「急げ! グズグズするな! 一時間しかないんだぞ」

 レーダーを手にしたオルドは、密林に踏み込みながら怒鳴った。

 あわててあとを追いかけた双子だったが、アダムとマックが、うしろで銃を構えているのを見てギョッとした。

 「あ、歩きますから! それしまって!!」

 マックは銃口を下に向けて苦笑した。

 「ちげーよ。これ、DL対策」

 「え?」

 「一時間のライフ・ラインが俺たちにあるってことは、この地にいるDL組織にもあるってことなんだよ。いつもとちがうトリアングロ・デ・ムエルタの様子に、DLたちも、洞窟の外を出て、うろつきだすかもしれない」

 双子の先を歩くピーターが、ていねいに説明してくれた。彼も、銃に手をかけていた。

 「動物や虫の姿は、すっかり消えているが――あぶない生き物も出てくるかもしれないだろ?」

 「このあたりは、“いつもなら”猛毒を持ったヘビがいます」

 「まじで!?」

 ママレードがにこやかに言った言葉に、ケヴィンたちだけではなくマックまで絶叫した。

 「しずかに動け。どこにDLが来てるかわからねえだろ」

 最後尾のアダムに、三人は小突かれた。

 「ですが、いまはトリアングロ・デ・ムエルタの期間なので、あのヘビは生態系でも下の方でしょう。捕食対象なのではないですかね」

 もっとも、トリアングロ・デ・ムエルタの生態系では、人間がいちばん下ですけど、と最悪の言葉を吐き、博士は笑った。

 双子はげんなりした顔で、けもの道を歩いた。

 

 しかし、不思議だった。

 虫たちが動物を捕食し、もとはちいさな動物たちがおおきな動物を食い散らかしていったというのに、死骸ひとつ、骨ひとつ見当たらないのだ。

 「いったい、どういうことだろう……」

 「生き物の死骸は、みんな土壌や、木が飲み込んでいるんです」

 「え」

 ほがらかではあったが、ぞっとするようなママレードの答えに、双子は戦慄した。

 「そういう意味では、バクテリアも植物も動いている、ということになるのでしょうか」

 さっき、探査機の映像を見たとき、森が不気味にうごめいている気がした。あれは、動物たちの死骸を、森が食らっていたのだろうか。

「不思議でしょう。三日間のトリアングロ・デ・ムエルタのあとは、人間以外の生き物が、この星からいなくなるんです。そして、また三日も経つと、どこからか、虫や動物たちがあらわれる。生態系がもとにもどるんでしょうね。トリアングロ・デ・ムエルタが終わって三日は、食べ物がほとんどありませんから、神はトリアングロ・デ・ムエルタのあいだに、神の供物と呼ばれる、おおきな動物をバラスの洞窟に入り込ませるんですって。それを仕留めて、三日分の食料にする」

 ママレードは、コバエひとついない、蒸し暑い熱帯の森を見上げた。汗が落ちたメガネを拭きながら。

 「本来なら木の実や食べられる草花もありそうなものですが、トリアングロ・デ・ムエルタが人間の食べ物となるものをすべて持って行ってしまう。ふたつきに一度のリセットでは、この地で長期栽培の作物は育てられません。つまり、穀物や野菜。この地のラグバダ族は、それらの品物を、となりのL44あたりに行って、買います」

 

 やがて、あまりの蒸し暑さと、みんなの足の早さについていくのが精いっぱいで、双子の口数は少なくなった。伊達に、何度もこの地に来ているわけではないママレード博士は、ひょろひょろのみかけながら、ケヴィンたちより俊足で、体力があった。息もほとんど切らせていない。

 二十分ほど歩いて、オルドは目標のちいさな洞窟を見つけた。レーダーを確認した彼は、茂みに身をひそめたまま、後方に合図した。そろって、茂みにかくれて標的をうかがった。アダムが、ぼうっと立ち尽くしたままの双子の肩を押さえつけて、座らせた。

 「カナコと、ケヴィン首長がいる」

 「DLは」

 「周囲にはいない」

 

