ケヴィンは泣きながら説明した。

バンクスがロナウド家に用があったから、同行したこと。その際、軍医惑星の窓口のL22はかならず通るから、ついでにオルドとピーターに挨拶をしていこうと、手土産持参でおとずれたこと。ふたりがいなかったら、土産だけ置いて帰ろうとしたが、モニクとサリナは、想像以上にお節介焼きだったこと。

サリナが、ひとめでもピーターたちに会わせようと、スペース・ステーションまで連れてきたこと。一般人は陸軍本部に許可を取らないと入れないから、急いでいることもあって、軍服を貸してもらったことなど――。

 

「そりゃァ、俺の軍服だ」

「え!? オルドさんの」

「オルドさん上等兵なの」

もっと階級が高いと思ってた――と口を滑らせかけたケヴィンは、にらまれたので、あわてて口をつぐんだ。

「ど、どうりで、すこし大きいけど、僕たちもあまりブカブカじゃない……」

アルフレッドは、極めつけの失言をした。オルドも、あまり大きな方でないことを気にしているとは思わなかった。

 

「まあまあ」

オルドの目がつりあがったので、ピーターがなだめた。

「乗ってしまったものはしかたがない。それに、ルナの話では、ふたりを送り返すなという話だった。彼らがいなきゃ、ダメなんだろ?」

ケヴィンとアルフレッドは、ルナの名が出たことで、顔を見合わせた。

「ル、ルナっち?」

「ルナちゃんがどうかしたんですか」

「さっきの女性とお知り合いですか!!」

マデレード――改名後はママレード博士が、興奮気味に手帳をひらいて詰め寄った。

「さっきあの女性が言っていた! あなたがたは、L43の本当の名を知っていると!!」

「はあ!?」

「そ、そんなの、知りませんよ!!」

双子はそろって、首と手を盛大に振った。

「え? で、でも、でも、あのかたが――ルナ博士が!!」

「ルナ博士ェ!?」

「まあ、落ち着いてください、マデレード博士」

「ママレードです」

彼はやはりさわやかに訂正した。ピーターは内心、どっちでもいいと思いながら、博士と双子を座席に座らせた。

そして、おもむろに告げた。

「ケヴィン君、アルフレッド君、この宇宙船は、L43に向かっている。われわれは、傭兵グループ青蜥蜴の反乱を食い止め、首謀者であるリーダー、カナコを捜索、逮捕する任務に着いている」

「ピーターさ……いえ、ピーター中尉」

レドゥ大佐は咳払いして、忠告した。

「民間人に、話す内容では……」

「彼らは民間人じゃない――いまのところはね。地球行き宇宙船の特殊部隊の、別動隊と言ってもいいだろう」

「別動隊ですと……!?」

急に、レドゥ大佐がかしこまった。ケヴィンとアルフレッドは呆気にとられていたが、苦々しい顔をしたオルドが、「口をはさむな」とばかりににらむので、双子は口をつぐんだ。

 

しかし、やっと双子は、この状況に向かって、冷静になりはじめていた。

(なんか、似てる)

ケヴィンとアルフレッドは、双子だけに共通する意志疎通をした。見つめあうだけで。

(ああ)

――バンクスを捜す旅のときと、似たような空気を、感じ取っていた。

バンクスがきっかけで、旅に出て。

オルドがいて、ピーターがいる。

そして、ルナが関わってくる――。

 

「不安かもしれないが、ルナの話によると、君たちの存在はわれわれに必要だ。着いてきてくれないか」

「……」

双子は見つめあい――そして、聞いた。

「ルナっちが、俺たちを必要だって?」

「ああ」

ピーターは、うなずいた。

 

オルドはものすごいしかめっ面で、宙をにらんでいる。完全に目算が狂ったという顔だった。今、双子を止めているのはオルドで、ピーターが同行を許してくれているという、かつての状態とは反対だが、双子はたしかに、あのときとおなじような、「運命」を感じていた。

(なあルナっち)

ケヴィンは心の底で、尋ねた。

(ルナっちは、何者なの)

地球行き宇宙船に乗っていたあいだに、もっとルナと話しておけばよかったとか、バーベキューパーティーに参加しておけばよかったとか、思ったことは数知れない。

宇宙船にいるべきではなかったのか? という後悔を抱えたこともある。

けれどもあのとき降りていなかったら、きっとバンクスには会えなかった。

L52のバートン社のパーティーで、バンクスに会えたことも、奇跡だった。基本的にバンクスは、華やかな場所には参加しない。けれども、あのときはなんの偶然か、参加していた。ケヴィンの降船がすこし遅れても、早すぎても、バンクスには会えなかっただろう。あれは、わずかな時間の交錯が生んだ奇跡だった。

ケヴィンの才能を見込んでくれたもと編集長も、ルナもそうだが、バンクスも、ケヴィンの運命を変えたひとりだ。

宇宙船で、いっしょにパンフレットをつくった仲間たち――いちばん、四六時中ともに過ごしたというのに、すっかり疎遠になってしまった者ばかり。それなのに、ほとんど会話もなかったルナと、なにやらつよい、絆のようなものが感じられる。

