二百二十二話 孤高のトラ



 

 フライヤ隊の宇宙船は、中継地からわずかも動いていないはずだった。

 だが、トリアングロ・デ・ムエルタのせいなのか――ほかの要因はいっさい考えられなかったが――電波はふたたび途切れがちになった。

 「ねえ! ちょっと、ライフ・ラインってなに!?」

 『……ジジ……即座に……ジジ……せよ……応答……ジジジ』

 という具合である。最初の通信はほぼはっきりと聞こえた。L22のレドゥ大佐ひきいる宇宙軍22S1091の戦艦から、L43に到着した旨と、宇宙船が待機する座標を告げられ、

 『マヌエラ・F・ボットは、洞窟内で、つぎの指示があるまで待機。のこりの人員は、自由行動できる状況なら、次回のライフ・ラインのあいだに戦艦22S1091まで撤退せよ。救援が必要な場合は知らせよ。なお、オルド上等兵の別動隊が、カナコ奪還の作戦に入っている。くりかえす、マヌエラ・F・ボットは――』

 応答ができない。あちらにはマヌエラの声が届かないようだ。『応答せよ』の言葉のあとに雑音が混じり、こちらと通信ができないのが分かったので、同じ言葉を繰り返しているのだ。

マヌエラはじっさい、つぎのライフ・ラインまで、戦艦22S1091と連絡をとりつづけたが、終始このありさまだった。

 地上にあり、いちばん近いレドゥ大佐の宇宙船でこれなのだから、フライヤの宇宙船とはまったく通信ができなかった。

 

 「おい、また動物が消えたぞ」

 ジンが、マヌエラを呼びに来た。洞窟の外はしずかになっていた。夕闇がせまり、ふたたび夜が来ようとしている。

 「前回から数えて、きっかり24時間だ。不思議なもんだな――どう考えても、ライフ・ラインってのはこれだろ。いますぐ撤退するぞ」

 「あたしは行けないわ」

 ジンは、正気かという顔をした。無理もない。

 「ここに残るっていうのか? 度胸あるな」

 「だって、残れって言われているもの」

 困り顔でマヌエラは言った。

 「オルドの別動隊が、カナコ奪還の作戦に入っているっていうから、あたしはそっちに合流しろってことじゃないかしら」

 「……」

 「とにかく、次の指示があるまでは、あたしはここを動けないわ」

 「おい、なにやってんだよ、はやく行こうぜ」

 ラック&ピニオン兄弟が呼びに来た。

 この空白の時間帯が、24時間前と同じ現象なら、一時間程度しかないのだ。救助船までの距離はたいしたことはないが、急いだほうがいいに決まっていた。

 これを逃せば、おそらく次回のライフ・ラインの時間に、宇宙船から救助隊が来るかもしれない。それを待ってもいいが、一日でも早く撤退したいのは皆が同じだ。

 ジンはすこし考えたあと、兄弟に向かって言った。

 「おまえらとソルテは、宇宙船に向かえ。俺はのこる」

「「はあ!?」」

兄弟は、まったく似ない顔で、同時に絶叫した。

「マヌエラは、洞窟内に待機だ。もしかしたら、カナコ奪還の別動隊に合流するかもしれん。ひとりでここに残すわけにはいかねえだろう。通信も役に立たねえようだしな」

四人は、困惑した顔で、雑音しか出さない通信機器を見つめた。

「二手にわかれて、対策を取ったほうがいい」

「わかった。俺たちとソルテは、先に宇宙船へ向かうぞ」

ラックが言い、マヌエラが抱えている通信機器を親指で指した。

「コイツがつかえねえ状況なら、俺たちが行って、こっちの様子を知らせるよ」

「ああ」

 

ラック&ピニオン兄弟とソルテが、ラグバダ族の皆々に礼を言って発ったのは、すぐだった。マヌエラは、根気強く交信をつづけた。結局、通信がつながることはなかったが、事態に変化はあった。その日のライフ・ラインが終わる数分前だった。

カナコとママレードに支えられながら、ケヴィン首長がもどってきたのは――。

 

「兄上!!」

アルフレッドは、兄の大ケガを見てあわてて駆け寄り、さらに数名の軍人を連れているのを見て、顔をこわばらせた。カナコとママレード以外は、アルフレッドが知らない人物である。

「兄上――彼らは」

迷彩服姿の軍人たちだ。L22の腕章をしている。洞窟までマヌエラたちを迎えに来たのか――先に行った三人と、すれちがいになったのか。

「マデレード博士、カナコ、これはどういうことだ」

彼らはだれだ。兄は、撃たれたのか。DLと交戦を?