 カナコとケヴィンは、ずっと洞窟の奥で、身を潜めていた。何時間たっただろうか。時間の感覚もとうになくなったあたりに、いきなり音が消えた。

 外を向くと、動物たちの姿がない。

 「消えた……?」

 カナコが洞窟から出ようとしたのを、ケヴィンは止めた。

 「待て」

 「でも――なにもいないわ」

 カナコは、洞窟から顔を出して、左右を見渡した。さきほどまで世界をひた走っていた、動物と虫たちの群れはいなかった。

 風ひとつなく、なんの音もしなかった。

 「トリアングロ・デ・ムエルタが一日で終わるわけがない」

 ケヴィンは、かすれた声でつぶやき、身を起こした。

 「助けを呼びに行かなきゃ」

 「待て! カナコ」

 ケヴィンは必死で止めた。

 「でも、このままじゃ、キズが……」

 ケヴィンの銃創も、放っておけば破傷風になってしまう。

 「せめて、三日は待て。なにが起こるか分からない」

 ケヴィンも初めてだった。トリアングロ・デ・ムエルタは三日間続くものだ。一日程度で、動物がいなくなることなどない。それに、動物の脅威は去っても、木々や土壌も、ひとを飲み込む。油断はできないのだ。

「待て、三日は待つんだ、カナコ――今回は、なにがあっても不思議はない。青、銅の天秤に、異常が、あらわ、れた、のだから――」

 ケヴィンは、荒い呼吸を数度くりかえし、前のめりに倒れた。

 「ケヴィン!!」

カナコは、奥に引きかえし、ケヴィンを抱きしめた。意識を失っている。

「しっかりして!」と声をかけながら、カナコは震えた。外は静かだった。あまりにも静かだった。そのことがおそろしく感じられるほど。

鳥の鳴き声も、草木のかすれる音も、風の音もしない。

「ケヴィン」

DLのアジト襲撃から、ラリマーたちの死を経て、トリアングロ・デ・ムエルタ恐怖と緊張で、ずっと眠ることができなかったカナコも、力尽きたように意識を失った。

 

 

 

つぎにカナコが目覚めたとき、腕のなかにケヴィンはいなかった。

 「ケヴィ――!!」

 叫び、身を起こしたその先にいたのは。

 L22の腕章をつけた、迷彩服姿の軍人だ。一瞬焦ったが、DLではない。カナコは、六人のうち、三人に見覚えがあった。だが、今のカナコにとっては、だれでも同じだ。

「アダムさん――マック」

カナコは、目を疑った。

「ピーター・S・アーズガルド……!?」

なぜ、アーズガルド当主が、ここにいる。

 

 「カナ姉、もうだいじょうぶだよ」

 マックが、ケヴィンの足にきつく巻かれた包帯を、留め具で止めているところだった。

 「抗生物質も打った。一時間もすれば、熱も下がる」

 「……!」

 「あぶないところでしたね」

 応急処置をしてくれたのは、軍医にも、軍人にも見えない、メガネをかけたひょろ長い年寄りだった。

 カナコは、ケヴィンの顔色が落ち着いてきたのを見て目を潤ませ、それからはっとして、腰に手をやったが、そこに銃はなかった。ラジオも、レーダーも。

 「悪いが、おまえの武器はぜんぶ回収させてもらった」

 オルドが、冷徹な声で告げた。

 カナコはあきらめたように目を伏せ、ぺたりと座り込んだ。

 「あたしを、逮捕しに来たんだね」

 だれも、否定はしなかった。

 

 ケヴィン首長は洞窟の一番奥、シュラフの上に寝かされた。いつしか、洞窟の外は、真っ暗になっていた。懐中電灯が三ヶ所に置かれていたので、洞窟内は明るかった。

 六人の視線は、カナコに注がれている。

 いよいよ、カナコは観念した。

 「あたしは……」

 「待て」

 オルドが腕時計を見つめ、カナコの言葉をさえぎった。

 「つぎのトリアングロ・デ・ムエルタがはじまる」

 オルドの言葉が終わるか終わらないかのうちに、動物の咆哮が聞こえた気がした。

馬のいななきか、ゾウの悲鳴か、鳥たちの鳴き声か――ふたたび世界を暗黒におとしいれる、合図が。

 「――!!」

 カナコの身体がおおきく震えたそのうしろで、洞窟の外を、おおきなブタの群れが走っていく。

 「今回のトリアングロ・デ・ムエルタは、13日間つづくそうなんです。一日に一度の、ライフ・ラインと呼ばれる休憩をはさんで」

 ママレード博士の説明に、カナコは息をのんだ。

 



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