「ルナ、ママとパパは、もしかしたらメフラー商社にもどるかも」

 「え?」

 とうとつにリンファンは言った。昼近くのせいか、ますます混みはじめている。

 「アマンダもエマルも、もどってきなよってうるさいし、なにより、パパがね。やっぱり傭兵にもどりたいんじゃないかって」

 「……」

 「親父さんも、はっきりとは言わなかったけど、パパにもどってきてほしいのよ。ここだけの話――」

 リンファンは人差し指を立てた。

 「パパはね、ホントはメフラー商社の次期社長だったのよ」

 「ええっ!?」

 ルナのうさ耳はビコーンと立った。

 「アマンダも、デビッドも、それは認めてた。パパは、アマンダさんがいるから、あまり気は進まなかったみたいだけど。でもねえ、アマンダじゃ、ほかの老舗傭兵グループの跡取りと渡り合っていくのは無理だって、本人も、周りもそう思っているの。あの子、神経質だしけっこう繊細なのよ。かといって、デビッドは、凄腕の傭兵だけど、やっぱり彼はマイペース過ぎて、メフラー商社の代表としてみなをまとめていくのは無理だし、本人も面倒なことはやりたくないのよね」

 「……」

 「マック君がね、親父さんの若いころとそっくりなの。あれは大物になるってみんなも言ってる。マック君が代表になるまで、親父さんが回しているけど、もう、ずいぶん年だからね。病気持ちだし」

 ルナは、こうしてリンファンの口からメフラー商社の話を聞くと、やはり母親もあそこにいたのだと――L18にいたのだと、実感せざるをえなかった。それはなんとも、奇妙な感覚だった。

「ママのパパとママは――おばあちゃんたちはね、たぶんもう、軍事惑星にはもどりたくないんじゃないかって思う。ママも、もう二度ともどりたくないって思うことはあった。でも、やっぱりあそこは、ママの故郷なのね」

 なんとなく、予想できたことだった。ルナも、ドローレスとリンファンは、もしかしたらL77にもどらないのではないかという気がしていた。

 「ツキヨさんもL77にもどらないとなると、カエデ書店の閉店というか、始末もしてこなきゃならないだろうし。パパも長期休暇扱いだし、ちゃんとやめてこなきゃ。一度L77にはもどるわ。でも、そのあとは、L18に行くかもしれないわね」

 

 「かもしれない」という言葉をつかってはいるが、リンファンの口調は確信に満ちていた。

 ルナだけではない。

 ドローレスもリンファンも――E353までルナとアズラエルに会いに来たことで、運命が変わったのだ。

 

 「ピエロはだいじょうぶよ」

 リンファンは言った。

 「ルナもあのころ、しゅっちゅう病院に行っていた。入院したこともあった。でも、こんな健康に育ってる」

 思い出すように、目を細めた。

 「こういうのって、立てつづくのよねえ。みんないきなり倒れちゃって、グレン君までいきなり宇宙船を出て、暴漢に刺されちゃうし、でも、ママね、不思議なんだけど――また、リンは呑気ねえって、怒られるかもしれないけど、あんまり不安な感じがしないの」

 「うん」

 ルナもうなずいた。

 「そうよねえ、なんだか、ルナもそう思うでしょ」

 リンファンは、ちいさく微笑んだ。

 「心配はいっぱいあるけどね、なんだかそう――深刻な感じじゃないの。セルゲイが帰ってこないかもしれないって思ったときの胸騒ぎに比べたら、なんていうか、そうね、そんな胸騒ぎはぜんぜんしないわ」

 「――!」

 リンファンが言っている「セルゲイ」は、正真正銘の、ルナの兄のことだ。

 かつてルナが、兄セルゲイの話を聞こうとしたときは、泣きくずれたリンファンだった。

 母の口から、こんなにも自然に、兄の名を聞く日が来るとは。

 

 「この宇宙船で起こる奇跡のことを、ママはちょっと期待しちゃってる」

 ルナのうさ耳が、ピコンと立った。

 「だって、ルナがアズ君と出会ったりして、まさか、親父さんや、エマルやアマンダや、アダムさんと会えて、アダムさんのパパさんママさんも生きてて――」

 すこしだけ、リンファンの声が詰まった。

「大きくなったセルゲイに会えるなんて、ママは思いもしなかった」

 「ママ……」

 リンファンだけではない、それはルナも同じだ。

 「セルゲイさんね、このツアーが終わったら、カレンさんのところへ帰るでしょ?」

 「う、うん」

 「ママたちもメフラー商社にもどるでしょ。そうしたら、月に一度はいっしょにお食事できますねって言ってくれたの」

 「ええっ」

 いつのまに、そんな話になっていたのか。ルナはおどろいたが、リンファンは、ほんとうに嬉しそうだった。

 「気をつかってくれたのかもしれないけど――でも、セルゲイさんは、ほんとにそうするって、そうしたいって、言ってくれたわ」

 笑顔を見せた。それは、セルゲイがけっして社交辞令ではなく、本気でそうしてくれようとしたことに対する、喜びの笑顔だった。

リンファンは、それから、もじもじと手を組んだ。

 「ルナ、やっぱり気が変わったりなんかして、セルゲイさんと結婚する気にはならないよね……?」

 「ママーーーーーー!!!!!?」

 ルナはここが病院だということも忘れて叫びかけたが、やっとミルクティーが来たので、叫びは小声になった。

 「冗談よ」

 「ほんとかな!?」

 うさ耳が総立ちである。

 「そうよね――これ以上は欲張りよね。ママも分かってるわ。ともかくも、ルナは、ママたちのことは心配しなくていいの」

 「……!」

 「宇宙船に乗ったとき言ったでしょ。あなたには、やることがあるのよねって」

 ルナはうつむいて、ミルクティーの、クリーム色の水面を見つめ、

 「うん」

 とうなずいた。

 「じゃあ、ママは、なにをお手伝いすればいいかな」

 ルナは、信じられないような――びっくりしたような――まん丸い目をいっぱいに見開いて、それから真顔になった。

 「ママ」

 「宇宙船にいるあいだは、手伝ってあげられるわ」

 ルナはウサギ口をし、それから、真剣な声で言った。

 「地球に着くまで――ピエロと、ピエトとツキヨおばーちゃんを、お願いします」

 「分かった」

 リンファンは、微笑んだ。

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*