双子も仮眠前に、ママレードから聞いたが、バラスの洞窟には、決められた人間しか入ることができない。いきなり行って、受け入れてもらえるものではないのだという。

 南にひろがる無数の洞穴は、北のラグバダ居住区の洞窟とはつながっていないから、だれでも入ることができる。南はDLの支配下にあるから、DL以外は入れないのが現実だが、基本的に、そちらの洞窟は「権限」などいらない。だれでも入られるのだ。

 つまり、あとからL43に移住してきたDLの戦闘員たちは、先住民たるラグバダ族の許可がなくても、洞窟をつかえたわけである。

 しかし、北のラグバダ居住区にある洞窟は、そういうわけにはいかない。

あそこには、「青銅の天秤」がある。

 もちろん、北の洞窟もあちこちに入り口はあるが、つながっている。その最奥には、青銅の天秤が安置された祠がある。天秤を守るために、北の洞窟は、ラグバダ族が認めた者しか入ることができないのだ。

 それが、「権限」である。

本来ならば、権限を得るのには、数年かかるというマデレードの意見だった。まずは彼らと交流し、信用を得、それから、首長たちが青銅の天秤に問いかけ、入れてもいいかどうか尋ねるという。そこまでしなければ、バラスの洞窟には入られない。

カナコやラリマー、青蜥蜴の幹部の一部と、ママレード博士は、長年にわたるラグバダ族との交流により、バラスの洞窟に入ることを許可されていた。

 そんな彼らでも、奥の祠へは、一度も行ったことがなかった。

 

 「カナコとケヴィン首長がいるのは、北海域近くのちいさい洞窟だって話だ。あそこは、マデレードの話じゃ、どこにもつながっていない、人工の穴だっていうんで、おそらく多少の交渉で、俺たちも入れてもらえるんじゃねえかという話だ」

 「そこは、青銅の天秤がある祠にはつながっていないからという理由ですよね」

 「ああ。そもそも、俺たちの目的は、カナコの逮捕だ」

 L22の軍隊がピーターを乗せて、L43に向かっているのは、カナコの逮捕と、逮捕前にカナコとカナリアを対面させるのが目的だ。

 「だから、それがすめば、すぐにカナコをしょっ引いて連れ帰ってもいいわけなんだが?」

 一日のうち、一時間のライフ・ラインがある。最初のライフ・ラインで星に降り、次のライフ・ラインのときに、ふたたびカナコを連れて宇宙船にもどり、撤退するのが本来の筋だろう。オルドの語尾が疑問形だったのは、それですまないことを感じ取っているからだった。

 ルナの話によれば、15日分の糧食を用意して向かえとのことだった。

 いつもならば3日間で終わるトリアングロ・デ・ムエルタが、今回は13日間続く。

 なにか不測の事態が起きて、15日の駐留を余儀なくされるのか。

 ケヴィンがわれらに見せたいと願う「青銅の天秤」とはなにか。

 その答えが、「L43の本当の名」に関わっていると、オルドは思ったのだった。

 

 「どう思う」

 「ど、どどどどどどどう思うって……」

 ケヴィンは、オルドに頼られたのははじめてで――というか、意見を求められたことが初の体験で――喜びとうれしさを隠し切れず、表情におもいきり出しながら、言った。

 「俺たちは、ほんとに、L43の名前は分かりません」

 ケヴィンはクソ真面目な顔で、告げた。

 「でも、俺もアルも、なんとなく、運命を感じています」

 「う、うん……! カーダマーヴァ村に向かったときと、一緒なんです!」

 アルフレッドも言った。

 「……」

 オルドはバカにしているのではない、いつものクールすぎる視線で双子を見つめていたが、

 「まァ、おまえらの肚が、意外に座っているのは、俺も知ってる」

 オルドの台詞に、双子は目を丸くして、顔を見合わせた。彼は、「三十分前になったら操縦室に来い」と言って、仮眠室を出た。

 

 (15日か……)

 カナコの捜索と逮捕にかける時間は、もともとひとつきと見込んでいた。それは、カナコが最悪、DLに捕らわれた場合のことも考え、奪還に必要な時間も入っている。

 DL対策のために、L22のレンジャー部隊と、人質奪還に長けた傭兵グループのメンバーを連れて来たのに、彼らの出番はなさそうだ。

 (ピーターもいるんだ。危険は少ないに、越したことはない)