アルフレッドは、矢継ぎ早に聞きながら、博士に代わって、兄を支えた。

「ケヴィンのケガは、DLに撃たれたんだ。あたしを守って」

カナコは、悲壮な顔で告げた。アルフレッドはさらになにか聞こうとしたが、ケヴィン首長がそれをさえぎった。そして、切羽詰まった声でアルフレッドをふくむ、洞窟内の住人に命令した。

 

「いまは権限などいい。全員入れろ」

ケヴィン首長がつれてきた、軍人全員を?

さすがにラグバダの男たちは顔を見合わせた。ライフ・ラインはまもなく終わろうとしている。この非常時だ、ケヴィンの言い分も分かるが、青銅の天秤に問うていない状況で彼らを入れて、さらなる不測の事態がもたらされては。

「しかし、長、せめてイルゼ婆に尋ねてから……」

「入れるんだ!」

ケヴィン首長の強い語気に、男たちは観念した。用心深く軍人たちをにらみすえながらも、「入れ」とピーターたちに顎をしゃくった。

ケヴィン首長の合図で、ピーターにオルド、ケヴィンとアルフレッドと、順番に入り――「全員はいったか」というケヴィン首長の声に、オルドが「入った」と返事をしたところで、洞窟の入り口をおおう垂れ幕が、降ろされた。

彼らの懸念は無駄だった。「権限」のないものを入れたから、特別なことが起こるわけではなかった。

ラグバダ族の戦士たちが、あからさまにほっとした顔をするのを、だれもが見た。

葦の繊維でつくられた分厚い垂れ幕が、みなの視界から外の世界を消したとたん――遠くから、けものの咆哮が聞こえた。

入り口近くにいたケヴィンとアルフレッドは、飛び跳ねて、あわてて垂れ幕から離れた。

とたんに、厚い幕の向こう側で、獣たちの疾走する足音、鼓膜がおかしくなりそうな、羽根の音、雄叫びがあがる。

トリアングロ・デ・ムエルタが、ふたたびはじまったのだ。

 

「ふう……ギリギリだったな」

さすがにピーターも冷や汗をかいていた。双子などは、その場にへたりと腰を落とした。もう数分おそかったら、自分たちは確実に、けものの餌食だった。

「いったい、今度のトリアングロ・デ・ムエルタは、なにがどうなっているのだ」

アルフレッド首長は、厚い垂れ幕の向こうを呆然と見つめていた。

「マデレード博士、なにか知っていますか」

兄がほとんど話さないので、アルフレッド首長は、マデレードに聞いた。

「アルフレッド首長、じつはぼく、ママレードと改名しまして――それはそうと、今回のトリアングロ・デ・ムエルタは、13日間起こるそうなのです。そして、24時間に一度の、ライフ・ラインと呼ばれる空白時間があると」

アルフレッドだけではなく、その場にいたラグバダの戦士たちも、えっという顔で博士を見た。驚愕したのは、無論、マデレードの改名についてではない。

「兄上、その情報は、いったいどこから」

「ライフ・ラインの存在については知らされていなかったが――ほかは、すべてイルゼの言ったことと同じだ」

ケヴィン首長は、傷の痛みにうめきながら、つぶやいた。

 

「ピーターざばアアアアア!!!」

マヌエラが飛び出してきて、ピーターに抱きついた。

「あだじ! ごごにびどりのござれぶどごろだっだのよう!?」

「ごめんごめん――」

「ラウブラビンっでなに!? ガナゴのだっがんはずんだお!? あれ!? ごごにいるじゃんガナゴオオオオ!!!!!」

ピーターはカナコを指さして号泣する秘書を抱きしめてなだめながら、そばにいたジンに聞いた。

「ご苦労様――ってことは、ここの通信機器も役立たずだってことだな?」

「ああ」

ジンは冷静に報告した。

「最初の通信は聞こえたが、それ以降はまったくつながらない。あんたたちも?」

「……DLの電波妨害をうたがうより、この“異常気象”のせいだって思ったほうが正解だろうな」

オルドも、まったくつながらなくなった、腕時計型の通信機器を見ながら言った。

ジンはちらりと、カナコを見た。

「ソルテとラック&ピニオン兄弟はさきに宇宙船へ向かわせた。カナコの拘束が済んだのに、あんたたちがここにいる状況がよくわからんが、俺たちはこのまま、あんたの指揮下に入る。それでいいな?」

「うん」

ピーターはうなずいた。ジンはそれから、カナコをにらみすえた。

「おまえは許さねえぞ。ひとりで逃げやがって」

「ゆるざないがらねっっ!!!!!」

マヌエラは、ピーターにしがみつきながら、そう叫んだ。カナコは、目を伏せたまま、なにも答えなかった。

 



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