それはもちろん、嫌なものではない。双子をいつでも、地球行き宇宙船にはじめて乗ったときの高揚した気分にもどさせる――あのウキウキワクワクした、冒険のはじまりに導く絆だ。

ケヴィンはアルフレッドを見た。双子の弟も、同じようなことを考えているに違いなかった。

 

「俺たちを、連れていってください」

いきなりしっかりした口調で告げた双子に、大佐は驚いたし、オルドは、「なんなんだ、おまえらは!」とついに叫んだ。

ピーターは笑った。

「着くまであと一日、時間はある。デッド・トライアングルやら、ラグバダ族の情報を一応、教えておこう――そうだ」

思いついて、ピーターは告げた。

「こちらはアダムさん。アズラエルさんのお父さんだよ」

「ええっ! ほんとですか!」

「息子を知ってんのか」

アダムは愛嬌のある目をぱちくりさせた。

「地球行き宇宙船では、お世話になりました。バーベキューパーティーに誘ってもらったんです!」

アルフレッドが握手をもとめた。

「俺は、ルナっちに一番さいしょに告白して、フラれました」

ケヴィンも苦笑いしながら、手を差し出した。

もちろんアダムは、その大きな乾いた手で、双子の両手四つ分、つつんだ。

「そうか。あんたたちも乗ってたのか」

「とにかく、サリナには連絡するぞ。アイツのことだから、まだきっと捜してる」

オルドは苦々しげに携帯電話を手にした。ケヴィンたちも、思い出した。

「バンクスさんに連絡しないと!」

「ほんとだ!」

双子がL19に向かわなければ、バンクスは心配どころの騒ぎではないだろう。

 

「特殊部隊……特殊部隊の別動隊……」

ぶつぶつ言っていたママレードは、やがて、満面の笑顔で顔を上げた。

「分かりました! もしかしたら、その“真実の名前”は、いま口にしてはいけないものなのですね! いや、僕としたことが! うっかりしていましたね。そういうこともじゅうぶんあり得ますのに」

「はは……」

どうやら都合よく解釈してくれたようだ。双子は、乾いた笑いを返した。

 

「やっぱり、君たちは、L43の本当の名は知らない?」

ピーターが確認すると、双子は、全身で肯定した。

「し、知りません! ほんとうです! L43に行ったこともないし――」

「……」

オルドが疑り深い目でにらんでいる。

「まあ、青銅の天秤っていうものはともかくも、さっきルナに教えてもらったことをつたえれば、バラスの洞窟には入れてもらえる。なら、だいじょうぶだろう」

ピーターは安心させるように言った。双子は顔を見合わせる。

ルナはどうして、双子がL43の真実の名を知っているなどと言ったのだろう。

双子はそんなもの、まったく知らなかった。

 

 

 

(――ケヴィンとアルの“真名”は、“旅するまだらネコ”)

ルナの目の前には、そっくり同じ二枚のカードが、銀色の光をほとばしらせてきらめいていた。

(ケヴィンとアルの前世は、三千年前、地球から旅立った宇宙船のうち、L43にたどりついた一基の船長だった)

つまり、いまL43にいる、「ラグバダ族」の名を借りた、地球人の一族の、始祖にあたるのだ。

(となると、いまケヴィンとアルがL43に向かうというのは、意味があるのかな)

 

ルナの指の動きに合わせて、もう一枚のカードも浮き上がった。

(ピーターしゃんのカードは“天秤を担ぐおおきなハト”それは変わってない)

けれども。

(軍事惑星が、消えかけてる……)

カード内の、天秤の周囲をめぐっている軍事惑星は、うっすらと消えかかっていた。だが、ルナにはあまり、不吉な予感がしなかった。

(これわ、軍事惑星が“消えちゃう”ってゆう意味じゃなくて)

もともと、天秤を担いでいたハトはひどく重そうで、片足を折り曲げ、天秤も傾いていた。ハトのまわりを周遊する軍事惑星群が重かったのだろう。だが、いまは星々の姿は消えかけ、ハトは天秤を軽々とかついでいる。

銀の天秤がくだけたことによって、彼の姿は変わった。

(きっとピーターさんは、これから、軍事惑星のバランスを取ってゆくんだ)

エーリヒが、いつか、「アーズガルド家は、軍事惑星群のバランサーだ」と、クラウドと話していたのを聞いたことがある。

(きっともうすぐ、ゆっくり眠れるようになるよ、ハトさん)

ルナは微笑んだ。

 

軍事惑星も、L系惑星群の存亡も――黄金の天秤に預けられたのだ。

 

「ルナちゃん、神話を読むよ」

「あいっ!!」

ルナはムンドから離れて、畳の上に正座した。すでに夜になりかけている。カザマもさきほど到着したばかりだ。クラウドの隣にはパソコンがあって、アンジェリカとアントニオがいる病室とつながっている。点滴姿のアンジェリカが、青白い顔をして、「あたしがいなくなると、コトが動き出すんだもん。参っちゃうなァ」と文句を言った。

「じゃあ、読むよ」

クラウドは、読みはじめた。

 

「“はじめに記す。これは、定かならぬ話である。なぜなら、バラス族の生き残りはラグ・ヴァーダの武神の異名をとるバラスしかおらず、われもまた、かの武神から聞き及びたる話しか記すすべはないからだ――”」

 

 



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