そのころ、カレンはクラウドから緊急通信を受け取っていた。

トリアングロ・デ・ムエルタの詳細を聞かされたカレンは、そばにいたアイリーンともども、顔色を失うことになった。すかさずアイリーンは、部下に通達した。

「フライヤの隊は、もしかしたら、反乱軍捕獲部隊の救援に入ることもあるかもしれん! なにがあろうともそこを動くなと伝えろ!」

「はっ!!」

もともと、フライヤの宇宙船は電波の中継地なのだから、動いてもらっては困るのだが、エリア25方面で面倒なことが起きれば駆り出される。万が一ということもある。

極秘ではあるが、L43にはアーズガルド当主が向かっているのだ。彼になにかあれば、一大事だ。

敬礼した部下が走っていくのを見、カレンはクラウドに笑った。

「クラウドが軍にいたら、特進ものだな。どうする? 軍にもどる?」

うしろで、アイリーンが片眉を上げている。

「アイリーンがつかってくれるってさ」

『丁重に、お断りしておくよ』

クラウドも苦笑しつつ、通信を切った。

 

「アズラエル!? いったいどうした」

オトゥールのプライベート携帯は、L22の軍事宇宙船でそうしたように、映像に映し出されていた。

「久しぶりだな!」

『おう。挨拶はあとでな』

アズラエルはおそるおそる背後を見たが、今度はルナうさが、「電話貸して!」と飛びついてくることはなかった。ルナは、やるべきことは済んだとでもいうように、まん丸い背をこちらに向けて、もくもくと肉巻きおにぎりを食べている。アズラエルはひと安心し、クラウドがしたように、トリアングロ・デ・ムエルタの新しい情報を説明した。

「それはまことか。アズラエル君!」

バラディアも傍にいるのだった。

『お久しぶりです、バラディアさん』

アズラエルは、まともな挨拶をした。オトゥールは身を乗り出して問うた。

「このことは、どこかほかに連絡を? 俺にだけか?」

『カレンには、今クラウドが話をしている。親父のほうには、その――別の奴が』

アズラエルの話が終わる前に、マッケランの使者が飛び込んできた。ここは、マッケラン屋敷内のホテルである。

オトゥールは「おそらく報告と同じ話だ! 少し待て」と使者を留め置き、アズラエルに言った。

「アカラで軍部と一部の自治体の傭兵が衝突したのは、新聞に載ったから知ってるだろ」

『ああ』

「その傭兵たちを煽っていた黒幕が分かったんだ。青蜥蜴の反乱にくみした傭兵グループの一部だった」

『ほんとか』

「ああ。そっちは、エルドリウス大佐の指揮で、L19の軍が鎮圧に向かったんだが、べつの問題も出てきた」

アズラエルは嫌な予感がした。『どうした』

「反乱軍はすぐ鎮圧された――だけど、エルドリウス隊がもどってこない――情報が錯綜してるんだが、どうも、辺境地区のほうで――貴族軍人の引退地として有名なイルシンキ――アズも知ってるだろ」

オトゥールも混乱しているのがアズラエルにもわかった。だんだん、昔なじみの口調になってきた。

『ああ』

「聞いて驚くなよ」

オトゥールは、ほんとうに困り果てたため息を吐いた。

「そっちで、飼っていたチワワがセントバーナードみたいに巨大化して、飼い主を襲ったって話があったんだ」

『なんだと!?』

「それだけじゃない。放牧されていた牛や馬が、チワワの大きさになったって――重戦車みたいなネズミの群れが高原を走っていくのも目撃されてる。エルドリウス隊は急きょ、その地区の避難誘導に向かったんだ」