オルドは仮眠室に向かいながら、出航前のことを思い出していた。

 ピーターがみずからL43におもむくことを告げたとき、とりあえず一回目は、秘書全員が反対した。オルドは断固反対した。

 しかし、ピーターの説得が長引くにつれ、秘書はオルド以外全員、陥落した。いつものように、ケーキでつられたわけではない。ケーキでつれるような事案ではなかった。トリアングロ・デ・ムエルタという、未知の現象が起こっている星へ――DLの本拠地でもある星へ、当主みずからが行くことを認める秘書などどこにもいない。

 当主自らが行かねばならない状況ではないのだ。

 それなのに、秘書は全員、ピーターの説得に応じた。

 ありえない。

 ヨンセンまでもが「分かりました」と引き下がったときは、オルドは絶句した。女の襟首をつかみかけたのは、あれが最初で最後だろう。

 ヨンセンが最後の砦だったのだ。どの秘書がピーターに押し負けても、ヨンセンがオルドのように断固反対をくずさなければ、ピーターはいま、ここにいることはなかった。

 なのに、ヨンセンは。

 (みとめやがった)

 ピーターの意志に従う姿勢を見せたのだ。

 おまけに、ヨンセンは、反対の姿勢をくずさないオルドに、ピーターの側近としてついていくよう命じた。

 オルドは引き下がらなかった。意味が分からなかった。なぜピーターを止めない。命の危険があるというのに。

 L43は、戦争に慣れた古参の軍人も、レンジャー部隊も、傭兵でも、二の足を踏む星だ。

 独特の生態系にくわえ、最悪のテロ組織の根城なのだ。

 

 オルドは、ヨンセンとたったふたりで対峙した。

 激怒させるのを覚悟で、オルドは煽った。ヨンセンの本音が知りたかったからだ。

 まさか、L43行きをそれほど軽く考えているわけではないだろうし、母親が息子のわがままに押し負けたわけでもないだろう――それほど、L43は危険だ。

 オルドはひそかに疑ったほどだった。

 もしや、秘書たちは、ピーターの失脚をたくらんでいるのではないか。

 だとすれば、今回の件は渡りに船だ。

 秘書室のメンバーは、傭兵に軍人、L20の心理作戦部など、アーズガルド家の者だけではない。ピーターが、これからは軍部も傭兵もない時代だと、アーズガルド家以外の人材を登用したのだが、それは逆を取れば、彼らが元職場とつながり、情報を流すことだって考えられる。

ピーターの失脚を狙っている人間は山ほどいる。

 実の兄のアイゼンですら、油断できない。彼が、傭兵が主導する軍事惑星を望んでいることも、オルドは薄々感じている。油断すれば、あの男はピーターの足元をすくうだろう。ロビンだとて、なにをするか分からない。

 ヘスティアーマで知ったが、ヨンセンとアイゼンは、因縁的なつながりがある。ピーターの情報を、ヨンセンがアイゼンに流していたとしても、何の不思議もないのだ。

 アイゼンが、ヨンセンを通じて、ピーターを――アーズガルドを牛耳ろうとしても、不自然ではない。

 

『おまえは、ピーターの秘書と言いながら、ほんとうはヤマトのまわし者なんじゃねえのか』

 当然、ヨンセンの平手打ちが、お見舞いされた。左右から一発ずつ来た。歯が一本折れたが、オルドは逃げなかった。用済みになったカルシウムのかけらと、赤いつばをティッシュに吐いて、さらなる言葉の責め苦を、科そうとした。

 だが、ヨンセンの顔が、ひどくゆがんだので――悲しみと絶望の方向に――オルドは言葉を失った。

 『……それは、なんのために?』

 いつもの威勢は、まるで火が立ち消えたように、なかった。

 彼女が涙を流していることに気づき、オルドはらしくなくうろたえた。

 『ピーター様が、そうおっしゃったの?』

 まさか、そんなふうに尋ね返されるとは思わなかった。オルドは、『いや……』とやっとそれだけ、言うことができた。

 ヨンセンを煽るために出した言葉だ。ピーターは関係ない。

 気まずい沈黙が下りた。

 やがて、ヨンセンは、なにもない目でオルドを見返した。

 



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