二百二十一話 トリアングロ・デ・ムエルタ Ⅱ



 

 ――宇宙船を降りて、最初に見たのは、圧倒的な木々の集合体だ。不時着するときに眼下に見た、世界をおおう密林のなかは、思った以上に荘厳だった。

気圧、正常。気温と湿度は多少高いが、人間に害のある数字ではない。空気中の酸素の配合は適度、異常なウイルスの存在は確認されない。外敵、なし。ケヴィンは真っ先に、地上へ降りた。

 宇宙船においたプランターとは比べ物にならない、圧倒的な緑。

気温は高く、ひどく蒸し暑かった。すぐに頬が、露で濡れた。

 ゆたかな酸素。ケヴィンはすんだ空気を吸い込むように、おそるおそる深呼吸をした。隣の弟、アルフレッドも同じことをしてむせていた。

 自分と同じ、迷彩服を着た弟は、盛大にむせたあと、笑顔になった。

長年の宇宙船暮らしで、ゆたかな酸素を体内に入れるのはひさしぶりだ。つぎつぎに乗組員が降りてくる。不思議なもので、みんな、この世界を見たとたんにすることは同じだった。あまりにも新鮮な、空気を吸うこと。

 なにせ、二十年間も、果てない宇宙を旅してきたのだ。

 空にあるのは、故郷の地球とおなじ太陽。信じられなかった。地球と同じ大気をもつ星があるなんて。原始の地球とは、はたして、こういった世界だったろうか。空を三角形に隊列を組み、飛んでいく鳥の群れは、故郷で見た渡り鳥の群れに似ている気がした。

 ふと気づくと、素っ裸の少年が――青年とも、少年ともいえる顔立ちの、褐色の肌の男が、立っていた。

 彼は、ひどく驚いた目でこちらを見ている。ケヴィンは民俗学者らしい用心さで、おそろしく純朴な笑みを浮かべ、敵意がないことを身振りでしめした。そして自身を指し、名乗った。

 「わたしは、ケヴィン。ケヴィンです。地球というところから来ました」――

 

ケヴィンは揺り起こされて目覚めた。はっと顔を上げると、オルドのしかめっ面があった。

 「起きろ。あと一時間で到着する」

 「あ、はい……」

ケヴィンは目をこすりながら、横で寝ていた双子の弟を起こした。

トリアングロ・デ・ムエルタが消えるとされる、ライフ・ラインの時間がいつ来るか、定かではない。しかし、そのライフ・ラインの時間帯を待たなければ入星できない。この先下手をすれば、24時間眠れなくなることも考えられるので、オルドはふたりに仮眠を取らせたのだった。

 「ケヴィン」

 アルフレッドは、すでに起きていた。目をこれでもかと見開いて、ケヴィンを見つめていた。

 「ケヴィン、ぼく、」

 ケヴィンは、自分の口の前に人差し指を立てた。

 弟の言いたいことは分かっている――ケヴィンも見たのだ。

 不思議な、夢を。

 

 「食っとけ」

 オルドは、双子に固形栄養食品と、ミネラルウォーターのボトルを投げてよこした。あわててキャッチしたケヴィンだったが、アルフレッドは取り落とした。

 起きてはいるが、まだ、あのリアルすぎる夢の淵から、もどっていない顔をしていた。

 眠るまえに、双子はマデレード――改名後はママレード博士から、L43の簡単な説明を受けた。それは簡単ながらも、「仮眠の時間が減るから、そのへんにしておけ」とオルドに止められるほど精密で長い説明だったが。

 そのせいだったろうか。

 ケヴィンは、まるでカーダマーヴァ村についたときと同じような――懐かしさを感じる夢を見ていた。

 ラグバダ族首長ふたりの名を聞いたときから、運命しか感じなかった。

 首長たちは、代々、双子と同じ名前を持つ。

 ケヴィンと、アルフレッドという――。

 (カーダマーヴァ村のときのように)

 ケヴィンは、口には出さなかったが、確信していた。

 (俺たちは、ずっと昔、L43に住んでいたことがある?)

 民俗学者のケヴィンは、新天地をもとめる探索隊として地球を旅立ち、およそ二十年後に、L43にたどり着いたのだ。

 (クラウドさんの別動隊が、L03についた)

 ほかの二基は、どこへ着いたのだろうとケヴィンは考えたが、思い出せなかった。

 しかし、やはりL43の本当の名など、知らないし、思い出せない。夢の中でも、出てこなかった気がする。

 

 オルドは、食べ物をわたしたあとも、部屋を出なかった。彼のそっけなさなら、さっさと用が済めば去ると思っていたのだが、ちかくの寝台に腰を下ろした。

 「オルドさんもL43ははじめてですか」

 ケヴィンは、オルドから渡された携帯食をかじりながら、聞いた。

 「マデレードを抜かせば全員はじめてだ」

 「そっかあ」

 「しつこいようだが、おまえら、ほんとうにL43の本当の名ってのは、知らねえんだな?」

 「あ、はい。それは知りません」

 そのことを考えていたばかりだ。ケヴィンは、首を振った。

 「なんでルナちゃんは、僕たちが、L43の名前を知っているなんて、言ったんだろう」

 アルフレッドは、眠りに着く直前まで、ずっとそのことをつぶやいていた。

 「バンクスから、それらしいことを聞いているとか」

 オルドは珍しく、食い下がった。だが、双子はそろって首を振るしかなかった。

 「心当たりはありません」

 「バンクスさんも、L43に行ったことはないと思います」

 「L44には、連れて行ってやろうかなんて、言ってくれたことはありますけど」

 ケヴィンが照れながら言ったが、それは言葉だけで実現化しなかったことを表していた。

 「バンクスさんに連れられて行った場所で、L4系っていうのはほとんどなかったです。俺たちは、軍事惑星群か、辺境の惑星群がほとんど」

 「――そうか」

 オルドはやっとあきらめたが、双子は、オルドが食い下がる理由もなんとなくわかっていた。

 ラグバダ首長のふたりが、ケヴィンとアルフレッドという名であり、なぜかとんでもないタイミングで、同名の双子が、この宇宙船にいた――オルドの脳みそも、すっかりぶっ飛んでしまっているのかもしれない。

 この、絶対的リアリストのオルドも、なにか意味があるのではないか、と考えてしまうほど。

 「本当の名ってのを知らなくても、洞窟には入れるらしいから、べつにいいんだが……」

 オルドはつぶやいた。

 「取引材料なら、あるに越したことはない」

 



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