ピエトがシャワーを浴びて服を着替えているあいだに、アルベリッヒやアントニオ、グレンにセルゲイと、一気に帰ってきたので、ピエトがピエロを抱きかかえ、アントニオとセルゲイに手伝ってもらって、集会場にいる人数分の食事を運んでもらった。

ルナはなんだか、とてつもなく力が出ないのだった。トレイを持つのが、やっとだった。

「ルナ、だいじょうぶ?」

ピエトのほうが不安そうに聞いてくるくらいだった。

 

集会場では、アンジェリカが布団に横になっていた。妊娠中の彼女も、疲労の色が濃い。

「イシュメル・マジック入りか。恋しくなっていたところだったんだ」

クラウドは笑顔で言って、おにぎりをぱくついた。まったく、元気なのは軍事惑星出身者と、ペリドットくらいなものだった。戦争であちこち行き、緊張が続く環境が通常スタイルだった彼らと、ほぼ野生化しているラグバダ族の王は、風雨がしのげる屋根の下で数日缶詰めになったところで、へこたれもしないのだった。

「エーリヒと連絡は、まだ取れないの」

「五分ごとにかけているんだが、無理だな」

ルナの問いに、クラウドはストーカーも真っ青の発言をしたが、やはりまだ連絡は取れなかった。

「ミヒャエルのほうも、まだなの……うはあ~、しみる~……」

アンジェリカが、イシュメル・マジック入りのスープを飲んで、泣きそうな顔をした。

「いきかえる……すんごいいきかえる……ああ~、イシュメルのご加護に多大なる感謝を~……」

アンジェリカの顔色は、スープを飲むまで、真っ白だった。

「アンジェ、一度病院に行こう」

アントニオがそういって、アンジェリカの腰をさすったが、彼女は「うん」と言わなかった。

先日のペリドットの説教には、じつはそのことも入っていたのである。ペリドットは、赤子のためにも病院へ行くか、一度ゆっくり部屋で休むよう言ったのだが、アンジェリカはめずらしく、頑強に首を縦に振らなかった。

「もうちょっと――もうすぐなにか動きそうだし、ギリギリまで」

イシュメル・マジック入りのごはん食べたら、なんとかなるし、とアンジェリカは、サンドイッチを頬張りながらごまかす。

「アンジェ」

サルビアも困り顔でたしなめた。姉はすでに、口が酸っぱくなるほど言っている。

「これ以上顔色が悪くなるようなら、強制的に搬送するぞ」

ペリドットは、怖い顔でそう言った。

 

「らいじょうぶでひゅ。あんじぇは病院に行きます。“あにさま”がそうしてくれるって、ゆった」

ルナは大きく切りすぎたジャガイモをもごもご頬張りながら、言った。アズラエルは、ルナが、めずらしく明太子おにぎりを、クラウドと奪いあわないのを不思議に感じていた。

「あにさま?」

アントニオが聞き返したとき。

冷蔵庫に残っていた、ツキヨ手製のヨーグルトケーキを持って、最後に二階部屋に入ってきたセルゲイが、アンジェリカの顔を見るなり、ものすごく怖い顔をした。ルナも一瞬、じゃがいもを喉につまらせかけたし、ピエトはピエロを抱きしめたまま、パパの後ろに隠れた。

「アンジェちゃん、まだ病院行ってないの……」

夜の神を降臨させた医者が、そこにはいた。おりしも、真砂名神社の麓であり――空はたちまち真っ暗になり、ゴロゴロピカァと怪しい気配になりはじめた。

「病院へ――“行けと言ったではないか”」

後半は、完璧に夜の神の音声だった。

しかも、さきほどのラグ・ヴァーダの女王の声のように、あたりに反響して――ピエロがギャン泣きしたし、ピエトも泣きべそをかくくらい、怖かった。

 

「ヨ、ヨーグルトケーキ、食べたかった……」

それが、アンジェリカの本日最後の声だった。アントニオに抱えられながらアンジェリカは退室した。ふたりが集会場から消えると、空は元通りになり、セルゲイも、もとののほほん顔にもどった。

