唐突に、集会場の窓の外に、金色の閃光がほとばしり、皆は窓に結集した。外は暗くなっていたから、その閃光は、だれの目にもまぶしくとらえられた。

「なんだ、あれは――」

商店街のナキジンたちも、大路に出ていた。窓を開けたペリドットは、「ナキジン!」と叫んだ。

「なにが起こった!?」

「分からん!!」

ナキジンは叫びかえした。

真砂名神社の奥殿にあったはずの黄金の天秤が、階段の真下にあった。煌々と、黄金の輝きをまとっている。そして、階段の頂上には、寿命塔が現れたところだった。

「寿命塔が!」

だが、いつもの寿命塔とはちがっていた。白い石でできているはずの寿命塔は、巨大な黄金の柱となり、寿命を表示する箇所の数字は、「13」をしめしていた。

 

「おい、冗談だろ――」

ペリドットが、息をのんだ。

「世界滅亡のカウントダウンか?」

男たちは「はあ!?」と叫び、サルビアの顔色も変わった。

ピエトだけが、「あの塔、黄金の天秤の軸に似てるぜ? ――すごく綺麗だ」と見とれていた。

たしかに、寿命塔は天秤の軸のようだった。だが、階下にある天秤棒をかついで、寿命塔の上に乗せるにしても、寿命塔はあまりに巨大である。三メートル近くあり、セルゲイでさえ、背を伸ばしても届かないだろう。

ルナでは、完全に届かない。

「あれで、いいのよ」

けれども、月の女神は、そう言った。

 

「――トリアングロ・デ・ムエルタは、生態系の逆転です」

 

ルナの姿をした月の女神は、銀色の光をまとって、ムンドのまえにたたずんでいた。

「生態系の逆転!?」

「そう。この世界の生態系は、正三角錐。頂点に、人間がいる」

ルナの小さな手のひらの上に、正三角錐――プリズムが現れた。

「いちばん上は人間、その下は肉食動物、その下は小食動物、その下は草木や花、いちばん下が、バクテリアたち、分解者」

ルナが手のひらをひっくり返すと、プリズムはふわりと浮いて、逆三角錐になった。

「こうなると、人間がいちばん下」

「……!」

「大きなものが小さくなり、ちいさなものが大きくなる。草食が肉食を捕食し、大地をかけ、周遊していく。十日たてば、今度は草木たちが動物を捕食する。最後はバクテリアが無に帰す」

ルナの手から、プリズムが離れて、結晶となって消えた。

「13日目には、すべてが滅びる。大地だけが残る」

 

――それがほんとうの、トリアングロ・デ・ムエルタ。

 

「……!!」

クラウドは、知らず、手が震えていた。ピエトは、一度も怯えたことがないクラウドが怯えてるのを見て、そっと手をにぎった。はっとしたクラウドが、「だいじょうぶだ」というように、汗ばんだ手で握り返してきた。

 

「13日を過ぎたら、トリアングロ・デ・ムエルタはラグ・ヴァーダ惑星群、すべてを侵食していく」

「……やはり三千年前、ラグ・ヴァーダ惑星群は一度、滅びたんだな?」

トリアングロ・デ・ムエルタによって。

ペリドットの重い声に、月の女神はふわりと笑んだ。この上ない恐ろしい話を聞かされているというのに、すべての緊張を、たちどころにゆるめるような、淡い笑みだった。

「正確には、三千百年前くらいかしら。けれども、マーサ・ジャ・ハーナの神は、人類を残した」

「ラグバダ族と、バラス族」

クラウドの言葉に、女神はうなずいた。

「新天地L03で国家をつくったのがラグバダ族、L43にのこったのが、バラス族」

月の女神は、ルナと重なるようにして、消えた。部屋一面に、うっとりするような桃のかおりがただよった。

「L43のもとの名は、テッラでもインフェルヌスでもない。――ヴァン・クス」

「ヴァン・クス――」

「ぺげっ!!」

クラウドが思案気味につぶやいたと同時に、ルナがおもいきりくしゃみをした。

月の女神は去り、アホ面のルナが、残されていた。

「終わったから、エビマヨと肉巻きおにぎり食べる」

ルナが明太子を食べなかったのは、肉巻きおにぎりとエビマヨおにぎりを食べたいがためか。緊張のかけらもないくしゃみに、みんなの肩が、ガクーっと下がった。

 

「とにかく、俺はカレンとアイリーンに連絡を――アズ、アダムさんたちに直接連絡したい。今の話を。できる?」

真っ先に気を取り直したクラウドが、そう言った。

「ああ。マックの番号も、親父の番号も、携帯にはいってる」

クラウドがノートパソコンを開いた瞬間、そこにはエーリヒの顔がドアップで映っていた。

「うわあ! びっくりした!!」

『すまん、連絡が滞っていて――なにもそんなにびっくりすることはないだろう』

エーリヒのほうが、クラウドの絶叫顔に怯えていた。無表情で。

「寒気がするような話を聞いたばかりなんだよ、こっちは!!」

『ホラーかね? それはわたしも苦手だ』

エーリヒは咳払いをし、慌ただしく言った。クラウドもやっと気づいた。エーリヒの背後は、ひどくせわしなく人が行きかっている。カーダマーヴァ村にある、L19の駐屯地内だろうが――。

「もしかして、なにかあったのか?」

『察しが早いな。結論から言うと、わたしは君たちに、神話を話す時間はなくなった。こっちはこっちで、トリアングロ・デ・ムエルタがはじまってね』

「なんだと!?」

アズラエルが怒鳴った。

『カーダ・マーヴァ地区とはかなり離れた原住民の集落なんだが、巨大なツグミが発見されて、ちいさなゴリラを食ったという話が来た。これだけ聞くと、わけが分からんだろう。サルがゴリラになり、ゴリラがサルらしい。少数民族の言葉で、よけいに訳の分からないことを言われて、こちらも大混乱だ――まあ、報告も混乱していて意味をなさん。結論から言うとさっぱりわからん状態になっている。どうやら、こんな離れた地区からも軍を出さねばならないらしい。マウリッツ大佐にはしばらく世話になったのでね、わたしも様子を見てくる』

「エーリヒ、君は」

『ああ。わたしは神話を熟読済みだ。だが、10日過ぎれば、だれの力もおよばなくなる――それは、神話を読めばわかる。いまのところ、避難しかあるまい』

 

月の女神が言っていた言葉を思い出し、クラウドは息をのんだ。

 

――大きなものが小さくなり、ちいさなものが大きくなる。草食が肉食を捕食し、大地をかけ、周遊していく。十日たてば、今度は草木たちが動物を捕食する。最後はバクテリアが無に帰す――

 

13日目には、すべてが滅びる。大地だけが残る。

 

 「エーリヒ、はやく神話の内容を知りたいんだが」

 焦るクラウドに、エーリヒが戸惑う声を出した。

『わたしがここを離れねばならん代わりに、カーダマーヴァ村の長老に、お願いしたはずなのだが。ミヒャエル嬢に書物を、とね』

届いたかどうか、確認のために連絡したと彼は告げた。

「届いていないんだ!」

クラウドの絶叫。エーリヒは首を傾げた。

『おかしいな。そもそも、わたしは銀の天秤が壊れたことを長老に話したのだ。そうしたら、彼は顔色を変えて、急に協力的になった。だから、ウソをつくはずはないと思うんだが――』

 



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