「ご、ごめんなしゃい……」
みんなの期待がこもった視線を受けて、ルナは、思わずうつむいた。
「あたし、黄金の天秤が来たとき、そんなたいへんなこと、考えてなかった。ただ――」
うさぎ口をして、うつむいた。
「ただ、これでK19区に乗ってくる子どもたちを助けられるなって、それしか考えてなかった」
「ではおまえは、真砂名の神に、人類の存亡を決める案を、尋ねたのではなかったのか」
ペリドットは、ひどく驚いた顔をした。
「う、うん。なんにも」
ふたりは呆気にとられ、やがて、「はーっ」とか「ふーっ」とかいうため息を吐いて、畳に腕をついた。
「な、なんか……ルナらしいっていうか」
「……俺たちが深刻に考えていたことは、なんだったんだ」
さすがのペリドットも、こぼさずにはいられなかった。
「だってうさこは、そのときはなにもゆわなかった」
ルナは困り顔で言った。
「でも、どうにかしてトリアングロ・デ・ムエルタを止めなきゃいけないよ。このままじゃ、人類の罪のせいで、トリアングロ・デ・ムエルタがまた世界を覆っちゃうよってゆわれて、うさこと相談したの」
ルナは真剣に言った。
「ペリドットさんが、あたしにZOOカードをくれたとき、ゆったでしょう」
――おまえが探すんだ。“ハッピーエンド”になる道を。
周りに、命を懸けさせたくないと願うのなら、命を懸けさせるな。
そのためになら、俺もアズラエルたちも、皆が協力する。おまえを守るために命を捨てるんじゃない。おまえが考えた、ハッピーエンドになる道をつくるために、俺たちは力を尽くすんだ。
おまえが、自分も、だれをも犠牲にしない道を考えるというのなら。
精一杯考えるんだ。これは案外、むずかしい道だぞ――。
ZOOカードを授かったとき、ペリドットはそう言ってルナを励ましてくれた。それは、ずっとルナの指針だった。そのことだけを考えて、ルナはZOOカードをつかってきた。
「そう――だったのですね」
イルゼの頬を、涙がつたった。さっきから、イルゼがここにいないような気が、ケヴィンたち双子にも感じられていたのだが、彼女は確かに、どこか遠い場所で、だれかと話しているのだった。いや――だれかの話を、聞いていた。
「そうだったのですか……」
「そんなことを、言ったような気もする……?」
「ペリドットさま、ずいぶん立派なことを言ったんですね」
首を傾げたペリドットに、アンジェリカが平たい目で言った。
「でもあたし、いつも、考えたよ。ハッピーエンドになる道を」
ルナは言った。ペリドットの顔に、ようやく笑みがもどってきた。
「じゃあおまえは――決めたんだな」
黄金の天秤のつかい道を。
「うん」
ルナはうなずいた。
「でも、みんなに協力してもらわなきゃならないよ」
「言っただろう。俺たちは、協力すると」
「ルナ」
アンジェリカが泣いていた、顔をぐしゃぐしゃにして。
「――それは、だれも死ななくていい方法なんだね? だれかが犠牲になることも」
「うん」
ルナは力強くうなずいた。
「あたし、一生懸命考えたよ、それで、いちばんに、うさこに相談した。そうしたら、うさこは、『あらそれ、いいアイデアね』ってゆってくれたの。そうしたら、バラスが来たの。ラグ・ヴァーダの女王様と一緒に」
ルナは微笑んだ。
「それがきっと、真砂名の神様からのOKの返事だったんだ」
「ルナ! ルナあ……!!」
アンジェリカが抱き付いてきた。ルナはあわてて抱き留めた。
「あんたがいてくれて、よかった……!!」
アンジェリカは、ずっと重荷に耐えていたのだ。自分が決めなければならない、人類の道――それはあまりに重すぎて。
「わたくしたちは――わたくしもペリドットも、アンジェリカも、あまりにひとの醜い部分を見すぎている」
イルゼの言葉を、ケヴィンたちは聞いていた。
「だれかが、犠牲になるほか、道はないと思っていた」
ふわりとイルゼが――イルゼの残像が。
涙を流した彼女が、ルナとアンジェリカを抱きしめた。彼女も、「よかった」と言っているようだった。
ペリドットはその上から、三人まとめて抱きすくめた。
「おまえたちがいて、よかった」
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