「このあいだ言ったんだよ? 屋敷で会ったとき。顔色が悪いから、病院へ行けって」

セルゲイも少し、怒っていた。本意ならずとも、セルゲイはまた、当分ピエトにくっついてもらえない結果となった。

結局アンジェリカは、一週間ほど絶対安静を言い渡された。

 

「これうめえ!」

ピエトが、オムライスおにぎりを頬張ってうれしそうな声を上げた。

「チーズはいってる!」

エビマヨにツナマヨ、明太子に、塩昆布、梅干し、おかか、鮭フレークと胡麻、ケチャップご飯のオムライスおにぎり、炊き込みご飯を大葉で巻いたおにぎり、アズラエルだけではなく、男子どもに評判のいい肉巻きおにぎりなど、今日のおにぎりは、なんだかやたらバリエーションが豊かだった。

そのかわり、サンドイッチは、ジャムサンドのみだった。

 

「ルゥ」

ルナは、スープだけを片付け、おにぎりには手を付けずに、いっしょうけんめいじゃがいもをもふっていた。アズラエルの声も聞こえないように。

「ルゥ」

「ぷ?」

「おまえも、すこし休め。食い終わったら――」

「うん。もうちょっと」

めずらしく、一等先に食べ終わったルナが、プリズムが周遊するムンドの前に立ちはだかった。

ひときわ大きなプリズムがみっつ、キイン! と音を立ててぶつかり合い、三方へ散る。

慌ただしい夕食が終わって、鍋や皿を部屋のすみに寄せたときだった。

 

「トリアングロ・デ・ムエルタがはじまるよ」

「え?」

 

ルナのつぶやきとともに、クラウドが即座にムンドに張り付いた――プリズムは逆三角錐から正三角錐となって、ムンドの上空にある宇宙と、いちばんたくさんの洞穴が密集するあたりと、北海域近くのちいさな洞窟へ、三ヶ所に設置された。

「トリアングロ・ハルディン(三角形の庭)が……これが、正確な位置か」

ペリドットも、ムンドに近寄った。

「逆三角錐が――正三角錐に?」

これは、いったい何の意味が――とサルビアが言いかけた。

三ヶ所のプリズムには、カードが浮かび上がった。上空の、宇宙にあるプリズムには、「幸運のペガサス」、洞窟が密集している位置には、「ラッキー☆ビーグル」と「運のいいピューマ」、ちいさな洞窟には、「幸運のドラゴン」。

ルナはそれを見て、言った。

 

「クラウド、マックさんとアダムさん一行は、この小さい洞窟のそばに降ろさなくちゃいけません」

「――え?」

「でも、この洞窟は小さくて、ある程度の食べ物や通信機器を降ろしたら、5人くらいでいっぱいいっぱいね」

ルナの声は、月を眺める子ウサギの声に変わっていた。

「うん――ケヴィンたちに青銅の天秤も見せなければならないし、ライフ・ラインに、移動を――」

「ライフ・ラインとは?」

ペリドットが尋ねると、月を眺める子ウサギは言った。

「今回のトリアングロ・デ・ムエルタには、一日にたった一時間の空白時間があります。そのあいだだけ、トリアングロ・デ・ムエルタが止む」

「ライフ・ライン――トリアングロ・デ・ムエルタには、一時間の空白時間帯があるっていうのか?」

「ええ。それが一日のうちいつ訪れるかはわからない。そのタイミングを見て、宇宙船を漂着させる。宇宙船は、ここへ」

ピンクのウサギがぴょこん、とムンドのほうへ移動して、ちいさな洞窟と大きな洞窟にはさまれた、真ん中あたりを指した。

「幸運の三角形――トリアングロ・ハルディンに守られた宇宙船は、動物たちに壊されることはない」

「わ、わかった」

クラウドは、ただちにカレンに連絡する姿勢を見せたが、月を眺める子ウサギに止められた。

「もうすこし、お待ちなさいな」

 



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