二百二十三話 黄金の天秤 Ⅲ



 

 「……星守りを持っていない?」

 クラウドはまさか、こんなぎりぎりになって、12の預言詩に記された最後のひとりを捜しはじめることになるとは思わなかった。

 「星守りってなに?」

 シシーは無邪気な顔で、そんなものは持っていないという返事をした。アルベリッヒとクラウドは顔を見合わせ、焦り顔でたずねた。

 「8月にお祭りがあったでしょ? そのときだけ出される、お守りのことなんだけど――ほら、月の女神さまのとか、太陽のとか」

 シシーはきょとんとしている。

 「アニタさんがつくってる、フリーペーパーに載ってたやつ!」

 アルベリッヒが言ったひとことに、シシーは手を打った。

 「あーっ! わかったわかった! 特集見た!」

 シシーはおおげさにうなずき、

 「あたし、ならんで買ったの。月の女神さまの――病気平癒のお守り!」

 「「え」」

 「星守り――星守り――なんか、そういう名前だったよね! うんうん、覚えてる。でもあたし、持っていないんだ」

ふたりは、シシーがなにか勘違いしているのではないかと思った。月の女神といえば、恋愛成就である。シシーが祭りで購入したのは、星守りではなく、ふつうのお守りか。

いつも授与所に置いてある、病気平癒のお守り?

アルベリッヒは訂正した。

 「シシー、月の女神さまは、恋愛成就でしょ?」

 「なにいってるのよ! ちゃんとフリーペーパー見なかったの? 月の女神さまは、恋愛成就とか結婚もかなえてくれるけど、病気も直してくれるんだよ?」

 アニタが屋敷に来てから、一号目から最新号まですべて書斎に保管してある。アルフレッドが書斎に走り、バックナンバーを持ち出してきて、三人でページをめくってさがした。

 「ホントだ」

たしかにシシーの言うとおり、月の女神の星守りには、「恋愛成就」のほかに、「安産」や「病気平癒」の功徳もあった。

アルベリッヒは言った。

「じゃあ、シシーは月の女神さまの星守りを持っているんだろ」

「だから、持ってないのよ、あたしは」

シシーは困り顔で答えた。

 「それ、ツキヨさんとアンさんにあげようと思って、買ったの」

 「……!?」

 「ふたりにあげちゃったから、あたしの分はないの」

 想定外だった。クラウドは固まった。

 「あたしホントは、厄除けの、夜の神様のが欲しかったの。でもそれはすーぐ売り切れちゃってさ。月の女神さまのは、自分の分はいいかなって、買わなかった。恋愛もどうでもいいと思ってたし、あたし健康なのだけが取り柄だし!」

 シシーは「持ってなくてごめんね」と明るく言い、掃除をしにキッチンを出て行った。

 

 クラウドは、視線に気づいた。アルベリッヒが真顔でこちらを見ている。

 「どういうこと? シシーではないってこと?」

 「ちょっと、待ってくれ」

 これでは、最初から考え直しだ。

 しかし、12の預言詩の最後のひとり、

 ――アルビレオの衛星の伴侶となる者。想像もできぬほど万能である。そなたがもっとも頼りとなす者。

 とは、シシー以外に考えられない。

 アルビレオの衛星はおそらくテオだろう。シシーとテオは、付き合っているという話は聞かないが、あの事件以降、さらに親密になったのは、だれの目にもあきらかだ。そしてシシーは、「三匹の子リス」のカードが表すとおり、掃除はプロ級――介護士の資格もあり、アルベリッヒには及ばないが料理もでき、かゆいところに手が届く絶妙さで、屋敷の万能ヘルパーと化している。ルナがK19区の役員になったら、ますますシシーを頼りにすることが多くなっていくだろう。

 まちがいない。預言詩の最後の一人はシシーだ。

 だが、シシーは星守りを持っていなかった。

 

 (どういうことだ)

 さすがのクラウドも戸惑い、言葉を失った。

 これから黄金の天秤の儀式がはじまろうとしている矢先に、星守りが一個足りず、しかも当ては星守りを持っていなかった。

 

 「……」

 横から「12の預言詩」を書いた用紙を見つめていたアルベリッヒは、クラウドをつついた。

 「クラウド――これは、ホントにツキヨさん?」

 「え?」

 預言詩のすみには、その預言がしめす人物の名が、ちいさく書き込まれている。

 アルベリッヒは、

――はじまりの月。そなたの守り神。ともにあれば安泰。

の節を指していた。

 

 「ン? う~ん……たぶん?」

 クラウドは首をかしげ、思いかえした。この節を読んで、「ツキヨだ」と言ったのは、たしか、アントニオだった。ルナに地球行き宇宙船のことを教えたのはツキヨだから、はじまりの月だと――。

 (違和感はない)

なんとなく、守り神というのもうなずける。ツキヨのカードは「月夜のウサギ」で、ルナと同じうさぎだし、違和感はない。

 違和感は――。

 

 「でも、その……失礼な話だけど、ツキヨさんは、ルナちゃんがK19区の役員になってから、彼女を支えていく人員にしては、ちょっと高齢すぎるんじゃないかな」

 アルベリッヒは言葉を選ぶようにして、言った。

 「ツキヨさんは地球生まれだそうだから、このツアーが終わったら、地球に住む可能性もあるんだろ?」

 「ああ……」

 

 ――はじまりの月。そなたの守り神。ともにあれば安泰。

 

 (もしかして、この“はじまりの月”は、ツキヨさんではないのか?)

 ツキヨは、シシーからもらった星守りを、天秤に乗せたのではないか。そうなると、シシーの分がいま、黄金の天秤で輝いていることになるのだろうか。

 12人の最後の一人は、ツキヨ以外の、だれか?

 クラウドはアルベリッヒとふたたび顔を見合わせ、ツキヨの所在を捜すために、自作のアプリを起動した。

 



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