首長ふたりは、ケヴィンとアルフレッドを先頭に、ピーターとオルド、ジンとマヌエラ、ママレード博士をともなって、幾人かの戦士と、洞窟内をしばらく歩いた。

 湿っぽく、かびくさい、洞窟特有の臭いはするが、閉塞感はまるでない。明るく、ひろく、天井が高いからだろう。

 L03で、王宮に続く地下通路を歩いたときは、大変だった。あそこはたいそう広かったが、とにかく真っ暗だった。強い明りのライトがなければ、一寸先さえ見えないほどに。

 「ぼ、ぼぼぼくは、こんな奥に行くのは、はじめてです!」

 ママレードだけが大興奮で、ウキウキと手帳を取り出していた。

 彫刻をほどこされたおおきな木の扉が、双子の視界に入ってきた。なんとなく、そこが特別な部屋であろうことは、双子にもわかった。

 「どうぞ」

 きしむ扉が、首長の手によって開けられた。ケヴィンたちはうながされるまま、部屋に入った。そこは集会場ほどではなかったが、ずいぶんおおきな部屋で――部屋というか、岩場だらけの鍾乳洞で――天井はあきれるほど高かった。数十メートルもあったのではないか。

 

 「せ、せせせせ青銅の天秤だ!!!!!」

 ママレードが叫んだ。

 鍾乳洞のずっと奥――鉱石の結晶をくり抜いてつくられた祠に、おおきな天秤が安置されている。

 ママレードは今にも飛びつきたいような顔をしたが、ケヴィン首長が言った。

 「ちゃんと見せてやる。だが、いましばらく待て」

 「は、はい!!!」

 博士は素直に従った。

 ひろすぎる自然洞窟のすみに、絨毯が敷かれ、はなやかな色合いの布で囲まれたテントがあった。数人の女性が、せわしなく中と外を出入りしている。

 

 「イルゼ」

 ケヴィン首長は、テントを幾重にも覆う布を寄せて、なかの人間に声をかけた。

 「祖が来られた。よろしいか」

 「どうか、お入りになって」

 ケヴィンたちは、まず、その声に驚いた。九十歳近い老人と聞いていたが、声の張りは、とても老人とは思えなかった。

 そして姿を見て、目を見張るしかなかった。そこにいたのは、ケヴィンたち双子の両親と変わらない年齢にしか見えない女性だった。見た目は五十代くらいの若さである。肌も――眉も髪も真っ白だった。その顔にあるシワは、おどろくほど少なかった。長い髪を三つ編みにし、寝具の上で身を起こしていた。

 「長寿の血は引いておらぬよ」

 イルゼは、みなの反応をおもしろがるかのように言った。

 「この地のラグバダ族の平均寿命は、六十歳ほどといったところでしょうか。わたくしは、長生きをしたほうだ」

 ホホ、と彼女は上品に笑んだ。

「わたくしは、真砂名神社の巫女であった。あそこもまた、時間の流れがゆっくりです。しかし、ZOOの支配者となってから、さらに若返った気がします。真昼の女神の恩寵によって、若さを保ち得ているのでしょう」

 そしてイルゼは、ケヴィンたちに手を伸ばして招いた。ふたりがそばによると、彼女は双子の手を取って、微笑んだ。

 「ありがとう、祖よ」

 ケヴィンたちはなんともいえない顔で顔を見合わせたが、イルゼは尋ねた。

 「黄金の天秤は、地球の神にたくされたと?」

 それを言ったのはケヴィンたちではない。双子はピーターを振りかえった。

 「そうです」

返事をしたのは、ピーターだった。

 イルゼは大きくうなずき、「ならば、助かる」と力強い声で言った。

 

 「わたくしは、ただいま、ほかのZOOの支配者とともに、後事をマクタバに託してまいりました。わたくしの最後の仕事は、黄金の天秤の儀式をささえること。これを終えたら死にましょう」

 「イルゼ様……」

 そば仕えの娘が、涙をこぼした。

 「マクタバさん……マクタバさんだって?」

 双子が顔を見合わせ、オルドが、「知っているのか」と聞いた。

 「カーダマーヴァ村で出会ったひとだ」

 ジンが、双子を何者だという目で見ていた。あわてて、ケヴィンはイルゼのほうに視線をもどした。

 「ケヴィンとアルフレッドよ。われらの首長よ。わたくしは、最後の力を儀式のために取っておかねばならぬ。バラスの伝承は、祖の物語は、のちほど、そなたがすべて話して聞かせるがよい」

 「承知しました」

 首長兄弟はうなずいた。

 「わたくしが話さねばならぬことは、ただこれだけ。よく聞きなされ。黄金の天秤は、ZOOの支配者にさずかるもの。すなわち、わたくしか、ペリドット、アンジェリカどの、ルナどののだれにさずかっても、おかしくないものであったのです」

 

 「ルナッちだって!?」

 ケヴィンは絶叫し――それを見たイルゼは、また微笑んだ。

 「ルナどのは、祖と縁ふかきZOOの支配者であったか。マクタバもそうか――やはり、あなたがたは導かれたのだな」

 イルゼは微笑み、首長やラグバダ族たちは、なにやら尊敬のまなざしで双子を見始めたので、双子はたいそう身の置き所がなくなった。

「地球の神とは、ルナどのにほかなりません。なぜなら、彼のひとだけが、守護者である月の女神の生まれ変わりであるからです。ペリドットも、アンジェリカどのも、そしてわたくしも、地球の神の生まれ変わりではない」

 ケヴィンは、カーダマーヴァ村で、マクタバの占いを見ていたときのことを思い出した。

 ルナの前世はイシュメルで――さらに、その大元をたどれば、呆けて見とれてしまうほどに美しい、月の女神だったのだ。

 「真砂名の神が、ルナどのをお選びになったということは、“もっとも穏便な形で”お許しくださったということです」

 

 



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