アズラエルは呆気にとられていた。オトゥールは、真剣に尋ねた。

「もしかして、これも、トリアングロ・デ・ムエルタなのか?」

『……』

「エーリヒからも連絡が来たんだ。L03でもおなじ現象が現れているって」

アズラエルは、一瞬、答えられなかった。だが、銀の天秤が崩壊したことで、ラグ・ヴァーダであるL03と、軍事惑星群に、真っ先に影響が出ているのかもしれない。

銀の天秤を授けた女王はラグ・ヴァーダの女王で、繁栄を授けられたのは、軍事惑星のドーソン始祖だったのだから。

トリアングロ・デ・ムエルタは、いずれ、全世界を覆うと月の女神は言ったのだ。

クラウドならどういうだろうか、と電話中の相棒をふりかえり、アズラエルはしばし考え込んだあと。

『もしかしたら』

アズラエルはしかめっ面でつぶやいた。

『もしかしたら、そうかもしれねえ』

「対策はあるのか」

オトゥールはすかさず聞いたが、

『いや……その……』

めずらしくアズラエルは言葉を濁した。あまりにも浮世離れした「対策」を、彼は口にすることができなかった。

ルナがどうにかする、など、説明にもならない。

だが、オトゥールは察してくれたようだ。

「言いづらいことならかまわない――とにかく、教えてくれてたすかったよ」

それ以上、追及はしなかった。

「これと同じことは、カレンと、それからL43に向かっているピーターには、告げてあるんだな」

『そうだ』

「分かった。このことを踏まえて、こちらでも対策を取ってみる――」

『対策っていう対策は、立てられねえだろ。とにかく安全なところへ逃げるのを優先しろと――その、』

アズラエルはルナが、と言いかけて、慌てて『クラウドが』と言い直した。

オトゥールはいつもの彼らしく、さわやかに笑った。

「ああ。分かっている。エーリヒ叔父もそう言っていた」

『そうか……』

「L18にもどったら、連絡をくれ。たまには一緒に飲もう。アズの奥さんになる人も、いっしょに」

『ああ、じゃあな』

「じゃ、L19で」

通信は切れ、「父上」とオトゥールはうながした。バラディアもうなずき返した。

「軍議の再開だな」

 

 

 

「こっちもずいぶん、予定変更になるな――なにしろ、カナコを捜す手間が省けた」

ピーターは苦笑気味に言った。

最初の予定では、トリアングロ・デ・ムエルタがはじまっていなければすぐに入星するか、はじまっていれば、三日間のトリアングロ・デ・ムエルタが終わり次第L43に上陸し、DLに接触しないよう、カナコの行方を捜すのが目的だった。

「トリアングロ・デ・ムエルタも三日じゃ終わらない、条件付きでなきゃ、洞窟にも入れない、となると……ママレード博士、」

「マデレードです」

マデレードは、はじめて自己紹介するときのように、すばらしい笑顔で、さわやかに訂正した。怒りはなかった。

「すまない。――ええと、つい、ルナにつられて」

「なかなかユニークな方で、ふふっ」

マデレードは、最高の気分だった。

「いいんですよ、今日からママレードに改名しようかな。なにせ、長年膠着していたバラス族の情報に、新風を吹き込んだ方がそう呼んでくださった。さすが奇跡の起こる地球行き宇宙船ですなあ! ものすごい研究家がいる。あのかたは、なんの博士号を? 原住民研究家で?」

博士と名のつくものは、ちょっと変わった人間が多い。オルドは、「ただのうさちゃんだよ」と言った。

「うさちゃん! うさぎのクローンでも研究を?」

無為な会話が強制終了されたのは、泣きそうな顔のケヴィンとアルフレッドが、連行されてきたからだった。

 

「わあああん! 俺たちは、なにも悪くありません!!」

「お、オルドさんたすけてえ! 僕たちは、ただ、お土産を置きに来ただけなのに――」

ケヴィンとアルフレッドは、泣きそうを通り越し、すっかり号泣していた。あまりのご面相に、オルドは怒るのも忘れて、ティッシュをまず与えてやった。そして、ケヴィンの軍服の襟首をつかまえ、「ケヴィン・O・デイトリス上等兵?」と凄みのある声で名を呼んだ。壮絶な嫌みだった。

「おまえら! いったいどうやって、この宇宙船に潜り込んだ。この軍服は、どこからかっぱらったんだ!」

双子が着ているのは、階級章付きの軍服である。

「俺たちが潜り込んだんじゃないです! 連れ込まれたんですよう!!」

「この宇宙船、どこにいくんです? うちには帰りませんよね!?」

ずいぶん荒っぽい連行をされたのか、双子はすっかり怯えきっていた。首根っこ引きずって来いと命令したのはオルドである。彼は反省の意味も込めて、声をやわらげた。

「――どういうことだ?」

「俺たちが軍事惑星に来たのはホントです。でも、この宇宙船に乗るつもりは、これっぽっちもなかった……!」

 



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