ケヴィン首長に肩を貸したアルフレッドとカナコは、そのまま洞窟の奥に向かった。首長がなにもいわないので、ピーターたちも黙って彼のあとをついて、洞窟の先を進んだ。ラグバダの戦士は、なにか言いたげな目で、こちらをにらんでいる。

ジンたちは、ずっと洞窟の入り口で足止めされていて、奥へ行くことは許されていなかったが、今回はいっしょに来るよううながされた。

洞窟は明るかった。等間隔に、ランプが吊るされている。空気穴もどこかにあるのか、空気はまったくにごっていなかった。

 

ピーターが歩きにくそうにしている。ひっついたまま離れないマヌエラを、オルドが無理やり引きはがせば、今度はオルドに抱き付いてきたので、彼は面倒そうに突き放した。憤慨したマヌエラは、首長ではないケヴィンたち双子のほうへ向かい、「君たちどこの子?」「軍人じゃないよね。なんか違う気がする」などと質問攻めにしはじめた。

「現在の状況が、どうなっているかを聞きたい」

やっと自由になったピーターに、ジンが聞いた。オルドは、アーズガルドの当主に対する口の利き方をジンに叩きこまねばならないとにらんだが、それを事前に察したピーターが目配せしてきたので、今は黙った。

ピーターは、歩きながら説明した。

「カナコの所在は、着陸するまえに分かったから、俺たちはすぐ向かった。北海域近くの小さな洞窟だ」

「ラックたちが、調査に行った場所だな」

「そこでケヴィン首長がDLに襲撃され、重傷を負っていたので、とりあえず治療して、抗生物質は打った」

先頭を歩くケヴィン首長は、薬が効いていないのか、両脇を仲間に支えられながら、何度も立ち止まっては荒い呼吸を繰り返している。その様子を見ながらジンは言った。

「まさか、この洞窟まで送ってきたわけじゃねえだろ」

ジンが、本来なら即座に逮捕、送還されるはずのカナコまで、ここに同行していることに、違和感を覚えているだろうことは、ピーターにもわかった。

「そうなるかもしれん。じつは――俺たちにも、はっきり状況が分かっていない。いまのところ、最新の情報じゃ、このトリアングロ・デ・ムエルタは13日間つづく。さらにいえば、13日を過ぎたら、となりの星までひろがって、やがては世界を覆いつくすって話なんだが」

「なんだと?」

ジンの足が止まった。

「えええっ!?」

マヌエラが、またピーターにすがった。

「ど、どういうこと!? ねえピーター様、どういうこと!?」

「おっかない話だが、世界は滅びるってこと」

ピーターも、苦笑気味に言った。ジンが思わず尋ねた。

「この生態系が――ほかの星にも飛び火するってことか?」

「じっさい、L18とL03の辺境地区で、これと似たような異常がすでに現れている」

今度は、ピーターも笑っていなかった。

「L3系の自然科学者に対策させるか――L55が先か。そっちはロナウド家とマッケラン家が手配済みだろう。とにかく、話が急展開すぎてね。ケヴィン首長が、たすかる道がありそうだというから、ついてきた」

 

 やがて、二百人は楽に寝起きできそうな、ひろい円形の部屋にたどり着いた。天井も高く、室内はすり鉢状に、中央の上座を囲むように、段差をつけて座席が置かれていた。

 ここは、洞窟内の集会場かもしれなかった。

 「長!」

ケヴィン首長の顔を見たとたん、部屋にいたものは飛び跳ねるようにして、集まってきた。洞窟を去った首長がもどってきたので、彼らの顔にはそろってほっとしたような笑みが浮かび、首長の大ケガを見て青ざめるという顔色がならんだ。

彼がケガを負っていることにも――そして、見たことがない、迷彩服の軍人たちの姿にも、おどろいて。

 

