「カナコですと!? 青蜥蜴リーダー、カナコがそこにいるのですか!」

軍人が叫んだ。

「います」

ルナは、後ろを振り返りつつ、言った。ルナはムンドで位置を確認していたのだが、ルナの奥に見える不思議な立体地図を、軍人たちは目を凝らして見つめた。

あれはなんだ? 見えそうで、見えない。

 

「カナコが……」

アダムがつぶやいた。

「カナコがそこにいるのか。ラグバダ族の首長と」

ピーターが再度確認した。ルナは『うん』とはっきり答えた。

『ちいさな洞窟は、なにもないの。それで、ケヴィンさんは、ケガをしていますから――銃で撃たれて足にけがをしてる――る――るので、お薬も!』

「わかった。軍医を連れていく」

オルドが言うと、ルナはあわてて言った。

『あんまり人数やしちゃだめ。その洞窟は、ほんとにちいさくて、いろんな荷物持って入ったら、さっき言った五人で限界だと思う。アダムさん、ひとりでふたりぶんあるし』

だれもがアダムを見たので、アダムは嘆息した。いまさらダイエットは無理だ。

『それにね、一時間ってみじかいの。一時間内に宇宙船を降りて――』

オルドは手元のタブレットで、L43の地図を表示していた。

「そうだな。一時間内に宇宙船を降りて、北海域の洞窟まで行き、ケヴィン首長と交渉して洞窟に入れてもらわなきゃならない。たしかに、時間が足りねえ。無駄を省くしかねえ」

 

 ルナはつづけた。

『それで、軍隊さんは、みんな宇宙船に残ります』

「ピーター様を、護衛もつけずに行動させるわけには参りません」

実質、この作戦の指揮官であるレドゥ大佐は、そう叫んで敬礼の形を取ったが、ルナは首を振った。

『トリアングロ・ハルディンのなかにあるかぎり、宇宙船はバラスの洞窟とおんなじになります。安全です。それに、さっきもゆったけど、ピーターさんたちが行く洞窟は、すごくちいさくて、みんなは入れないの』

「と、とりあんぐろ……?」

レドゥ大佐が困惑していると、

「分かった! セーブ・ポイントだな!?」

マックがゲーム機片手に、叫んだ。

「そこだけは、敵の攻撃を受けない安全地帯になるってことか!」

『そのとおりです!!』

ルナも叫び、つづけた。

『それから、つぎのライフ・ラインのとき、ケヴィンさんは皆さんを移動させると思います。そのとき、マックしゃんは、その洞窟をぜったい動いちゃダメ』

「ええ!? 俺一人、置いて行かれるの!?」

マックの目は飛び出た。ルナは困り顔で言った。

『う~ん、さみしかったら、だれかもうひとり残ってもよいよ? でも、ゲームやってれば、十三日なんかすぐ過ぎるよ?』

「あ、そうかも――って、それどころじゃねえだろ!!」

マックはひとりで突っ込んだ。それからはっと気づいて、ふたたび目が眼窩からオサラバした。

「なんで俺が、ゲーム好きって知ってるの!?」

だいたい、アズラエルから聞いたのだろうとアダムは思ったが、もはや、ツッコミどころがありすぎて、なにも言えなかった。

 

『マックさんは小さい洞窟、マヌエラさんは、大きい洞窟、フライヤさんは、中継地点の宇宙船、ぜったいその位置を動かしちゃだめ。それがトリアングロ・ハルディンをつくります。幸運の、三角形の庭です。宇宙船を守ります』

 

「ルナ――君は、いったい」

さすがのピーターも、口を開けた。オルドがそれを制し、聞いた。

「ほかに注意事項はあるか?」

『う、うん、ちょっと待ってね――ええと』

ルナはふたたび後ろを振り返った。軍人たちは――レドゥ大佐ですら、めいっぱい背伸びをして、画面の向こうをたしかめようとした――ルナの後ろになにがあるか、気になって仕方がないのだった。すくなくとも、カンペではない。

『食糧とかは15日分、最低でも用意して。ちいさい洞窟にはマックさんひとりぶんだけども』

「どうしても、俺をひとり置いていくんだな!!」

マックはもう、泣きそうだった。

「糧食は、一ヶ月分の備蓄があります」

レドゥ大佐がすかさず報告した。

研究家マデレードは、真剣な顔で手帳とにらみ合った。

「今回は、15日はつづくということか……!?」

 

最後にルナは、とんでもない爆弾を落として、通信を切った。

『あとね、宇宙船の中に、ケヴィンとアルがいるはずなの』

「――は?」

今度は、オルドが間抜けな返事を返す番だった。

「ちょっと待て――ケヴィンとアルって、まさか――」

オルドは耳を疑った。だが、ルナは真剣な顔でうなずいた。

『うん。ケヴィンとアル。でも、追い出しちゃだめだよ? あのふたりがいないと、ラグバダケヴィンさんたちはみんなに青銅の天秤を見せてくれないからね? ケヴィンとアルが、L43の本当の名前を知ってるからね?』

「……!?」

「青銅の天秤!? L43の本当の名だって!?」

マデレードは、血圧が急上昇して、鼻血まで噴いた。

「ぼくは今、いったいなにを聞いたのだ!?」

『それじゃばいばい。あたし、黄金の天秤で、いっしょうけんめいします。ありがとね、ピーターしゃん』

「うん、ばいばい」

ルナからは見えないはずだが、ピーターは笑顔で手を振った。通信は切れた。結局、アズラエルはあのあと一言もしゃべらなかった。

 

「……」

当然だったが、この部屋にいた将校と傭兵は、そろって頭がまっしろ、という意味の沈黙を落とした。さわいでいるのは博士だけで、だれもが、情報を処理しきれなかった。

「今の、少女は――?」

レドゥ大佐が、不思議そうに尋ねた。アダムは、「息子の嫁だ」と言いかけ、それで説明が済むわけでもなく言葉を詰まらせたし、マックは「ひとりは嫌だあああ」と頭を抱えていた。

「宇宙船の特殊部隊の子だよ」

「宇宙船の、特殊部隊!?」

ピーターの苦笑交じりの言葉に、その場にいる軍人全員の顔が引き締まった。なぜか、真っ暗になった画面に向かって、敬礼する者までいた。

アストロスでのメルヴァ軍掃討戦において大活躍したという「地球行き宇宙船の特殊部隊」の存在は、もはや伝説である。

じっさい、なにをしたかは伝わっていないのだが。

「特殊部隊か……そうなるのか」

アダムは呑気に無精ひげを掻いていたが、ひとりこめかみに青筋を走らせたオルドが、しばしの空白のあと――めずらしく怒鳴った。

「点呼を取って、人数を確認しろ!」

「はっ!!」

将校の一人が敬礼した。

「ケヴィンとアルフレッドという、同じ顔の兄弟がいたら、首根っこひきずってここへ連れて来い!!」

「了解しました!!」

 



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