「黄金の天秤は、ZOOの支配者にさずかるものだったの……!?」

 ルナも仰天していた。

 「そう。だから、あたしかペリドットさま、イルゼさまの、四人のだれのところに来ても、おかしくなかった」

 ルナは口をぽっかりあけて、アンジェリカを見た。アンジェリカは泣くのを必死で我慢する顔をして、ルナを見つめていた。

 「あたし正直、ルナに黄金の天秤が来たとき――ほっとしたの」

 「え?」

 彼女の目は、潤んでいた。ルナははっとした。悲壮としかいえない表情で、膝の上でこぶしを握り締めるアンジェリカに、ルナは言葉を失った。ペリドットも、彼にしては――いつも飄々としている彼にしては、らしくなく、沈鬱な表情でうつむいていた。

 「――俺もだ」

 「え?」

 

 「黄金の天秤がさずかったZOOの支配者の手に、人類の存亡が、委ねられるのです」

 

 イルゼの言葉に、ケヴィンたち双子は口を開けただけで固まったし――ピーターやオルドも動揺していた。ママレードは満面の笑みを見せ、ジンもあっけにとられて口を開け――マヌエラだけが、絶叫した。

 「ちょ、ちょちょちょちょ待って!! じゃあ、ルナちゃんが決めるの。人類が滅ぶかどうか!? その、ルナッちちゃんが!!」

 イルゼは、しずかにうなずいた。

 「黄金の天秤が、人類の罪をはかる。いまは、プリズムがふたつ乗っているでしょう。あの青銅の天秤のように」

 イルゼがしめしたので、みなは一度テントを出て、天秤を見に行った。

 はしゃいだのはママレードだけだったが、彼はジンとオルドにだまるよう言われた。彼は素直にだまった。

 青銅の天秤には、彼女の言うとおり、二つの三角形が乗っていた。向かって左の皿には、逆三角錐が。右の皿には、正三角錐。それらが皿の上に浮き、ゆるやかに回転しているのだ。

 そしていまは、逆三角錐のほうの皿がしずんでいる。

 「トリアングロ・デ・ムエルタの時期は、逆三角錐のプリズムが重さを増し、こちらの皿がしずむ」

 ケヴィン首長が言った。

 「……正三角錐のプリズムのほうがしずめば、生態系はもとにもどるということか?」

 ピーターが聞くと、ケヴィンは首を振った。

 「いや。皿が、平行にもどる」

 「すばらしい! すばらしい!!」

 ママレード博士は、遠慮がちに聞いた。

 「しゃ、写真を撮っても?」

 ケヴィンは断らなかった。

 「かまわん。――できるなら、記録にのこしておいてくれ。青銅の天秤があったことを」

 青銅の天秤には、ヒビが入っていた。だれの目にもはっきりわかるヒビ割れだった。

 興奮気味にシャッターを切るママレードの背中を見ながら、ケヴィン首長は、すこし呆けたように告げた。

 「銀の天秤がくだけたことを、われわれは、イルゼのZOOカードで知った。ほどなく、この青銅の天秤も割れるだろうと言われた。青銅の天秤が、この地を、トリアングロ・デ・ムエルタから守ってきたのだ。三千年間――その役割を終えるのだと」

 「せ、青銅の天秤が割れたら……?」

 マヌエラは、恐る恐る聞いた。

 「この地は、トリアングロ・デ・ムエルタに飲み込まれる」

 「……っ!? ……!!!!!」

 マヌエラは、言葉にならない悲鳴をあげて頭をかきむしり、祖とか呼ばれている双子のほうにすがった。

 「ケヴィン君アル君、なんとかできるんでしょ!? なんとかしてえ」

 「お、俺たちは、なにも……」

 ぶんぶん揺さぶられたが、だれもマヌエラを止めてくれなかった。

 ママレード博士が写真を撮るのを待って、イルゼの話のつづきを聞くために、テントにもどった。

 

 「あなたは、どうすればいいか、知っているんでしょう」

 ピーターが、テントにもどるなり、イルゼに尋ねた。

 「はい――“銀の天秤”を預かった者よ」

 「え?」

 ピーターもだが、オルドもその言葉を聞き逃さなかった。けれども、イルゼは、そのことについてはなにも言わなかった。

 「トリアングロ・デ・ムエルタは、人類がかさねた罪を清算するために起こるもの」

 イルゼは言った。

 「ZOOの支配者は真砂名の神にたずねるのです。どうすれば、人類が犯した罪を許していただけるのか」

 

アンジェリカは言った。

 「――あたしが考えたのは、軍事惑星の民とL03の民が犠牲になることだった」

 ルナはさすがに「えええ!?」と叫んだ。

 「もちろんそこには、あたしと姉さんも入っている」

 ルナは言葉を失って、固まった。

 「しかしそれでは、原住民と地球人の争いになる。人類はふたたび重い罪を背負う。それはならぬと真砂名の神は仰った」

 ペリドットがつぶやいた。

 

 「わたくしは、L43のすべての民がほろびることで、償おうと考えました」

 イルゼの言葉に、ケヴィンたちは絶句し――ピーターたちは、ラグバダ族を見た。彼らは一様に、悲壮な顔をしていた。それだけの決意があったということだろう。

 「……」

 「けれども、真砂名の神は、それでは足りぬと仰った」

 

 「イルゼの案も、アンジェリカの案も受け取らなかった。だから俺は、真砂名の神に尋ねた」

 ペリドットの顔に、表情はなかった。だれも見てはいなかった。ただ、ZOOカードをにらんでいた。彼は、ぽつりとこぼした。

 「やはり、地球行き宇宙船にいる人間以外は、すべてほろびる道しかありませぬかと」

 

 「待ってよそれーっ!!!!!」

 マヌエラが頭を抱えてもんどりうった。

 「ちょっと待ってそれ、どゆこと!?」

 「地球行き宇宙船に乗っている民だけが生き残る。つまり、このままトリアングロ・デ・ムエルタはL系惑星群を飲み込み、すべての人類はほろぶ――三千年前と同様」

 「ウソだろ……」

ケヴィンたちも叫びたい気持ちだった。

「冗談じゃねえぞ」

さすがに、ジンも唸った。

「ペリドットさん? でしたっけ? ひどくない? あたしたちみんなに死ねってこと!?」

イルゼは、まるで遠くにいるような、穏やかな顔をしていた。

 「ペリドットが、それを考えたのではない。それしか道はないのかと神に尋ねられたのです」

 「そ、そしたら、なんて言ったんです」

 神様は――。

 ケヴィンは青ざめた顔で聞いた。

 「返事は、くださらなかった」

 

 「そのすぐあとだ。ルナに、黄金の天秤が送られてきたのは」

 ペリドットは、やっと顔を上げた。

 「ルナ、おまえは、どんな案を、真砂名の神につたえたんだ?」

 

 「わたくしにもわからぬ。ルナどのが、どのような案を、お伝えしたか。しかし、真砂名の神は、黄金の天秤をルナどのにお送りになった」

 イルゼは、とてつもないことを話しているのに、じつに安らかな顔をしていた。

 「いちばん平和な星で、平和に暮らしてきた、彼女に」

 



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