「星守り?」 ツキヨは、真砂名神社の真ん前の紅葉庵で、ナキジンたちとお茶を飲んでいるところだった。 「このあいだ、あげなかったかい?」 「あれは、シシーからもらった分では?」 ツキヨは理解できない顔をしていたが、やがてバッグからちいさなポーチを取り出し、真月神社のお守りを三つ、出して見せた。古びたものと、あたらしいもの、という違いくらいはあったが、どれもが同じ形で、なかに玉が入っている星守りだ。 お祭りでもらうものと同じ。 「ツキヨさん、三つも持ってたの」 「クラウドさんにあげたのとで、四つね。これは、L77の真月神社でもらってきたんだよ。だいぶまえにもらったやつだわねえ。10年くらいまえかね。そろそろお返ししなくちゃ。これは、おととしの新年に、これは、たぶん、L77を発ってくるときに……」 ツキヨは首をかしげつつ確かめ、 「ああそうだ。やっぱりあんたにあげたのは、シシーさんからもらった、いちばん新しいやつだよ。……シシーさんからもらった分じゃ、なにか、いけなかったかい」 クラウドはあわてて首を振った。 「ちがうんです。申し訳ないが――もうひとついただいても、いいですか」 「かまわないよ」 ツキヨが綺麗なものを選んで与えようとするのをさえぎり、クラウドは一番古いものをもらった。 「そりゃあ古くてボロボロだけど、いいのかい」 「いいんです」 クラウドは微笑み、すぐさま中の玉を取り出し、天秤前でツキヨを招いた。 「ツキヨさん、これをここに、のせてみてくれますか」 「へえ?」 ツキヨは言われたとおりに、星守りの玉を、煌々と輝く天秤の中心のくぼみに持っていった。アルベリッヒも息をのんで、様子を伺った。 星の玉は、くぼみのうえでコロン、と転がっただけだ。 ――星守りは、吸い込まれなかった。 「やっぱり……」 クラウドとアルベリッヒは確信した。 12の預言詩にある一節、“はじまりの月”は、ツキヨではなかった。 「どうしたの、だいじょうぶかい?」 ツキヨが心配そうに聞いたが、クラウドは天秤のくぼみに置いた星守りを袋の中にもどし、「だいじょうぶです」とツキヨを安心させるように言った。 「もし真砂名神社におかえしするつもりだったら、俺がそうしておきます」 「え? ああ」 クラウドは星守りをポケットにしまい、逆のポケットから紙切れを取り出した。 「じゃあ、“はじまりの月”って、いったい……」 アルベリッヒが思案気味に腕を組み、クラウドもぶつぶつ言いながら用紙をにらんでいる。背の高いツキヨは、簡単に用紙をのぞき込むことができた。 預言詩の一節ごとに、名前が書かれている。ツキヨは、「はじまりの月。そなたの守り神。ともにあれば安泰」の節に自分の名があるのを見て、笑った。 「あらいやだ。あたしがルナの“守り神”なわけがないじゃないか!」 大笑いした。 その笑いかたがあまりにおかしげだったので、アルベリッヒは口をとがらせた。 「ツキヨさん、そんなに笑わなくても」 「だって、おかしくて、アハハ!!」 「ツキヨさんは、ルナちゃんの守り神様で、ルナちゃんに地球行き宇宙船のことを教えた張本人でしょう?」 クラウドも言ったが、ツキヨはさらに笑った。 「そりゃおまえさん、買いかぶりすぎだよ!」 たしかに、地球行き宇宙船ってものがあることを教えたのは、あたしだけども、とツキヨは言い、 「でもねえ、あたしゃ、ルナの守り神ではないよ。ちょっとまえにカザマさんから聞いたけども、ここに書いてあるのは、ルナがK19区の役員になってから、ルナを助けてくれるひとたちのことだろ?」 ツキヨは大笑いをやめ、しんみりと言った。 「あたしは、そんなに長いこと、ルナを手伝ってやることなんかできやしないよ。もうこの年だ。ナキジンさんたちみたいに、とんでもない長寿ならよかったんだけどもねえ」 アルベリッヒは、先ほど自分が言ったことながら、ツキヨ本人の口からその言葉が出たことで、すこし顔を曇らせた。 「クラウドさんは頭がいいから、こねくり回して考えすぎさ! “ルナの守り神”なんていったら、ひとりしかいないじゃないか」 「ルナの守り神?」 クラウドは復唱し――心当たりが急に出て来たのか。 「あ」 と間の抜けた声を上げた。 「クラウド貴様ーっ!! どういうつもりだ!!」 「グォホ!!!!!」 