 「よかった! よかった、ご無事で――!」

 「そのケガは、どうなさったのですか」

 「彼らはいったい」

 「しずかにせよ」

 アルフレッド首長が、兄の代わりに告げた。とっくに抗生物質が効いていてもいいころなのに、彼の顔色は一向によくならない。

 「みなを呼べ。話さねばならないことがある」

 「イルゼ婆はいかがいたします」

 洞窟の入り口からついてきていた戦士の一人が尋ねた。

 「イルゼには、のちほど、わたしが直接話す」

 ケヴィン首長は、ちいさな声で告げた。

 「とにかく、みなを呼べ。子どもたちも含めて――すぐにだ」

 首長の命令を受けた彼らは、たちどころにつながった回廊へと消えた。

 ケヴィン首長とピーターたちは、すり鉢状になった部屋の中央――織物でできた絨毯と座布団が置かれた場所まで、ゆるやかな階段を降りた。

 

「兄上――いったい、なにが起こったのです。いや」

ラグバダのアルフレッドは、兄を座布団に座らせ、聞いた。

「なにが、起こっているのです?」

「それをこれから、話すのだ」

やがて、この洞窟に、これだけの人間がいたのかと思わせるような大人数が、ぞろぞろと集まってきた。ひろいと思われた部屋だったが、あっというまに身動きできないほどの人数で埋められた。さきほど入り口にいた戦士たちと、この部屋に最初からいた、おそらくまとめ役かと思われる壮年の男女が、ケヴィン首長を囲んで、中央に座った。

ピーターたちも、首長ふたりの周りに座るようしめされた。

ケヴィンとアルフレッドは、オルドの影に隠れるようにして、ちょこんと座った。

「首長、みな、そろいました」

方々から声がかかると、ケヴィン首長は、声を張り上げた。

 

「みな、われわれは、助かる」

すさまじいまでの動揺が、部屋を埋め尽くしたのが、ケヴィンたち双子にもわかった。

「祖がここへ帰り、黄金の天秤があらわれ、それは、地球の神に託された」

ざわめきは大きくなり、ついにケヴィン首長の声がつたわらなくなったので、「しずかにせよ!」とアルフレッド首長が怒鳴った。ざわめきは多少落ち着いたが、それらはすすり泣きに変わり――ただ、希望と興奮のみが、空間を満たした。

「みな、死に急ぐでない。われわれは生き延びるだろう。黄金の天秤は――」

ケヴィン首長の声がかすれた。

「“地球の神”に、たくされたのだ」

 

 

 

地球行き宇宙船は、ついにシュステーマ・ソーラーレに突入した。

クラウドいわく、特筆すべき変化はなく、冥王星を過ぎ、天王星、海王星を過ぎて、いまは真砂名神社の真上にうつくしいリングを持った球体が現れている――土星だ。

「あれが土星の衛星――タイタンにヒペリオン、カリプソ――」

数ある土星の衛星を、ピエトと一緒に、タブレットの星海図(宇宙地図)と照らし合わせる余裕すらあった。

「あれがフェンリル、それで、あっちがフォルニョートだよ」

「ん。それに、プロメテウスに――パンドラ」

その名を、クラウドは感慨深く呼んだ。エピメテウスという衛星もある。

「さて。あと、俺たちにできるのは、機が熟すことを待つのみだな」

 

ルナは寝たり起きたりで、熱は下がらず、ほとんどぐっすり寝ている状態は変わっていない。いまは、リンファンがピエロをあやしながら、ルナのそばについていた。

アンジェリカも、母体も子も危なかったのは事実で、その夜から熱を出し、ルナと変わらない状態になった。

緊急搬送されたアンとアズラエルの祖父、アダムも意識混濁の状態。

なんとかドローレスと連絡をつけたクラウドは、バクスターも脳こうそくで緊急搬送された事実を知った。ドローレスは、「なぜバクスターさんが倒れたことを知っている?」と不思議がっていたが、クラウドも説明する余裕がなかった。ただ、容体が急変したら知らせてくださいとだけつたえて、電話を切った。

まだ、ピエロに異常がないのが、救いだった。

黄金の天秤は、着々と星々のエネルギーをかき集めて、光を増している。

ラグ・ヴァーダの星守りと、アストロスの星守りも、色濃く、かがやきを宿しはじめた。

(シシーは星守りを持っているだろうか)

おそらく、「12の預言詩」の最後のひとりはシシーだ。だが、すれちがいが重なって、クラウドはシシーに星守りのことをなかなか聞けずにいた。

 (グレンに聞いておいてくれるよう、言づけておいたんだが)

 シシーもグレンも、集会場には一向に顔を出さなかった。

 

 



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