニオン、コイツはソルテ。全員傭兵だ」
ジンは、淡々と言った。
「カナコはひとりで逃げちまった。俺たちは、DLの連中に宇宙船をすべて破壊されてしまったんで、星の外に逃げることができない。明日の朝五時に、救援の宇宙船が着く。それまで、俺たちをかくまってはもらえないだろうか」
銃口は降ろされなかった。
「ただでとはいわない。俺たちも、ありったけの食糧と水を持ってきた。持てるだけの銃弾もだ。あんたたちにだって、必要だろう? メシも、迷惑はかけねえ」
ジンの合図で、ソルテが、弾薬の入った箱と、食糧と水が入った木箱をジンの前に押しやった。
――しばらく、静寂がつづいた。
マヌエラたちも、足元に武器を落としたまま、行き詰まる緊張と戦っていたが、やがて、真ん中の洞窟から、背の高い男が出て来た。彼は、きのうDLから助けてくれた男にそっくりだった。彼は体躯に見合った低い声で尋ねた。共通語だ。
「宇宙船がないだって?」
「そうだ。――昨日は、助かった。礼を言う」
ジンに習い、マヌエラたちも、ラグバダ族の礼を意味するお辞儀をした。
「おまえたちを助けたのではない。おまえたちの挙兵に便乗して、DLの奴らがラグバダ居住区に手を伸ばそうとしたのを止めただけだ」
「――あ」
マヌエラが、口を開けた。
「あなた、昨日のひとじゃないね?」
「なんだって?」
ジンが、マヌエラとラグバダの男とを交互に見た。
「あなたもしかして、昨日助けてくれたひとと双子かな――そっくりだけどちがう。あたしも双子だからかな――分かるんだ」
マヌエラはあわてて、「気を悪くしたらゴメン」と謝った。ラグバダの男は、ちいさく嘆息して肩を落とし、言った。
「そうだ。わたしはアルフレッドという。きのうおまえたちを助けたのは、わたしの兄のケヴィンだ」
「そう――そう! ケヴィンさんって名乗ってた」
「兄は、おまえたちをバラスの洞窟には招くなと言った」
アルフレッドの、ジンにも勝る淡々とした口調に、ラック&ピニオン兄弟の顔には焦りが浮かんだし、マヌエラも困り顔をした。ジンは、交渉を全面的に任せるつもりで、マヌエラの後ろに下がった。女が情に訴えたほうが、きくかもしれない。
「そ、そうなんだけど……あたしたちも、迷惑をかけるつもりは毛頭ない。ほら、こうやって、自分たちの食い分は持ってきたよ。いや――これらはぜんぶ、みなさんにあげてもいい。あたしたちは、明日の朝五時までだから。どうか助けてください。宇宙船が壊されちゃった以上、トリアングロ・デ・ムエルタに巻き込まれたら、死んでしまう」
マヌエラは、泣きそうな顔で訴えた。
だが、アルフレッドの顔からは、一切の感情が消えた。それは、だれもがドキリとするような表情だった。
「……どのみち同じだ」
「え?」
「ここで死ななくても同じだ。いずれ死ぬ」
「どういうこと?」
アルフレッドは大きく首を振り、告げた。
「だが、おまえたちには別れを告げたい者もあるだろう。しかたがない。明日、救援船が着くまで、洞窟に入れてやる。そのかわり、救援船が来たら、すぐに旅立て――」
アルフレッドは、洞窟に入ることを許してくれるようだ。マヌエラたちの顔にもすこし笑みがもどった。
「長、アルフレッドさま」
軍人のような見かけなのは、ケヴィンとアルフレッドだけではないのだった。この地のラグバダ族すべてがそうだった。女性も、ワンピースに似た服を着ていて、どう見ても原住民という感じはしない。顔がひげだらけの壮年の男が、マヌエラたちのほうを用心しながら近づいてきて、アルフレッドに言った――ラグバダ語で。
「(ばば様が、彼らを洞窟に招くのは、悪いことではないとおっしゃいます。幸運の動物と、運のよい動物がいると)」
「……」
ラグバダ語を解するソルテとマヌエラは、男の言っている意味が分かったが、口には出さなかった。
(――動物?)
「(幸運の動物と運のよい動物がいれば、“青銅の天秤”も持つかもしれません)」
「(あれは、そのようなものではない)」
アルフレッドは一蹴したが、五人を洞窟に入れないという選択はないようだった。彼は銃を降ろし、食糧と弾薬を洞窟内に運ぶよう、仲間に指示した。
「おまえたちに、右端の洞窟を貸す。わたしと、戦士10名がおまえたちを見張って、ともに過ごす。洞窟の奥には行くな。女が用を足すときは言え。背を向けるようにしよう。それとも、おまえは女たちだけの洞窟に入るか?」
「そ、そうしてもらっても、かまいませんか……」
マヌエラはおそるおそる言ったが、アルフレッドは怒らなかった。
「では、真ん中の洞窟に入れ」
そういって、背を向けた。
「武器は預かるぞ」
流ちょうな共通語で、ラグバダの戦士たちは、マヌエラたちの武器を回収した。
「あの――ケヴィンさんは、どこへ?」
わかれて洞窟に入るまえ、マヌエラは、アルフレッドに尋ねてみた。彼は、しかたなさそうに教えてくれた。
「兄はカナコを助けに行った」
「――え?」
「兄とカナコは愛し合っている。……たしかに、カナコの心火が、世界の滅びを早めたのは事実だろうが、兄はカナコを捨てきれなかった。ともに死ぬだろう」
それだけ言って、まっすぐ洞窟に入ったアルフレッドの姿ごしに、ソルテとラック&ピニオン兄弟の呆気にとられた顔が、マヌエラにも見えた。
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