翌日のことである。 クラウドは強烈な回し蹴りを食らって、半回転し、真砂名神社の大路に転がった。 「どうしたクラウド! あんた軍事惑星の軍人さんだろ!」 「10歳の女の子に手も足も出ねえか!!」 薄情な商店街の面々は、だれもクラウドの味方になってはくれなかった。10歳と言えど――ルシヤの蹴りは大のおとなを一撃でKOする威力を持つ。はじめて会った二年前より、さらに素早さと破壊力は増した気がする。 「お、俺は……心理作戦部だから」 クラウドの弱々しい声は、だれの耳にも届かなかった。 サバットの達人、ルシヤ。 多国籍料理店ハンシックの影のボス。 地球行き宇宙船が正式に任命した、ルナのボディガードだ。 「ルナに危険が迫っていることをわたしに知らせなかったのか? え? 言ってみろ、返答次第じゃ――」 クラウドの胸ぐらをつかんで脅す、黒髪ポニーテールの、見かけだけは可憐な女の子を笑いながら止めたのは、アズラエルだった。 「そのへんで勘弁してやってくれ。こいつ、メンタルは強靭だが物理攻撃には弱いんだ」 「ル、ルナちゃんに危険が迫ったわけじゃない……いや、ホントに!!」 クラウドはあわてて言いわけをしたが、可愛らしい顔に不似合いな、コワモテの眼力が降ってきただけだった。 「じゃあ、ルナはいったいどこにいる! なぜわたしを呼んだ!!」 「ルナは熱を出して寝込んでる」 「風邪か? ……わたしも、風邪は倒せんな」 ルシヤはいさましく鼻息を吹き、クラウドを解放した。 「どうっ!!」 後頭部を地面に強打したクラウドは、ふたたびうめいた。 「それで、なんの用だ」 クラウドはやっと用件を口にすることができた。 「いてて……。ルシヤ、君、星守りを持っているかい?」 「星守り?」 まだグラグラする頭と、手加減してもらわなければ折れていたであろうろっ骨を気にしながら、クラウドは起きた。 「君は、ルナちゃんのボディガードなんだろ? これからもずっと?」 「ずっとだ。あたりまえだ」 なにを当然のことをと、不審な顔をするルシヤに、クラウドは言った。 「ルナちゃんと、人類を守るために力を貸してくれ。君が星守りを持っているなら、ルナちゃんを守る誓いを新たに、あの黄金の天秤に、星守りを乗せてほしい」 ルシヤは、階段の下で、不思議な輝きをはなつ天秤を見つめた。 「“契約せよ”ということだな」 こまかな説明がいらないのは、この際、とてもたすかった。 ルシヤは不敵に笑い、古びたおとなものの軍服の下から、首飾りを取り出した。長い長い首飾りには、たくさんの星守りが編み込まれていた。 「ルナを守る誓いを新たに立てよう――では、月の女神さまの星守りを」 桃色の玉を首飾りから外し、ルシヤは、指示された黄金の天秤のくぼみに置いた。 その玉は、銀色とピンクの輝きを放ち――たちどころに吸い込まれた。 「ビンゴ!!」 クラウドはアルベリッヒとハイタッチをして叫んだ。 ルシヤも驚いて目を見張った。 「なんだ、これは……!」 「12の玉が、ようやくすべて、そろったか」 いままでとは格段に違う天秤の輝きは、二階にいたペリドットたちにもわかったようだ。彼らも二階から降りてきて、ルシヤを見て目を丸くした。 「おまえか」 「ルシヤさん、最後のおひとりは、あなただったのですか」 ペリドットとカザマが驚いて言うと、ツキヨは微笑み、 「ルナの守り神なんていったら、ひとりしかいないだろうよ」 ルナが、夢の中の遊園地で、スタッフカードをぶらさげて、はじめて自らの前世と関わる事件の謎解きが“はじまった”――ルシヤとの出会い。 それが縁で、ルシヤはルナのボディガードに任命された。 「そうだ! ルナの守護神は、わたししかいない!!」 ルシヤは胸を張って、言い切った。 「たのもしいですわ」 とカザマが微笑み、ますますルシヤの鼻息を荒くさせた。 「さらに、なんというか……神々しいというか、近寄りがたい雰囲気になったのう」 ナキジンをはじめ、商店街の面々も、あまりにもまばゆい光に、そっと目を細めた。 「真砂名の神にちかおう!! わたしはルナを、生涯危険から守ると!!」 階段上の神社に向かってさけぶ、たのもしいルシヤの宣言を聞きとどけたように、黄金の天秤が、ますますはっきりと、はちみつ色の光をともしはじめたのだった。 |